低迷するサンテティエンヌで奮闘する松井大輔
やっと実現した監督との対話
松井(右)の挑戦は、まずはスタメン定着を目指すところから始まる 【Photo:PanoramiC/アフロ】
しかし、この第2戦の後、いつも穏やかな監督が「交代して入った者にもっと多くを期待していた」と、勝ったにもかかわらずいつになく怒りを吐露。現地の新聞が「これは途中投入された松井とFWのイランへの言葉だった」と示唆する一件が起きる。古巣ル・マンへの帰還となった第3戦では、松井は先発したものの後半10分に途中交代。この日、松井は少し元気がなかった。
しかしその理由は監督の言葉ではなく、自らの体調にあったらしい。「頑張らなきゃいけないと思ったし、そういう監督の叱咤は必要なこと。当たり前のことだと思う」と批判は軽く受け流したが、「前半は皆調子が上がらなくて、僕もそんなにいいプレーができなかった。後半からいつも調子が上がってくるので、ちょっと悔しい」と漏らしていたのだ。
そんな松井が吹っ切れた様子を見せたのは、リヨンとのダービーの後だった。自分から申し出て、ついに監督と話したのだという。
「監督と、どんなふうに戦いたいかということについて、ついに話し合えた。僕も今は体のコンディションがよくないということを告げたら、監督は『それは分かっている。慣れるのに時間がかかるだろうが、自分にできることは何でも言ってくれ』と言ってくれた。やっと意思の疎通ができてよかったです」
初ダービーで出場機会がなかったにもかかわらず、こう話す松井の表情は明るかった。
求められる松井とチームメートとのコンビネーション
そんな中で臨んだ第5節のカーン戦では、敗れはしたが、松井は試合後「ようやく調子が出てきて体も軽くなった。今日はやっと自分らしいプレーができたと思う」と初めてポジティブな手ごたえを語った。実際、彼はこの試合でスピーディなドリブルを披露したし、シュートも放った。しかし、松井タイプのプレーに慣れていないせいか、チームメートの反応はいまひとつ。松井が敵陣深く攻め入ってクロスを送ろうとしても、FWゴミスの周りには相手DFの人垣ができ、試みはことごとく阻まれていた。
つまり、松井個人の動きがよくなっても、それがチームプレーの中であまり生かされていないのだ。松井の方がチームに合わせていくのが基本だが、松井は「中央だけでなく、両サイドをうまく使うことで、相手もどこを守ればいいのか分からなくなる。素早いパス回しにも参加し、その上でサイドからもっと仕掛けるのが僕の仕事だと思う」と信念ものぞかせる。チームの単調な攻撃パターンが災いして、サンテティエンヌはここまであまり勝利をつかめていないだけに、松井がそこに加えられる“何か”があるはずだ。しかし、松井が仲間のプレーを学ぶと同時に、仲間も彼の特徴を学び、すべてが潤滑に回り始めるには、少し時間が必要であるように見える。
さらに松井は9月中旬あたりからちょっとした故障に見舞われた。ふくらはぎの筋肉に痛みを感じ、21日のパリ・サンジェルマン戦ではベンチには入ったが欠場。戻ったとたんに冒頭のリーグカップ敗退があり、28日のボルドー戦の直前には右太ももの裏の筋肉を傷めた。こんなわけで松井は、通常であれば燃えるはずのビッグクラブとの試合に出られず、今、ややアンラッキーな時期を通り過ぎている。
レギュラー取りはじっくり、しっかり
しかし松井は、「ちょっと変わった監督だけど、僕は好きですよ」と言う。確かに、どうせ一緒にやっていかなければならないのなら、不信感など抱くより、信じてついていった方がいい。この天真爛漫(らんまん)さに感服したわれわれは、「監督交代願望」をとりあえず脇にのけたのだった。
天真爛漫と言えば、レギュラー・ポジションの獲得について聞かれるたびに、松井が繰り返していた言葉は、「焦らずじっくり取り組んでいきたい」というものだった。
「日本の人たちは、レギュラーを獲って当然と思っているかもしれないけど、チームを変われば競争にさらされるのは当たり前のこと。そういうのがあってこそ、サッカーは面白いのだと思うし、そういう競争にわくわくしてもいる。きっと今にチャンスが巡ってきて、ポジションを取れると信じているから」
松井がじっくりやっていこうとしたのは、引っ越しが思った以上に難航し、身の回りが落ち着いていなかったせいもある。新居に移ったはいいが、電話は通じないし、インターネットもつながらなければ、テレビも見られない。その手の家庭的問題の解決に奔走し、はじめは落ち着いてサッカーに取り組める状態ではなかったようだ。「同じフランス国内だしと思っていたけど、この国では日本みたいに事が機能しないから、やはり生活が落ち着くには最低6カ月はかかる。正直言って疲れた」と松井は8月半ばにぼやいていた。
その彼からの現在のメッセージは、「でも、やっとまともにサッカーに集中できる状態になったので、そろそろ奮起しなきゃいけないという気持ちになっている。だからみんな、心配しないで」というものだ。
リーグ開幕に先立つ親善試合の際に、スタジアムへの道を教えてくれたサンテティエンヌ・ファンがこんなことを言っていた。「練習に行って松井を見たけど、とてもいい選手だ。即興性があって、ちょっぴりわれわれのファインドゥノみたいなタイプだね」。ファインドゥノは気まぐれではあるが、本来はプレーに意外性を加える力を持つ、ある意味でゴミスよりも貴重なチームの要だった。その彼が去ってしまったのは痛かったが、松井には今、持ち前のイマジネーションを使って、その穴を忘れさせるチャンスが差し出されている。
今季ここまでの松井は、先発して途中交代、あるいは途中出場と、まだフル出場はない。移籍につきものの順応の難しさに加え、自身のコンディションの調整不足に苦しめられていたが、状況も落ち着き、今、「もっと試合に出たい」という欲が出始めたところだ。右ウイングのパイエットは、ここにきて目覚ましいゴールも挙げている若きホープ。左ウイングのデルニスは地味だが気骨があり、安定性のあるプレーで攻撃を支える実力派。ポジション争いは容易ではないが、そこを打開できるかは松井次第だ。はがゆい時期を、弱音を吐かず天真爛漫に乗り越えてきた松井なら、きっとやってくれると信じよう。
<了>