水戸、強化費8000万円チームの奮闘=貧乏クラブの好調を支えるもの

佐藤拓也

理想を下支えする「9年間の歴史の力」

今季の水戸の躍進の裏には木山監督が掲げる攻撃サッカーの開花がある 【Photo:北村大樹/アフロスポーツ】

 木山監督が掲げる理想のサッカー。それを下支えしているのが「9年間の歴史の力」である。藤村昇司統括本部長は「過去9年間の蓄積がチームの力となり、また、サッカー界の中での信頼につながっている」と語る。前田秀樹前監督が5年間じっくり若い選手たちを育て上げてチームの基盤を築き、そして選手の獲得についても「マネーゲームでは勝てない」(鬼塚忠久前強化部長)ため、無名ながらも伸びしろのある選手に白羽の矢を立ててきた。

 その顕著な例が、現在、得点ランキングトップの9点を挙げ、チームの好調をけん引している荒田智之だ。大学時代は関東2部の専修大学でプレー。他クラブが獲得を躊躇(ちゅうちょ)している間に契約にこぎつけた。そのほかにも、昨年は菊岡拓朗や小澤雄希らを獲得。プロ入り前にはまったくの無名だった彼らが、現在の水戸を支えている。毎年、選手を引き抜かれながら、それでも才能豊な選手が次々と出てくるのも、9年をかけて築いてきたスカウティングのノウハウがあればこそである。

「水戸から羽ばたきたい」という思い

 さらに、そうした選手たちの後押しとなっているのが「水戸で活躍すれば羽ばたける」という意識だ。田中マルクス闘莉王(浦和)をはじめ、冨田大介(大宮アルディージャ)や小椋祥平(横浜F・マリノス)など元々無名だった選手が水戸でのプレーを評価され、羽ばたいていった例が多い。そうした選手たちの後に続こうと、選手たちは目を輝かせている。開幕前、ある選手はこう言っていた。「やっぱり選手として、もっと上に行きたい。そのためにも水戸で結果を出さないといけない」。クラブは、財政的に選手を引き止めることができないだけに、逆に選手たちの可能性は広がっているのだ。

 実際、毎試合のようにスタジアムには、J1クラブのスカウト陣が訪れ、選手たちのプレーに目を光らせている。そんな目の前に広がる可能性をつかむためにも、水戸で結果を出そうと選手たちは躍起になっている。一方で、クラブを取り巻くそうした状況は、出場機会を求める他クラブの若い選手たちが、水戸を選択する理由にもなっている。今季は高崎寛之(浦和レッズ)、森村昂太(FC東京)、キム・テヨン(愛媛FC)といった、所属チームでは出番に恵まれないながらも若く才能のある選手たちが「水戸から羽ばたきたい」という思いを胸に、期限付き移籍でやってきた。彼らもまた、現在のチームの骨格を担っており、その胸に秘めた希望がチームを支えているのである。

エースの荒田が戦線離脱 それでも水戸の挑戦は続く

 金はなくとも心は錦。理想を追い求める木山監督と、希望を胸にやってきた選手たちが融合したからこそ、奏でられている攻撃サッカーのハーモニー。2つの思いが、今季の水戸の好調を支えている。

 だが、すべてが順風満帆(まんぱん)というわけではない。第12節の鳥栖戦では、エースの荒田が骨折し、3カ月の戦線離脱を余儀なくされるというアクシデントに見舞われてしまった。続く第13節のヴァンフォーレ甲府戦は、カウンターサッカーに切り替え、何とか勝ち点1を獲得したものの、第14節の湘南ベルマーレ戦では通常の攻撃サッカーで挑み、1−5の大敗。荒田不在の大きさを痛感することとなってしまった。

 指揮官は、荒田不在の影響について「否めない」と認めた上で「今いるメンバーで攻撃的なサッカーをする工夫をしていかないといけない」と肩を落としながら語った。「補強をしたくても資金がない」(木山監督)チーム事情の中、今後も苦しい戦いが予想される。水戸の快進撃は、このまま“春の珍事”で終わってしまうのだろうか。

 ただ、そうした状況でも、新たな選手の台頭を予感させる空気が、水戸には漂っている。荒田の影に隠れていた、元日本代表FW吉原宏太が健在。吉原以外にも、若く才能のある選手がベンチに控えている。強化費8000万円強の水戸の挑戦。本当の驚きを与えるのは、むしろこれからなのかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

1977年7月30日生まれ。横浜市出身。青山学院大学卒業後、一般企業に就職するも、1年で退社。ライターを目指すために日本ジャーナリスト専門学校に入学。卒業後に横浜FCのオフィシャルライターとして活動を始め、2004年秋にサッカー専門新聞『EL GOLAZO』創刊に携わり、フリーライターとなる。現在は『EL GOLAZO』『J’s GOAL』で水戸ホーリーホックの担当ライターとして活動。2012年から有料webサイト『デイリーホーリーホック』のメインライターを務める。

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