松坂が手にした収穫の多い黒星=新バッテリーでの2つの変化

カルロス山崎

ヤンキースとの伝統の一戦

ヤンキース戦で7回を6安打1失点と好投したレッドソックスの松坂 【Getty Images】

 どちらにとっても絶対に負けられない首位攻防戦、というわけではなかった。ヤンキースは地区優勝、レッドソックスはワイルドカードでのプレーオフ出場がまず間違いない(確率上は100%ではないが)状況だからなのか、それとも、新しいヤンキー・スタジアムが醸し出している雰囲気なのか、とにかく、旧ヤンキー・スタジアムではよくあった、張り詰めた空気(例えば、3階席でのファン同士の小競り合いなど)は感じられなかった。

 レッドソックスの先発メンバーがベストではなかったこともあるだろう。ヤンキースの先発投手はエース左腕のC・C・サバシア。だが、テリー・フランコーナ監督は、休養などを理由に、右の大砲ジェイソン・ベイを先発から外すなど、3人の控え選手を先発させた。対するヤンキースは、ホルヘ・ポサダが先発から外れただけ。といっても、先発マスクをかぶったホセ・モリーナは松坂大輔に対して11打数5安打、打率4割5分5厘と相性がよく、ベストメンバーを組んだと言えるが、松坂は「僕が考えていたのは、チームが勝つことだけ」と、普段と変わらない気持ちで先発マウンドに上がった。

右打者へのチェンジアップ

 そのヤンキース打線に対する松坂の立ち上がりは、普段とは違った。まずは投球モーションがいつも以上にゆったりとしていて、制球を重視しているように見えた。それから、ストレートは90マイル(約145キロ)前後と、それほど走っていない。いや、抑えているのか。その答えは後で分かることになる。

 レッドソックスの先発マスクはシーズン途中にインディアンスから移籍してきたビクター・マルティネス。松坂とバッテリーを組むのはこれが初めてだったが、この新バッテリーによって、松坂の新たな配球が生み出された。

 5回、松坂は無死満塁のピンチを迎えたが、4番アレックス・ロドリゲスをキャッチャーゴロに打ち取ると、続く松井秀喜はキャッチャーファウルフライ、ニック・スウィッシャーもサードへのファウルフライに切って取り、無失点で切り抜けた。

 「(ロドリゲスを)打ち取ったボールはチェンジアップ。あの場面、満塁になったあとは、A・ロッド(ロドリゲス)にしても、松井さんにしても、そこまで苦手としているわけではないので、十分、抑えられると思って投げていました。メンタル面では、ランナーがいる時もいない時も、特に変わりはなかったですね」

 ロドリゲスも松井も、打ったのは、いや、打たされたのは初球のチェンジアップ。松井は「甘いところから外に流れていくチェンジアップ。手が出てしまった」と振り返ったが、驚かされたのは、右打者に対するチェンジアップだ。これまで、松坂のチェンジアップといえば、左打者に限ったものであったが、この日は違った。捕手が変わったことをきっかけに、ずっと封印していたものが解かれたのだ。

「試合前のブルペン、それにブルペンに入る前も、ボールの使い方など簡単な打ち合わせをしましたけど、チェンジアップに関しては、(マルティネスが)使えると判断したんじゃないですかね」

 松坂の口調はサバサバとしたものだったが、マルティネスの“押し”がなければ、試合で投げることもなかったことだろう。とにかく松坂はこの試合で、これまで使ったことのなかった引き出しを使ってみた。そしてそれが使えるという好感触を得たようだ。松坂はこう続けた。

「右バッターに、チェンジアップをよく使った、使えたことがそれ(新たな引き出し)にあたるかもしれないですね」

シュートを多く投げる配球

 ところで、今から半年前のこと。3月のWBC(ワールドベースボールクラシック)期間中、松坂に「シュートとツーシームとシンカー。それぞれに違いはあるのか?」と尋ねたところ、「僕の中ではどれも一緒ですね。僕の場合、(命名は)“シュート”ということで」という話になった。これまで、シュートに関して「まだまだですね」と繰り返し話してきた松坂だったが、26日(現地時間)のヤンキース戦ではそのシュートを多投。例えばスウィッシャーの第2打席。松坂は結果的に四球で出塁を許すのだが、なんと、全5球がシュート。それは、これまでにない配球であり、また、これまでとは違う“Dice−K”だった。それは、久しぶりに対戦した松井秀喜の言葉からも分かる。

 「全体的に、球の走りも変化球のキレも(これまでと)違って、奇麗なストレートはほとんどなかったですね」

 この日、松坂とマルティネスのバッテリーによって生み出されたものは2つ。シュートを軸にした投球と、右打者へのチェンジアップ。この日のマックスは93マイル(約150キロ)だったが、全体的にスピードが90マイルと抑えめだったのは、シュートを軸にした結果と影響だろう。ヤンキース打線に対し7回6安打1失点。黒星は喫したが、収穫の多いマウンドだったに違いない。

 「チームは負けてしまいましたけど、(ピッチングは)悪くはなかったと思うので、この先のためにつながるピッチングだったと言いたいですね」

 レギュラーシーズンでの登板はあと1回。そのあと、プレーオフのマウンドが控えている。

<了>
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著者プロフィール

大阪府高槻市出身。これまでにNACK5、FM802、ZIP-FM、J-WAVE、α-station、文化放送、MBSラジオなどで番組制作を担当。現在は米東海岸を拠点に、スポーツ・ラジオ・リポーター、ライターとして、レッドソックス、ヤンキースをはじめとするMLBや、NFL、NHLなどの取材活動を行っている

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