果たせなかったシンガポール戦のリベンジ 見えた課題は代表選手のメンタル

宇都宮徹壱

43年ぶりの対戦となる日本とカンボジア

青と赤のユニホームに身を包んだカンボジアのサポーターたち 【宇都宮徹壱】

 2018年のワールドカップ(W杯)ロシア大会を目指す戦いが再開された。9月3日、シンガポールとの初戦をスコアレスドローで引き分けた日本は、カンボジアをホームに迎えた。会場の埼玉スタジアム2002に向かう道すがら、青と赤のユニホームのグループにすれ違った。カンボジアのサポーターたちだ。彼らはカタコトの日本語を話しながら、カメラの前に整列して素敵な表情を見せてくれた。初めて出会うカンボジアのサポーターは、とても親しみやすく純朴な人々であった。

 カンボジアは日本にとり、W杯アジア予選やアジアカップといった国際Aマッチでは、なかなか対戦する機会のない国である。実際、日本は70年のアジア競技大会(1−0)、そして72年のムルデカ大会(4−1)の2回しか対戦していない。今回の対戦は、実に43年ぶりとなる。もっとも当時の国名は『クメール共和国』であり、75年にポル・ポトによって倒されたのちに『民主カンプチア』が成立。その後の悲劇的な独裁と内戦により、サッカーをはじめとするあらゆる国内のスポーツは停止された。カンボジアが初めてW杯予選に参加したのは、98年フランス大会以降のことである。

 艱難辛苦(かんなんしんく)の歴史ゆえ、他のASEAN諸国に比べると「発展途上未満」と言ってもよいカンボジア代表。最新のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングは180位で、日本(58位)が所属するW杯2次予選グループEでは最もランキングが低い。それゆえであろうか、チームを率いる韓国人のイ・テフン監督は「明らかに日本の方がレベルは高いので、カンボジアの選手はこの試合から大いに学んでほしい」と、やたらと謙虚に発言していたのが印象的であった。

 カンボジアは2試合を終えて、シンガポールとアフガニスタンにいずれもホームで敗れている(スコアはそれぞれ0−4、0−1)。勝ち点も得点もないまま迎えるアウェーでの日本戦、となれば「勉強させていただきます」という姿勢になるのは、ある意味当然のことと言えよう。一方、迎える日本のファンやサポーターからすれば、いささか歯ごたえに欠ける相手に感じられるかもしれない。それでも国内で行われる代表戦は、年内はこれが最後ということでチケットは完売。この日の公式入場者数は5万4716人と発表された。

ハリルホジッチの強い意思

ハリルホジッチ監督にとってこのカンボジア戦は、不覚をとったシンガポール戦の「リベンジ」であった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 このカンボジア戦を迎えるにあたり、日本代表監督ヴァイッド・ハリルホジッチは、欧州から10人の選手を招集、そのうち8人をスターティングイレブンに並べた。この日、ピッチに並んだ11人は以下のとおり。GK西川周作。DFは右から酒井宏樹、森重真人、吉田麻也、長友佑都。中盤は守備的な位置に長谷部誠と山口蛍、右に本田圭佑、左に武藤嘉紀、トップ下に香川真司。そしてワントップは岡崎慎司。オール国内組で臨んだ東アジアカップから、引き続き起用されたのは、西川、森重、山口の3人のみ。FIFAランキング180位の相手に対して、日本は現時点で考えられるベストのメンバーをそろえてきた。ここに、この試合に懸けるハリルホジッチ監督の強い意思が読み取れる。

「私は(シンガポール戦が終わってから)今まで、現役時代でも経験したことのない状態にあった。あれから2カ月が経ったが、いろんな人から同じ質問をされたし、私自身もずっと考えてきた。なぜ、シンガポールに引き分けたのか、と」

 指揮官にとって、このカンボジア戦は、不覚をとったシンガポール戦の「リベンジ」であった(余談ながら樋渡群通訳は「仕返し」と訳していたが、この場合は「リベンジ」の方がしっくりくるだろう)。カンボジアにとってはいい迷惑だが、この試合で日本が(というよりも指揮官が)目指しているのは、単なる勝利のみならず「シンガポール戦はアクシデントだったと思わせないといけない」(前日会見でのコメント)。それゆえの欧州組そろい踏みであった。

 対するカンボジアは、事前の情報によれば「5バック」とのことであったが、スタメンのDF登録選手は2名のみ(MFとFWが4名ずつ)。実際の並びは5−3−2で、中盤の主導権を実質放棄してまでも、まずは守備をしっかり固めていくという基本姿勢が明確であった。そして試合が始まると、カンボジアは9番のクオン・ラボラウィーを除いた全員が自陣、それもペナルティーエリアの中を固めてきた。当然、日本はボールを保持したまま、何度となくシュートチャンスを演出する。しかし、相手のブロックやこちらのシュートミスが重なり、試合開始から20分を過ぎてもなかなか相手のゴールネットを揺さぶるには至らない。何やらシンガポール戦の再現を見ているかのような不安が脳裏をよぎる。ベンチのハリルホジッチ監督も、同じような思いだったのではないだろうか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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