ネドベド、かなわなかったCL決勝への思い
悪夢から立ち直るために……
残された時間はわずかだが、ネドベドはユベントスのために走り続ける 【Getty Images】
「僕は練習し、練習し、練習した。休暇で海に行っていた間でさえ、毎日のランニングの量を決して減らすことはなかった。僕の強さの秘密は、まさにこれなんだ――努力すること。僕は技術的に、特に並外れているわけではない。もし細心の注意を払ってコンディション作りをしていなかったら、決して今のレベルに至ることはなかっただろう」
しかし、時間とともに痛みは薄れても、CL決勝への妄念を消すことは容易ではなかった。「あの警告のことは、いまだ頻繁に考える。あのシーンが、昼夜問わず繰り返し頭によみがえってくるんだ。この夏の休暇の間もそうだった。この嫌な思い出のために、眠れないこともよくあった。僕は、何としてでもマンチェスターでの決勝に出たいと思っていた。あれは僕のキャリアの頂点となるはずの試合だったんだ。あのことを記憶から消し去るのは難しいだろう」。ネドベドはユーロ04の前に、こう心境を明かしている。
「試合はすでに決まっていたのだから、彼がすでに警告を受けていたことを考慮し、交代させるべきだった」と、リッピ監督を非難する者も出て、この一件はイタリアで大きな論議を醸した。しかしネドベドは、「同意できない。監督が僕を残したのは良いことだ。なぜって、僕は常にプレーしたいと思っているからね」と反論した。
また、警告をもたらした不要なタックルを後悔しているかと聞かれた時には、きっぱりとこう答えた。
「いや、あのようなタックルを再びやるだろう。僕は計算して後ろに引くようなタイプではないし、ピッチ上の選手は本能を決して制御できないものなんだ。僕はあれを、運命の仕掛けた不実ないたずらだったと思っている。最も大切に思っていた試合を僕から取り上げた、残酷なジョークだったと」
ユニホームへの忠誠心
CL優勝だけを望むなら、降格が決まるや四散したイブラヒモビッチ、ビエイラ、カンナバーロ、テュラムらほかのスターたちのように、ほかのビッグクラブに移ることもできたはずだ。しかし、これまでいつも身につけるユニホームに忠義を尽くしてきたネドベドは、デルピエロらと並んで、ほぼ迷わず残留した数少ない選手であり、またクラブがぜひキープしたいと望んだ選手の1人でもあった。
おかげで今、彼がユベントスファンから受ける敬意は限りないものだ。クラブに残った選手の中にも不平を漏らす者は少なくなかったが、ネドベドは黙々とセリエBを戦った。そして、そこでもいくつもの勝負を分けるゴールを挙げ、デルピエロらと手を取り合ってチームをセリエAに引き上げた。
そして、最後のチャンスがやってきた。1年でセリエA復帰を果たした後、ネドベドは07−08シーズン限りでの引退を考えていた。だが、ユベントスが周囲の予想を裏切って、すぐに翌シーズンのCL出場権を得たことが、彼の決心を変えさせたという。
「もうここ何年も引退のことを考えてきたが、CLで優勝したいという思いに駆り立てられ、ここまで続けてきた。それが僕の夢であり、引退して振り返ったときに、その夢を悪夢としたくない」と彼は言った。
「僕の年になると、すべての試合が重要なんだ。そして僕は試合ごとに子供のように興奮している。同じ情熱を持ち、キックオフのときには激情で胃が踊る。でも体は、永遠に走り続けることはできない……」
すべては運命のままに
その“多くのこと”の中には、CL決勝もあった。チームメートのデルピエロは、チェルシー戦での敗戦の後、「2つの後悔を胸に、CLの舞台を去る。1つは、前半のロスタイムに食らった1−1のゴール、そして試合序盤のネドベドの(負傷)退場だ」と語っている。皆が、ネドベドの気持ちをくんで心を痛めていた。あの敗戦の後、ネドベドはいかなるコメントも残していない。その沈黙は、彼の絶望を表しているのだろうか?
しかし、『シーシュポスの神話』(※)を書いたアルベール・カミュは、こんなことを言っている。
「山の頂上に押し上げた石がまた転げ落ち、それを追ってふもとまで降りていく間、この休止の間のシーシュポスこそが、僕の関心をそそる。(中略)山頂を離れ神々の洞穴へ下っていくとき、彼は自分の運命より勝っている。彼は、彼を苦しめるあの岩よりも強いのだ」
そう、もはやネドベドは運命よりも強いのかもしれない。引退を発表した時、「マンチェスターの夜を悔やむか」と聞かれたネドベドは、こう答えている。
「後悔は何もない。すべては運命なんだ。僕はこのままでも十分に幸せだと思っている。僕は自分がやってきたことに満足している。過去に戻ることは不可能だから、いつも前を見詰めているんだ」
カウントダウンが始まった今、ネドベドの現役続行を願う声がそこここから上がっている。8月に37歳になろうとしている彼が、決意を覆すかどうかは疑わしい。しかし、たとえピッチ上の残り時間は2カ月だとしても、彼は再び立ち上がり、きっとまた山を登り始めることだろう。
<了>
※『シーシュポスの神話』(アルベール・カミュ著、清水徹訳/新潮社)を参考・引用