ボクシング元世界王者が猪木vs.アリを読み解く=Gスピリッツ発
【(C)原悦生/Gスピリッツ】
「相手が寝転がったらボクサーは何もできない」
大橋秀行氏 【(C)勅使河原真/Gスピリッツ】
凄く憶えてるんですよ。土曜日の早い時間に生中継をしてて、夜には録画放送があって。興奮してテレビを観た記憶がありますね。当時の僕は、ボクシングよりプロレスの方が好きだったんです(笑)。ただ、僕は小学校の時から身体が小さかったんで、プロレスラーにはなれるわけないと思ってました。だから、ボクシングの道に入ったんですけどね。もちろんボクシングも好きでしたけど、アリとアントニオ猪木が戦うなんて考えられなかったし、不思議な気分だったのを憶えてますよ。
――リアルタイムで試合を観た時の率直な感想というのは?
それが全然つまらなくて(苦笑)。当時の報道通りですよ。“何なの、これは!?”っていう。やっぱり理解できなかったですよ。
――当時、この試合が“やっぱり八百長だった”とか“サギ行為だ”と酷評された理由のひとつとして、アリがあまりにもパンチを出さなすぎる、もっと積極的に攻撃できたんじゃないかと。それについては、どう思われます?
いやあ、相手が寝転がったら無理ですね。ボクサーは何もできないです。この試合は、ほとんどパンチを出せる場面がないじゃないですか。それに最初にローキックを見せられちゃったら、なかなか前には出て行けないですよ。手を出して、もし相手に捕まったらという不安もあるでしょうしね。アリが上に乗ったら、すぐにやられちゃいますよ。
――ヘビー級ボクサーとして、アリのパンチ力はそれほどでもなかったと言われてますが。
パンチ力自体は、ビックリするほどのものはなかったですね。アリが優れているのは、スピードとカウンターのタイミング。これはズバ抜けてました。
――ハードパンチャーではないとはいえ、猪木さんの立場からすると、相当怖かったはずですよね。
いやあ、普通の選手が食らったら気絶しますね。ジャブだけでもグラグラするだろうし、なにより猪木さんってああいうアゴをしてるから、絶対に打たれ強くないんですよ。アゴの形でだいたい打たれ強いか、弱いかわかるんです。エラが張っている感じの人は打たれ強いんですけど、ああいうアゴはちょっとパンチがかすっただけでも、相当効いちゃうと思いますよ。
「4オンスなんていうグローブ自体見たことがない」
【(C)原悦生/Gスピリッツ】
これは有り得ないグローブなんですよ。今はプロボクシングでも8オンスと10オンスしか使ってなくて、もう6オンスのグローブも使用してないんです。たぶんアリだったら、4オンスだと手が入らないですね。だから、特注だったんじゃないですか。僕は4オンスなんていうグローブ自体見たことがないんです。
――普通に考えて、4オンスの薄いグローブだと、アリの拳も危ないと思うんですが。
ええ、危ないですよ。総合の試合を観てて、よくあれで打てるなと思いますもん。逆にパンチを強く打てないんじゃないかって。
――一説によると、アリ側がグローブに石膏を入れたとか、シリコンを注入したと言われてます。
それはないと思いますよ。そんなことしたら、自分の拳を痛めちゃいますから。殴ったら、逆に自分の骨が折れちゃいますよ(笑)。でもガチガチにテーピングで固めて、しかも4オンスの薄いグローブを着けてたら、“中に何か入れてんじゃないか?”と打たれる方が思っても不思議じゃないです。
――ちなみに今はないでしょうが、ボクシングの世界で拳に何かを仕込むという反則はあったんですか?
それは100%ないです。そういう発想自体がボクサーにはないんですよ。もしグローブに何かを入れたら、自分の手が折れるとか、骨が貫通するんじゃないかって考えちゃいますから。細工することを想像しただけで怖いですね。普通のボクサーだったら、それよりも自分の拳で思いっきり殴れる方がいいって考えますよ。
「いきなり話が変わって真剣勝負になった」
エキシビションだということでWBCも認めたし、アリもお遊びのつもりで来たのに、いきなり話が変わって真剣勝負になっちゃったと。僕は古いボクシング関係者から、そう聞いてますけどね。まあ、言い方は悪いけど、“騙し討ち”に遭ったという感じですよ、捉え方は。
――アリは猪木戦の前に、アメリカでプロレスの試合をやってますから。
その感覚で日本に来たら、違ってたということじゃないですか。
――新日本プロレス側の言い分としては、18億円も払うのにエキシビションのわけがないだろうと。
ボクシング側からすると、18億円ぐらいで現役の世界チャンピオンが異種格闘技戦をやるわけないだろうということになるんです。
――それでも最終的にアリはリングに上がりました。その理由はどこにあったと思います?
まあ、お金が必要だったのは確かなんですよ。アリの場合は、取り巻きが凄く多いですし。最初はエキシビションという軽い気持ちで日本に来たにしても、あれだけ自分に有利なルールにしたわけだし、ボクサー的に言うと、おそらく猪木さんのアゴを見て“これは大したことないだろう”と考えたと思うんですよ。
※この文章は『Gスピリッツvol.12』(6月26日発売)に掲載されているインタビューの一部を再編集したものです。本誌では、大橋氏のさらに詳しい解説の他、中井祐樹氏や武藤敬司のインタビュー、選手の証言、当時の資料などで、世紀の一戦を検証しています。
プロレス専門誌『Gスピリッツ』vol.12
【(C)Gスピリッツ】
【特集】アントニオ猪木vs.モハメド・アリ
アナタは世紀の一戦の“虚”と“実”を見抜けますか?
●証言集−1 猪木の応戦表明から決戦当日の早朝まで
――熾烈な駆け引きの“表”と“裏”
・「神に仕組まれた闘い」はショーか、真剣勝負か!?
・“プロレスラー”アリの謎
倍賞美津子と母・文子……女たちの猪木vs.アリ
●証言集−2 1976年6月26日、午前11時50分
――運命のゴング、鳴る
・ミステリーキック〜講道館とブラジルを繋ぐ壮大な格闘ロマン
●インタビュー〜各ジャンルの識者が世紀の一戦を読み解く
・大橋秀行(元・WBA&WBC世界ストロー級王者)
・中井祐樹(元・修斗ウェルター級王者)
・武藤敬司(元・三冠、IWGPヘビー級王者)
●証言集−3 アリのパンチ5発、猪木のキック96発
――静かなる決闘の果てに
・昭和51年、“総合格闘技の原点”はどのように報道されたのか?
・アリの密着したカメラマン、12日間の記憶と秘密
・「がんじがらめ」のルールは捏造だったのか?
●インタビュー〜昭和の最強軍団、33年目の回想
・坂口征二
・木村健吾
・ドン荒川
・栗栖正伸
・佐山聡
・大塚直樹
【シリーズ】
実録――国際プロレス『ストロング小林と覆面太郎』
ジャイアント馬場外伝『ショーヘイ・ババと海外武者修行』
世界ふしぎ再発見『メキシコ編』
アリーバ・メヒコ『“青い矢”アニバル、残された千の遺産』
Dig it!『世界各国の戦前レスリング稀観本』
格闘写真美術館『格闘技世界一決定戦』ほか
●追悼――三沢光晴さん
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