ジダン引退後の新生フランスの船出 横尾愛の「ようこそフランス・リーグへ!」

横尾愛

イタリア人たちは、どこへ?

フランス系イタリア人家族は複雑な心境。イタリアの応援が優勢か 【Photo by Kana Yokoo】

 ユーロ予選の初戦、アウエーで勝ち点3を得て上々の滑り出しを飾ったフランスは、こうしてパリへと凱旋(がいせん)した。今度はフランスのサポーターの前で、最高のスペクタクルを演じなくてはならない。舞台はスタッド・ドゥ・フランス、相手はもちろんイタリアである。

 9月6日のイタリア戦に向けて、ドメネク監督が何度も念を押していたのは、「どうかイタリアのサポーターたちに、敬意を持って接してもらいたい」ということだった。特に、国歌斉唱の際のブーイングはW杯期間中にも問題になっていたため、ただでさえやる気満々のフランス代表サポーターたちが同じ行動に出ないよう、繰り返し呼びかけていたのである。
 心配するのも無理はない。試合開始前から、イタリアのサポーターが少しでも「イーターリャ、イーターリャ……」と始めようとすると、スタジアム全体からうなるような「ブー!!!」が巻き起こってそれをかき消してしまう。もちろんイタリアの選手紹介でも、アナウンスを上回るほどの大音響。ちなみに、一番大きいブーイングをもらったのはガットゥーゾである。だが、直前にスタジアムDJも最後の念押しをしただけあって、イタリア国歌はサンドニにすがすがしく流れ、大きな拍手で迎え入れられた。

『レキップ』紙の予想を覆し、この日ドメネク監督はグルジア戦から少しシステムを変更した。アンリを1トップに、少し下にリベリーを張らせ、右サイドにはゴブーを起用。リヨンを出るつもりで移籍交渉を進めていたため、今季はリザーブリーグでしかプレーをしていなかったゴブーが、開始2分でショーの幕を開けた。アンリが下がりながらボールをキープし、左のマケレレへはたく。マケレレはそのまま前方のギャラスへとパスを送り、ギャラスが大きく右へと振る。実はマケレレからのパスを受けた時、ギャラスはわずかにオフサイドポジションにいたのだが、副審は旗を上げず。右から突っ込んできたゴブーは、迷わず豪快にボールを蹴り込んだ。気の早いサポーターたちは、早くもお得意のコールを始める。「で、イタリア人たちは、どこへ行っちまったんだ?」

全員がヒーローになれる現在のフランス

 少なくともピッチ上には11人いるイタリアの選手たちは、続くアンリの追加点で2点を追うことになる。18分、中央から飛んできたマルーダの強烈なシュートをGKブッフォンがはじく。左にこぼれたボールにアンリが素早く詰め、スライディングに来たカンナバーロの足に当たってゴール。「アンリ! アンリ!」と揺れるスタジアムに、アンリは両手で投げキッスを送った。
 イタリアもその2分後、ピルロが右サイドからFKでゴール前のジラルディーノに合わせ、1点を返して意地を見せるが、それでもこの日のフランスにみなぎる自信を打ち砕くには至らなかった。フランスは、90分間を通じて11人全員が、最低でも一度は拍手喝采(かっさい)を受けたのである。積極的に仕掛ける攻撃陣はもちろん、対面するセミオリを1対1で押さえるアビダル、身を投げ出してライン上からボールをかき出すGKクーペ、カッサーノをフェイントでかわすギャラス、後半2度にわたってカウンターの芽を摘んだマケレレ……彼らのファインプレーの度に、大声援が沸き起こった。そして55分、ゴブーが後方のサニョルからのパスに鋭く頭をひねりながら合わせ、イタリアに事実上のとどめを刺した。

 試合後、テュラムは「確かに、イタリアにこれで5ポイント差だけれど、予選はまだまだ長いからね」と話した。悲しみに打ち沈んだフランスが成し遂げたのは、決してリベンジではなく、結果の伴った素晴らしいスペクタクル。そしてこれは、テュラムの言うように、最終章ではないのだ。全員がヒーローになれる現在のフランスは、「フットボールでゴールを決めるのは、決して難しいことではない」と教えてくれているようでもある。

 ジダンの、そしてフランスのW杯はようやく終わり、同時に新しい時代が始まっている。2004年、ジダンが代表引退を決断した直後のイスラエル戦では、「ジズー」コールが沸き起こった。今回も終了間際、スタジアムには「ジズー」の声が響いたが、「戻ってきてくれないのか」という悲痛な2004年のそれと違い、「ありがとう」とも言うべき温かさを感じた気がした。『ル・パリジャン』紙が伝えたところによると、今回はマドンナのコンサートには行かず、ソファーでゆっくりイタリア戦を観戦したというジダン。あの「ジズー」コールは、彼の耳に届いただろうか。

<この項、了>

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著者プロフィール

1976年生まれ。大阪府出身。大阪外国語大学フランス語学科卒業。在学中にパリへ留学、そこで98年フランス代表の優勝を目の当たりにする。帰国後1年半のメーカー勤務を経て、現在東京のTV番組制作会社でサッカードキュメンタリーなどの番組制作に携わる。「サッカーをよく知らなくても面白い、サッカーファンならなおさら面白い」ものを書くのが信条

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