果たせなかったシンガポール戦のリベンジ 見えた課題は代表選手のメンタル

宇都宮徹壱

吉田の追加点で悪い流れを断ち切るも

後半5分に吉田が見事なミドルシュートを突き刺し、悪い流れを断ち切った 【写真:アフロ】

 じりじりした時間帯が続く中、ようやく日本の突破口が開いたのは前半28分。相手のクリアボールをペナルティーエリアで拾った山口が、相手をうまく引き付けながら右隣の本田にパスを送る。するとフリーの本田は、悠然と利き足の左にボールを持ち替えてミドルシュートを放ち、弾道はまっすぐカンボジアのゴールを突き刺した。本田のゴールは、この試合の先制点であるだけでなく、W杯予選における日本のファーストゴールとなった。

 だが、その後はなかなか追加点が奪えない。この日は右サイドから酒井宏が再三クロスを供給していたが、「彼こそこのゲームで活躍してほしかった」と指揮官から期待されていた武藤も、「(得点できなければ)チームにとって自分はいらない存在」と語っていた岡崎も、タイミングを合わせられずに枠外シュートを重ねてゆく。それ以上に深刻だったのが、ドルトムントで復調傾向にあった香川だ。前半の2本のシュート(30分と43分)は、いずれもフリーで流し込むだけというシーンだったにもかかわらず、枠外や相手GKへのリターンとなってしまった。結局、前半の日本は12本のシュートを放ったものの、わずか1点のリードでハーフタイムを迎える。

 そんな嫌な流れを断ち切ったのが、後半5分の吉田のゴール。相手ペナルティーエリア内で小気味良くパスがつながり、山口がいったんボールを下げて、前進してきた吉田の右足から放たれた低いミドルシュートがゴール左隅に収まる。「ミーティングでもミドルシュートは言われていたので、トライしてみようと思っていた」とは本人の弁。本田の先制点と同様、ペナルティーエリア内が密集した状態でのミドルシュートは、確かに有効であった。さらに後半16分には、岡崎の反転シュートがいったんは相手DFにブロックされたところを、香川が押し込んで3点目。当人にとってはアジアカップのヨルダン戦以来となる、実に8カ月ぶりの代表でのゴールであった。

 ようやく一息ついた日本は、さらなるゴールを目指すべく、ベンチは攻撃のバリエーションを試すような采配を見せる。岡崎と武藤による2トップ、武藤と香川のポジションの入れ替え、そして宇佐美貴史、興梠慎三、原口元気の投入。とりわけ、積極的なドリブルからのシュートに定評のある宇佐美と原口の起用は、日本の前線にアクセントと活性化をもたらした。しかしカンボジアも、最後まで粘り強い守備で抵抗。結局、スコアは3−0のままタイムアップとなった。試合後、敗れたカンボジアの選手全員が日本のベンチの前に整列し、ハリルホジッチ監督とスタッフに恭しく合掌のあいさつ。それは、国際Aマッチではなかなかお目にかかれない、何とも初々しく清々しい光景であった。

考えたいメンタル面でのサポート

欧州で結果を出している選手たちが、W杯2次予選でプレッシャーを感じてしまうという状況は、今後の戦いに一抹(いちまつ)の不安を拭えない 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「これくらいの(相手との)試合であれば、もっと多く(点を)取らなければいけないというのが正直な気持ち。(シンガポール戦と比べて)シュートの意識は多少変わりましたけれど、最後の精度は変わらず上げていかなければいけないと思っています」(長谷部)

 試合後、キャプテンを筆頭にメディアの質問に応じる選手たちの表情は、一様に晴れやかなものではなかった。当然だろう。この日の日本のシュートは34本、ボール支配率は73.9%だった。シンガポール戦の23本、65.7%に比べると、はるかにゲームをコントロールし、チャンスを作っていた。にもかかわらず、奪ったゴールはわずかに3つ。ちなみにこの日、2次予選の他のグループでは、UAEがマレーシアに10−0、クウェートがミャンマーに9−0、韓国がラオスに8−0、そしてカタールがブータンに15−0で勝利している。日本とカンボジアとの力関係も、これらの対戦カードと同じくらいだったことを考えると、やはり3−0というスコアには物足りなさを覚えてしまう。

 とりあえず勝ち点3を確保したことは評価したい。しかし、相変わらずチャンスを作るわりには点が取れない。それは単に、相手が引いて守りを固めたから、という理由だけで片付けられる問題であろうか。ハリルホジッチ監督は「われわれは絶対に勝たなければならなかった。他の選択肢がなかった。そのため選手は、少し慌てて正確さを欠いたのかもしれない」と弁明している。要するに、カンボジアには勝利したものの、シンガポール戦の「リベンジ」は果たせなかった、と考えるのが妥当であろう。

 欧州で結果を出している選手たちが、W杯2次予選で(しかも明らかに力が劣る相手との対戦に)プレッシャーを感じてしまうという状況は、今後の予選での戦いを考えるとやはり一抹(いちまつ)の不安を拭えない。この日、決定機を二度外した香川について、「背番号10から(ドルトムントの番号の)23に変えた方が重圧から開放されるのではないか」というSNSの書き込みを見つけて思わずうなってしまった。試してみる価値はあるかもしれない──というのは冗談としても、そろそろ代表選手のメンタル面でのサポートを具体的に考える時期に来ているのではないか。そもそも昨年のW杯の直後、原博実技術委員長(当時)は「(選手の)メンタルに問題があった」と語っていたではないか。技術も経験も実績も申し分ない。にもかかわらず、なぜ肝心な場面で本来の力を発揮できないのか。すでに答えは、自明であるように思えてならない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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