2年前の悔しさが現在への原動力に 萩原智子が見た渡部香生子の成長
日本勢第1号となる銀メダル獲得
日本の競泳メダル第1号となった渡部香生子。自身が山場と語っていた200m個人メドレーでの銀メダル獲得となった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
銀メダルを獲得した日には、100メートル平泳ぎ予選、準決勝のレースにも出場し、1日で3本のレース。本人も今大会最大の山場と話していただけに、このメダル獲得は大きな自信となったはずだ。
翌日(競泳3日目)に行われた100メートル平泳ぎ決勝では、0.01秒差で4位とメダルを逃したものの、大舞台で安定した泳ぎを見せている。2年前の世界選手権(スペイン・バルセロナ)では、2種目とも決勝の舞台へすら進めなかったことを考えると、大きなステップアップを果たしている。
“苦手”な平泳ぎを克服
もともとは肩の負担が少ないことから転向した平泳ぎだったが、最初は苦手な種目でもあった 【写真:ロイター/アフロ】
平泳ぎはそれまで一番苦手意識のあった種目だったが、泳ぐたびに記録を伸ばし、一気にトップへの階段を駆け上がった。この平泳ぎでの才能開花が、現在の個人メドレー挑戦において非常に大きな意味を持つ。
個人メドレー(泳法順はバタフライ→背泳ぎ→平泳ぎ→自由形)は、選手ごとの持ち味が異なるため、レース中の順位の入れ替わりが激しく見ごたえのある種目だ。実際に渡部選手は今レースでも、背泳ぎでは8位であったのにも関わらず、平泳ぎで4位、ゴールでは2位、大逆転のレース展開だった。
200メートル個人メドレーでは3種目め(100メートル〜150メートル)である平泳ぎが大きなポイントとなる。最終種目の自由形でラストスパートをかけるため、そこまでに少しでも余裕を残したいのが選手の本音。彼女の場合は、平泳ぎで一気にスピードに乗り、その勢いをそのまま自由形につなげることができている。
彼女は、昔、個人メドレーを専門としていた際、背泳ぎ、自由形でも全国大会に出場し、背泳ぎでは表彰台へ登った実績もある。さらにけがによる種目転向で、苦手だった平泳ぎが世界トップレベルになったことで、種目に穴がなくなったとも言える。
転機となったのはバルセロナでの敗退
その転機となったのは、2年前の世界選手権だった。200メートル個人メドレーの代表として世界の舞台に臨んだが、自己ベストを更新するも準決勝で敗退。11位という結果に彼女は涙を流した。
「あの時はもっと強くなって、世界と戦えるようになりたいと思いました」。それまで笑顔で話をしていた彼女の顔が、一気に引き締まった。「あの時」の悔しさは、15歳で出場したロンドン五輪での準決勝敗退よりも、強かったと言った。
「ロンドンは、アッという間に終わってしまいました。悔しかったけど、出られたことで満足もしていました。でもバルセロナの世界選手権は、決勝に残って戦うことを目標にしていたし、いける自信もありました。自己ベストが出ても決勝に残れなくて……。本当に悔しかったです」。この瞬間が、現在の活躍へ原動力となった。
指導する竹村吉昭コーチも、世界選手権後の変化を感じ取っていた。「香生子自身、足りないことが見えたんだと思いますよ。本人も世界で戦えないと楽しくないでしょう」。悔しさをバネに日本のエースへとはい上がってきたまな弟子の成長を笑顔で喜んでいた。