五味隆典と竹内出の十年物語。「炎と水」約束の場所へ──=ゴング格闘技発
五味隆典と竹内出の十年物語。「炎と水」約束の場所へ──=ゴング格闘技発 【ゴング格闘技】
努力している選手が認められるのが一番いい(五味)
努力している選手が認められるのが一番いい(五味) 【ゴング格闘技】
10月15日、都内で行われた『戦極〜第六陣〜』の記者会見。11・1さいたまスーパーアリーナに緊急参戦が決定した五味の隣には、同じく参戦が決定した第7代キング・オブ・パンクラシスト竹内の姿があった。二人はK'z時代の先輩・後輩であり、それこそ「格闘技人生の半分は一緒に練習している」(竹内)仲である。
以前、五味はブログで「竹内さんといつかまた同じリングに上がれればいいと思っています」と書いたことがある。その“いつか”が早くも現実のものとなった。
「よかったですね。同じように努力してきた方と同じイベントに出られるというのは嬉しいです。竹内さんは寡黙でとにかく格闘技が好きで。必ず練習場にいらっしゃいます。自分にとっては兄貴分というか、優しいお兄さんという感じですね。いつも横にいてくれる、練習場に行けば必ずいるという存在」(五味)
この言葉だけで五味がなぜ竹内を慕い、格闘家として認め合っているのかが伝わってくるが、今回は二人の友情にも似た"いい関係"を掘り起こしてみたい。出会いは修斗時代、二人がK'zファクトリーに所属していた時にまでさかのぼる。
「本当の最初の出会いは五味がジムへ見学に来ましてね。僕の方がちょっとだけ先に入ってたんですよ。見学に来て、じゃあ入りますみたいことを言って。当時は木口道場の修斗クラスから(佐藤)ルミナさんとかみんなが移ってきた頃ですね。彼もそこにいたので僕は知らなかったんですけれど、他の木口出身の人たちはみんな知ってるみたいな感じで。彼が18か19歳の時だったと思いますが、その年齢の割には強いよって先輩たちから聞かされていました」(竹内)
この当時の五味は変わり者として知られ、付いたニックネームが“暴走機関車”。数々のエピソードが今まで五味本人や他の選手たちからも語られているが、竹内もそんな五味の姿を見ている。
五味は弱いヤツは認めないようなところがあった(竹内)
五味は弱いヤツは認めないようなところがあった(竹内) 【ゴング格闘技】
五味は竹内以外とはほとんど喋らなかった、という伝説もある。それは本当なのかと五味本人に聞くと「そうですよ」という答えが返ってきた。毎日ジムに通い、寡黙にひたすら練習に打ち込む竹内の姿を見て、シンパシーを感じていたのがその理由かもしれない。次の言葉から、そんな五味の心境がうかがい知れる。
「やっぱり格闘技が好きということ。格闘技をやる目的は、格闘技が好きだからやるんです。それで、こうやって一緒に出られる所までに偶然なった。一時は道が分かれましたからね。修斗を出てから、竹内さんはパンクラスで僕はPRIDEへ行ったりいろんなことをして。でも、またここで一緒になった。凄くいいことじゃないですかね。本当に素晴らしいことですよ。一緒に頑張る仲間を大事にする。人間は一生懸命に頑張っている人と仲良くするのが一番いいんですよ。ラクな方向に行く人間とか、人の文句を言う人間、そういう人とつるまないで練習しろよっていう感じで。今回のことはその結果ですよね。だから二人ともいい結果が出ると思いますよ」
一方の竹内は、五味と気が合った理由をこう推測した。
「歳もちょっと離れているし、入った時期がほぼ一緒だったというのと、五味は弱いヤツは認めないようなところがあったんです。当時は僕もさすがにスパーをしたら負けなかったから、そういうのもあったのかな。体重差も10kg以上ありましたからね。あと、僕も五味もボクシングが好きで、彼は実際にやってたし、世界戦の話をしたり、ビデオを貸し借りしたとかそういうのがあったからかな、と思います」
もうひとつ、二人の距離を縮めたと思われる重要なエピソードがある。
(聞き手/熊久保英幸(GBR)写真/なかがわつかさ 試合写真/舟橋賢)
※同じ年にプロデビューした五味と竹内、2人の格闘家の知られざる絆とは……以降、詳細は発売中の『ゴング格闘技』12月号をチェック!
(プロフィール)
Gomi Takanori
1978年9月22日、神奈川県出身。98年11月プロ修斗デビュー、約5年間にわたり無敗の13連勝、2001年12月には佐藤ルミナを破り第5代修斗ウェルター級王座を獲得。04年2月からPRIDE武士道に参戦し、10連勝(8試合がKO、一本勝ち)でエースとなる。05年12月、PRIDEライト級GP優勝。06年に初代PRIDEライト王者に認定され、同11月には初防衛に成功した。3.5戦極旗揚げ戦でドウェイン・ラドウィックを1RTKO。8.24戦極ではDEEP王者ハン・スーファンを3R判定で下した。173cm、70kg。MMA戦績29勝3敗1NC。久我山ラスカルジム所属。
Takeuchi Izuru
1974年8月5日、岡山県出身。サンボ初段、柔道三段、レスリング三段。98年7月、プロ修斗デビュー。02年、パンクラス参戦。同10月、ネイサン・マーコートに判定勝ちする。05年7月、HERO'Sで三浦広光にTKO勝ち。06年にはヒジ打ち、頭突きが認められているコンバットサンボ世界選手権で準優勝を飾る。07年11月、中西裕一との再戦で判定勝ちしパンクラス第7代ミドル級王者となる。08年3月、金原弘光に判定勝ち。コンバットレスリングでは7年連続8度の優勝を誇る。MMA戦績26勝9敗6分。180cm、87kg。SKアブソリュート所属。
『ゴング格闘技』12月号 10月23日(木)発売
【ゴング格闘技】
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ほか、読み物満載!『ゴング格闘技』は、今月も“格闘技の秋”満載の1冊です。
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