井上尚弥が衝撃KOで見せた“怪物”の真価=減量からの解放で「これぞ、ボクシング」

平野貴也

勝負を分けた最初の一撃

初回のファーストコンタクトで、いきなりパワー全開の右ストレート。観客の度肝を抜いた井上は開始30秒も立たずに、46戦1敗の名王者から一度目のダウンを奪った 【花田裕次郎】

 驚いたというほかない。左のグローブを前に出し、王者の右グローブに触れた後、最初の一発が勝負を分けてしまった。挑戦者の井上尚弥(大橋)が、振りかぶるようにして打ち下ろした右ストレートがWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)の額を直撃。直後、ほぼ同じ軌道の右をガードの上からねじ込むと、ダウン知らずの名王者がマットに沈んだ。

 試合開始のゴングから、わずか28秒。アマ7冠の実績を引っ提げて「怪物」のニックネームとともにプロの世界に飛び込んで来た井上だが、プロ8戦目にして最も「怪物」ぶりを発揮したシーンだった。ナルバエスは立ち上がり、試合は2ラウンドに井上が4度目のダウンを奪うまで続いたが、最初の一発で東京体育館には衝撃が走った。減量が苦しくなったライトフライ級から2階級を上げたとはいえ、あまりにもパワフルな一撃。

 井上は「ファーストパンチでノリが全然違った。本当に体重が乗ったパンチを打てた。ライトフライ級だと、打っても少し軸が浮いてしまうというか、ちょっと軽い。見ていても分かったんじゃないかと思うんですけど、パワーが違うのは、自分でも感じた」と振り返った。あまりの手ごたえに、右の拳を少し痛めたほどだった。

プラン通りの攻撃で2回KO勝ち

ガードの上から強打を打ち、空いたボディを狙うという試合前のプランを実行し、2回KO勝利へつなげた 【花田裕次郎】

 最初にパワーブローを打ち込んで相手に警戒をさせるのは作戦だったが、警戒させるどころか、力の違いを見せる一発になった。井上は「最初は打てなかった角度のパンチがフィットした」と納得の表情を見せた。フィリピンから呼んだスパーリングパートナーやマルコム・ツニャカオ(真正)とスパーリングを行ったときに打ち下ろすストレートは力が入らないという話になり、練習を積み重ねて来たパンチだという。父・真吾トレーナーは「強く叩こうとすると、どうしても横からになってしまう。それを中に打ち込めるようにできた。相手のガードの外側から打つのではなくて、内側を打つパンチ」と狙いを話した。

 試合は、この一発でほぼ決まったと言っていい。井上は「本当に大差判定勝ちしか考えていなかった。ダウンを奪った後、相手の左ストレートをもらったけど、パンチは死んでいなかったので、気は抜けなかった」と話したが、その冷静さは、圧勝ぶりに拍車をかけた。慌てずに正確なパンチを打ち込むことでさらにダメージを与えて、2度目のダウンを奪ったのが、ちょうど1分頃。プロで46戦してわずか1敗という2階級制覇王者に何もさせないという圧巻のパフォーマンスは、8000人の観衆の度肝を抜いた。

 ナルバエスはどうにか3度目のダウンを回避して赤コーナーへ戻ったが、第2ラウンドも展開は変わらなかった。井上は鋭く力強いワンツーで攻めて出ると、ロープに追い込まれた相手が出て来るのに合わせてバックステップを踏みながら左フックをヒットさせて3度目のダウンを奪った。それでも立ち上がったナルバエスを連打でロープに追い詰め、左2発、右1発と顔に打ち込み、ガードを上げる王者に左ボディフックをねじ込んでフィニッシュ。ガードの上からでも強いパンチを見せておいて、空いたボディを狙う。試合前のプラン通りだった。

適正体重のSフライ級に自信

世界最短となる8戦目での2階級制覇を達成した井上。今後は適正体重のスーパーフライ級で新たな怪物ロードを築き上げる 【花田裕次郎】

 2ラウンド3分1秒、KO勝ち。大橋秀行会長は試合後のリング上で相手陣営に詰め寄られたと話した。グローブの中を見せろと要求されたのだという。「何か入れているんじゃないかって言うんだよ。そんなわけないだろうって。気持ちは分かるけどさ。グローブを取って見せたら、苦笑いしていたよ」と興奮気味に話した。当然、スカッと勝ったのだから、陣営は大きな喜びに包まれていた。中でも井上は随分と楽しそうだった。成長著しい21歳の若者は、前戦までライトフライ級での減量に苦しみ「ボクシングって減量を苦しむっていうスポーツじゃないと思うんですよ。リングの上でいいパフォーマンスを見せることが大事だから」と何度も言っていた。

 ボクシングの世界では、勝ちやすい階級、試合を組める階級を狙ってウェイトを無理に調整することが珍しくない。だが、井上は9月の試合で体に力が入らずに苦戦し、本来の姿を見てもらえないことに苛立ちを見せていた。だからこそ、最も自分の体に適した階級と話すスーパーフライ級で衝撃のKO勝利を飾り、リング上では「減量から解放されて、いつもの自分の姿が見せられたかなと思う。今後はどんな挑戦者でも受けて立ちたい」と自信を見せ、控室に戻れば「試合前からワクワクする試合がしたい。楽しいじゃないですか。これぞ、ボクシング!」と笑った。

 父の真吾トレーナーがすかさず「あなたがワクワクするときは、オレはドキドキなんだよ!」とツッコミを入れたが、怖いもの知らずとはこのことだ。スーパーフライ級に怪物現る――ボクシング界に強烈なメッセージを与える勝利を収め、今後がますます楽しみになって来た。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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