メリット、「北京と勝利の香り」を感じ400m制す=陸上・全米選手権<5日目>

及川彩子

陸上の全米選手権、男子400m決勝はラショーン・メリット(中央)が制し、ジェレミー・ワリナー(左)は2位に終わった 【Getty Images/AFLO】

 現地時間の7月3日、休養日2日を挟み陸上・全米選手権の後半戦が始まった。注目は、男女400m決勝。女子は、昨年、病気の影響で練習ができず、全米選手権で無念の4位に終わり、世界陸上の切符を逃したサンヤ・リチャーズがスタートから完ぺきにレースをコントロール。49秒89で2年ぶりの優勝を果たした。2位には、昨年の大阪・世界陸上8位のメリー・ワインバーグ、3位には昨年の全米チャンピオンのディーディー・トロッターが入った。
 女子決勝の10分後に行われた男子400m決勝では、アテネ五輪、大阪・世界陸上の金メダリストとなったジェレミー・ワリナーが、世界陸上2位のラショーン・メリットに敗れる大波乱。メリットの優勝タイムは44秒00、ワリナーは44秒20だった。

メリット、星条旗を胸に北京へ

 ラショーン・メリットは、2004年の世界ジュニアで400m、4×100mリレー、4×400mリレーの3冠。大阪・世界陸上で「400mの王者、ジェレミー・ワリナー」に挑戦し、最後まで苦しめた。負けなしだったワリナーを今年6月1日にベルリンで行われたゴールデンリーグ第1戦で破った。

 ワリナーを破ったのは、フロックではない。

 決勝が行われる1週間前、6月27日に22歳の誕生日を迎えた。その2日後の29日は最愛の兄、アントワンの27歳の誕生日だった。
「僕と兄の誕生日を祝う特別なレースになった」
 記者会見で、時折、ちゃめっ気のある笑顔を見せながら、こう語った。
 レース前にはいつものように、「ちゃんと最後まで力強く走りきれるように、けがをしないでゴールに戻ってこられるように、見守ってくれ」と兄に頼んだメリット。
「相手は一緒に走るライバルではない」と自分自身に言い聞かせ、レーンについた。マッサージセラピストが作ってくれた赤・青・白のビーズのネックレスを身に着けていたが、レース前、TVカメラに向かってそれをアピールした。
「アメリカの色だったから、ロックンロールの気分でスタートについた」
 1週間前に22歳の誕生日を迎えたばかりの若者らしいコメントで、報道陣の笑いを誘った。

 多くの選手が、「代表に入るのが目標」と言う中、メリットは「一番最初にスタートし、最初にゴールしたかった」と話す。その言葉通り、400mのトップに君臨するワリナーを頂点から引きずり降ろした。
 メリットとワリナーは、きれいにスタートを決めると、並んでバックストレートに入った。バックストレートは2〜4mの強い向かい風が吹いていた。ホームストレート側で行われていた女子幅跳びの選手たちは、4m近い追い風を受け、ファウルを連発したが、男女400mの選手もその風に苦しめられた。
「かなり風が強かったけれど、状況はみんな同じだから」とリラックスを心がけ、無駄な力を使わなかった。

 レースが動いたのは、200m過ぎ。カーブに入ったのはメリット、ワリナーほぼ同時だったが、そこから目に見えてピッチを上げるメリット。負けじと加速するワリナー。だが、その差は一気に体3つ分ほど開き、そのまま直線に。
「カーブに入った時に、左右に誰もいなかったので、北京と勝利の香りがした」
 乳酸がたまり、最もきつくなるはずのラスト100mを気持ちよさそうに、そして軽快に走るメリットを、ワリナーは珍しく顔をゆがませ、歯を食いしばりながら必死に追いかけた。
 しかし、その差はまったく縮まらない。スタート前にコーチと「ゴールまでしっかり走れよ」と言われ、「402m走だと思って走ります」と応じた。ゴールまできっちりとレースをしたメリットに対し、最後は諦めた表情で減速しながらゴールしたワリナーの姿が印象的だった。
 ワリナーは、「敗因は自分のレースプランに沿った走りをしなかったこと。無理にスピードを上げたので、最後にスパートできなかった。修正できる範囲のミス」と強がりとも取れるコメントを残した。

 だが、右肩上がりで成長しているメリットに対し、ワリナーは北京でどう対応するのか。簡単ではないが、五輪連覇を目指すワリナーがこのまま引き下がるはずはない。
「北京は、まずけがなく健康な状態で臨みたい。自分のレースに集中して、そして勝ちたい」
 北京での優勝候補に名を連ねても、気負いもおごりもまったくない。
「アメリカ代表として、オリンピックに出られるのが楽しみ。代表3人でメダルを独占したい」
 伸び盛り、そして怖いもの知らずの22歳。北京でもひと暴れしてくれそうだ。

<了>
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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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