走る湘南、反町マジックがもたらした変化=選手の成長を促す指揮官の指導力

飯竹友彦

監督と選手間にある絶妙な距離感

今季の湘南は走量で他チームを圧倒。11年ぶりのJ1復帰へ突き進む 【Photo:松岡健三郎/アフロ】

 不思議なことに、反町監督と選手の間に会話はほとんど存在しない。選手と監督の接点といえば、練習場での会話か、あとはミーティングで交わす言葉くらいだ。「絶妙な距離感です」と鈴木修人は表現するが、何とも不思議な事実である。今シーズンは、開幕前の沖縄キャンプから、こうした付かず離れずの関係をずっと保っているのだ。

 その理由の1つは、反町監督が就任当初から「常にフェアな状態で選手を見る」と言い続けてきたことにある。誰かを特別視せずに試合に使う選手を選ぶ。どんな選手にも頑張ればチャンスが与えられ、状態が良ければ試合に出られる可能性があるという、指揮官からのメッセージなのだ。フェアなスタンスを1シーズン通して保つためには選手となれ合わない。一度自分で発した言葉には最後まで責任を持って行動する。そう反町監督は決めたのだ。

 もう1つの理由は、選手による自主性の発達だ。指揮官が多くの言葉をあえて発しないことで、選手たちは今何をしたらいいのか、何を選択するのが一番いいか、自らの頭で考えて決断を下さなければならない。つまり、そこで自己責任を問われることになる。もちろん、より良い選択ができるように普段のトレーニングの中に指揮官はヒントを埋め込んでいる。だが、「あれだ、これだ」と指導者がオーバーコーチングしてしまうと、選手から考える力を奪うだけでなく、その選手の成長を奪うことになる。だから、あえて言葉を少なくして選手が自分で考える習慣を植え付けた。それが、チームの力となって表れてきている。

「前向きなチャレンジなら、ミスをしても監督は何も言わない。むしろ、そうしたチャレンジをしない方が消極的だと怒られる。チャレンジに関しては駄目だと言われたことがない」。今季、自身初の二けた得点を挙げている坂本紘司は言う。サッカーにミスは付きものだが、指揮官の教えに沿ってチャレンジすることで、坂本は30歳を迎えても自分の才能を大きく伸ばした。
 今季11得点の中村祐也も同様だ。守備が得意ではない中村は、自分のストロングポイントを最大限に生かすことでチームの勝利に貢献しようと考えた。その結果、得意のテクニックを前面に押し出して、高い決定率で多くのゴールをたたき出すことに成功している。

選手の成長を促すことでチームは力をつける

 反町監督を現役時代から見てきた遠藤さちえ広報担当は、強さの秘訣(ひけつ)を「徹底」という言葉で表現する。例えば「“ミスをしても怒らない”と思っても、そう簡単にできることではない」(遠藤広報)。しかし彼女は、反町監督が選手に向かって怒っている姿を見たことがないという。

 細かい徹底ぶりは試合中にも表れる。例えば、最近の試合では前半が終わった瞬間、間髪入れずにベンチからスタッフがわっと飛び出して行く。給水ボトルと保冷袋を持って各選手の下へ走り、手渡していくのだ。とにかく1秒でも早く給水させ、保冷袋で首筋を冷やすことを優先している。これは体に蓄積した疲労を少しでも回復させるための工夫だ。 そのためには与えられた時間を無駄にできない。ならば、スタッフも時間を短くするための努力を惜しまなければいい。選手だけでなく、スタッフも今できる最大限の努力をすること。言われなくてもやれることをやろうとする姿勢。これも反町流指導の効果である。

 また、ロッカールームに戻れば氷で脇の下、股間、太ももの裏などを冷やす。その際には、バナナやゼリー飲料、電解質補給フィルム(※失われた電解質を補給するためのサプリメント)などを口にして栄養を補給することも忘れない。科学的根拠に基づいた疲労回復方法。こうした細かな部分の徹底ぶりは、今季の湘南に表れた大きな変化である。

 中にはこんな考えを持っている選手もいる。
「電解質補給フィルムは科学的にも証明されているし、保冷袋で体を冷やすことによる効果も証明されている。でも、それで後半も走れるかどうかは別の話。疲れる時は疲れる。でもね、スタッフ含めてここまでやってもらっているので、こっちも頑張って走るという気持ちになる。みんな詐欺や魔法にかけられていると分かっているんだ」(野澤洋輔)
 それもやはり反町監督とスタッフへの信頼の表れだろう。田村が「反町信者」と表現したのもうなずける。しかし、こうしたお互いの信頼の積み重ねが、湘南の選手の足を突き動かし、相手よりも多く走るメンタリティーを支えているのである。

「これをやったから湘南が強くなった」と解明するのは簡単なことではない。当然ながら、クラブの資金力、チーム戦力やシステム、反町監督が掲げる戦術やスカウティング能力など、サッカーの試合に直結する要素も多く存在するし、昨年からの変化を挙げればきりがない。ただし、ピッチ内、ピッチ外での複合的な要因がさまざまに積み重なって本当の強さが生まれるのは周知の事実。そうでなければ、J2といえども簡単に首位に立つことはできない。

 湘南の強さは、サッカーにかかわる改革よりも、それ以外の部分に一番始めに手を付けたことにある。選手の成長、人間性の成長を促すことに着手して最大の効果を生み、目先の強さではなく、本当の強さを身につけた。その効果が結果として表れたのが今の湘南である。直近の福岡戦(第28節)、仙台戦(第29節)に敗れ、今シーズン初の連敗を喫したとはいえ、反町監督に率いられた若いチームに迷いはない。

<了>

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著者プロフィール

1973年生まれ。平塚市出身。出版社勤務を経てフリーの編集者・ライターに。同時に牛木素吉郎氏の下でサッカーライターとしての勉強を始め、地元平塚でオラが街のクラブチームの取材を始める。以後、神奈川県サッカー協会の広報誌制作にかかわったのをきっかけに取材の幅を広げ、カテゴリーを超えた取材を行っている。「EL GOLAZO」で、湘南ベルマーレと清水エスパルスの担当ライターとして活動した。現在はフリーランスの仕事のほか、2014年10月より、FMしみずマリンパルで毎週日曜日の18時から「Go Go S-PULSE」という清水エスパルスの応援番組のパーソナリティーを務めている。2時間まるごとエスパルスの話題でお伝えしている番組はツイキャス(http://twitcasting.tv/gogospulse763)もやっています。

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