ボルト、不調でも勝ち切る絶対王者 ライバルも称賛した底力

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わずか0秒01差でガトリンに競り勝ったボルト 【写真:ロイター/アフロ】

 最後の力でグッと胸を突き出し、誰よりも早く9秒79でフィニッシュラインを駆け抜けたウサイン・ボルト(ジャマイカ)は、勝利を確信すると、ふと柔らかな笑顔を浮かべた。にじみ出るオーラは、もう一人の優勝候補、ジャスティン・ガトリン(米国)を制し、“世界最速男”の称号を守り抜いた喜びと安ど感に満ちあふれているように見えた。23日に行われた世界選手権(中国・北京)男子100メートル決勝は、わずか100分の1秒差で決する劇的な幕切れとなった。

やはり強かったジャマイカの英雄

ガトリンとのライバル対決を制し“世界最速男”の称号を守り抜いたボルト 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 今大会の最大の目玉は、疑いもなく「ボルトvs.ガトリン」だった。大会前には「絶対王者」の今季不調が伝えられ、だれにも勝者が予想できない状態だったからだ。4月にブラジルで迎えた100メートル初戦は10秒12、6月のダイヤモンドリーグ(DL)ニューヨーク大会の200メートルも、強い向かい風もあり20秒29と、ともに記録が伸びなかった。その後は故障した左足の治療のためドイツに渡り、7月のDLパリ大会、同ローザンヌ大会を棄権。同月末のDLロンドン大会の100メートルでは予選、決勝と9秒87をそろえたが、心配の種は消えなかった。

 一方、33歳のガトリンは上り調子。今年5月には100メートルで9秒74の自己新をマークし、200メートルとともに「今季世界ランキング1位」の看板を背負って北京に乗り込んできた。とはいえ、百戦錬磨のボルトのこと、最後はしっかり調子を合わせてくるかもしれない。ベテランながらキャリアのピークを迎えた男を、世界最速スプリンターはどう迎え撃つのか、世界中の視線はその1点に集中していた。

 ところが、いざふたを開けてみても、ボルトはピリっとしなかった。ガトリンが予選を9秒83、準決勝も9秒77と驚異的な速さで勝ちあがった一方で、ボルトは予選・決勝とも9秒96。準決勝にいたっては、スタート直後のつまづきで出遅れ、決勝進出危うしとヒヤリとさせられた。これではボルトとはいえ形勢を逆転するのは難しいのではないか。そう思われても仕方のない内容だった。

 それでもやはり、ジャマイカの英雄は強かった。迎えた決勝、先にリードをしたのはガトリンだった。しかし、前への意識が強すぎたか、最後の10メートル強でバランスを崩した。ここまで最高の仕上がりをみせてきた挑戦者のすきを突き、猛追してきたボルトが胸の差で退けた。

「伝説を続けたければ勝つしかない」

ボルトは得意の200メートルでも勝利を目指す 【写真:ロイター/アフロ】

「(準決勝後に)コーチが『どうしたんだ?』と尋ねてきたけれど、はっきりとは答えられなかった。そうしたら『いいかい、お前は考えすぎだ。何回もこの場所に来ているし、数え切れないほどやってきただろう。リラックスしなさい』と言われた。僕はただそれをやっただけだよ」

 そうよどみなく言い切ったボルト。決して“完勝”と言えるものではなかったが、準決勝から決勝までのわずか2時間5分で心身を作り直し、今年一番の舞台を、今季自己ベストでしっかり勝ち切るというのは、並大抵のことではない。

 決勝を走ったライバルたちも、ボルトの底力に称賛を送った。同郷の100メートル元世界記録保持者で、今レース7位のアサファ・パウエル(ジャマイカ)は「ボルトが勝利を収めたことを、すごくうれしく思っている。今季の彼はそんなに戦えていないけれど、こうやって結果を出した。本当に彼のことをリスペクトしているよ」と祝福。銅メダルを獲得したカナダの20歳・アンドレ・デグラセ(カナダ)も「彼は決勝にいくと思っていたし、結果も残した。さすが2度も世界選手権で優勝している選手だ」と敬意を示している。

「ジャスティンは好調だったし、勝つのは簡単ではないと思っていた」と自認するように、今回は薄氷の勝利だった。まさにこの場所で世界新をたたき出した2008年北京五輪と比べても、年々、後続の突き上げは強くなってきている。それでも「伝説を続けたければ勝つしかない」と不退転の決意でこの日まで歩いてきた。

 25日には得意の200メートル予選が待っている。「このあとアイシングをして、地元の友達と少し話したら(200メートルの)準備完了だ」。事もなげにそう語ると、世界最速スプリンターは颯爽(さっそう)と会場を去っていった。

(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)
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