プロ注目の長野「日本一になりました!」=第80回都市対抗野球リポート

島尻譲

優勝の瞬間にうれし泣き

 4対2とHonda(狭山市)の2点リードで迎えた9回裏。ここまで2安打2得点に封じられていたトヨタ自動車(豊田市)は荻野貴司と高阪行俊のヒットでつなぎ、悲願の都市対抗初優勝へ望みをつなぐ。そのような状況で長野久義は、「最後まで勝負は何があるか分からない。でも、みんなを信じて守っていました」と右翼の守備位置に就いていた。そして、2死一、二塁から大会敢闘賞にあたる久慈賞を受賞することになる佐野比呂人の放ったフライを中堅手・落合成紀(JFE東日本/補強選手)がしっかりと捕球して、Hondaの13年ぶり2度目の都市対抗優勝が決まった。Hondaナインの歓喜の輪がマウンド周辺で広がる中、長野は歓喜の輪の中に加わっていなかった。最後のフライのバックアップに回っていた右中間の位置からグラブで顔を覆い隠すようにしてうれし泣き。歩みはなかなか進まずに、落合と守備固めの二塁手・上田真也に支えられていた。
「日本一になるための練習をして来たので、こみ上げて来るものがありました」
 このコメントは率直な心境であろう。また、昨年の準決勝(新日本石油ENEOS戦)ではリードしながらも自身の失策を機に相手に勢いを付けさせてしまい、逆転負けを喫してしまったという1年間持ち続けた呪縛(じゅばく)から解き放たれたからに違いない。

19打数11安打で首位打者賞を獲得

「小さなころから憧れている巨人のユニホームを着たい」
 日大在学時の2006年秋のドラフト会議で北海道日本ハムの4巡目指名を拒否。そして、昨年は千葉ロッテ2位指名にも断りを入れた。マスコミの注目を集めざるを得ない長野はいつもグラウンドで人を容易に寄せ付けない険しい表情をしている印象が強く、それは虚勢を張っているようにさえも映った。心境を吐露してなるものかというマスコミへの無意識な予防線だったのかも知れない。
 しかし、ことしの長野は試合前のウォーミングアップ時や試合の合間に、これまでとは違う笑顔を見せることが非常に多かった。社会人野球3年目の自信と余裕、Hondaというチームへの愛着に加えて、三菱ふそう川崎から転籍して来た社会人19年目のベテラン・西郷泰之の存在感など、さまざまな背景があるのだと思う。
「これまでボーッと、していた訳ではないですから(笑)」
 自身でも心技体の成長に確かな手応えはつかんでいたし、今大会の結果もそれを裏付けるものであった。
 初戦の鷺宮製作所(東京都)戦で3安打を放つと、3回戦の三菱重工神戸(神戸市)戦でも3安打。準々決勝の東芝(川崎市)戦ではユニホームの盗難に遭い、チームメート森義博の背番号31のユニホームを拝借するハプニングもあったが、出場3度目の都市対抗で初打点となる初本塁打を左翼席へたたきき込んだ。準決勝のNTT東日本(東京都)戦も3安打を記録すると、決勝でも試合の主導権を握る2点タイムリー。全5試合で19打数11安打(5割7分9厘)の大暴れで大会首位打者を獲得した。試合で応援スタンドを盛り上げるチームの応援歌『全開Honda』にも負けず劣らずの“全開長野”だった。

ドラフトよりも目の前のプレーに専念

「ことしはファーストストライクから積極的だった。まぁ、一昨年と昨年も積極的ではあったし、調整も順調で状態も悪くなかった。ただ、結果を残せなかったのはボール球を追い掛けていたし、重圧も感じていたのかも知れませんね」
 長野は冷静に今大会の活躍と過去との違いを自己分析する。

「ここまで僕を成長させてくれた会社と、応援してくれた方々に優勝の喜びを伝えたいです」
 そして、感謝の気持ちを述べることも忘れず、
「えっ、応援してくれた方々に自分の言葉でメッセージですか? う〜ん、そうですねぇ……日本一になりました! 」
 と、満面の笑みで、力強く答えた。

 既に春先には巨人がドラフト1位を明言するなど、当然、今秋以降の去就も注目される長野。
「ドラフトのことは当日にならないと実感も湧かないし、分からないです。それよりも4日からワールドカップもあるし、日本選手権の予選もある。日程的にハードなので、とにかくケガをしないようにチームに貢献したい」
 目の前のプレーに専念する姿勢を貫き、大暴れした東京ドームを後にした。

<了>
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著者プロフィール

 1973年生まれ。東京都出身。立教高−関西学院大。高校、大学では野球部に所属した。卒業後、サラリーマン、野球評論家・金村義明氏のマネージャーを経て、スポーツライターに転身。また、「J SPORTS」の全日本大学野球選手権の解説を務め、著書に『ベースボールアゲイン』(長崎出版)がある。

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