2009年、フランスのニコラ・サルコジ大統領(当時)の指示で、経済学者ジョセフ・E・スティグリッツらによって設立された委員会が「経済成果と社会進歩の計測に関する委員会による報告書」(Report by the Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress, 以下、スティグリッツ報告書)を発表しました。この報告書では、GDPが格差の拡大や環境問題など、社会の幸福度や生活の質に関わる事象を十分に把握できていないと指摘し、複雑な社会の全体像を捉え、将来の持続可能性を評価するために、複数の指標をダッシュボード形式で提示することを提案しています。また、客観的な指標だけではなく、主観的ウェルビーイングについても、適切な尺度を検討したうえで、測定を進めるよう各国政府と専門家に対して求めています。
スティグリッツ報告書を参考にして、経済協力開発機構(OECD)は、各国のウェルビーイングを多面的に計測する「Better Life Index」の公表を、2011年より開始しています。Better Life Indexでは、主観的ウェルビーイングを含む11分野において複数の指標を測定し、OECD加盟国間の比較を可能としています(図2)。
図2 Better Life Indexにおいて現状のウェルビーイングを構成する11分野
【笹川スポーツ財団】
また、OECDは2013年に「主観的ウェルビーイングの計測ガイドライン」(OECD Guidelines on Measuring Subjective Well-being)を発表し、各国政府に対して主観的ウェルビーイングのデータ収集に関する指針と具体的な質問例を提示しました(図3)。その後も、OECDは各国における主観的ウェルビーイングの計測状況などを調査しており、2025年中に上記ガイドラインの改定版を公表する予定です。
図3 ガイドラインで示された主観的ウェルビーイングを測る中核的質問
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一方、国連が設立した「持続可能な開発ソリューションネットワーク」(Sustainable Development Solutions Network)は、Gallupの調査による主観的幸福度の各国数値などを示した「世界幸福度報告」(World Happiness Report)を毎年公表しています(図4)。
図4 世界幸福度報告で採用されている主観的幸福度を測る質問
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さらに、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、前回の記事で紹介した「私たちの共通の課題」(Our Common Agenda)の中で、人類のウェルビーイングなどを捕捉するため、GDPを補完する新たな指標の検討を提言しました。「未来のための協定」(Pact for the Future)においても、新たな指標を検討するための専門家グループを設立し、その作業成果を、2025年9月に開催予定の国連総会で報告することが、アクションとして示されました。
イギリスにおけるウェルビーイングの計測とWELLBY
イギリスでは、デイヴィッド・キャメロン首相(当時)の指示を受けて、2011年から国家統計局(Office of National Statistics)が10の領域と38の尺度[から国民のウェルビーイングを計測する「国民のウェルビーイング測定プログラム」(Measuring National Well-Being programme)を開始しており、四半期ごとにデータが公表され、政策立案にも活用されています(図5)。
図5 国民のウェルビーイング測定プログラムで扱われている10領域
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2021年には、財務省(HM Treasury)がグリーンブックの補足資料として「事前評価のためのウェルビーイング・ガイダンス」(Wellbeing Guidance for Appraisal, 以下、ガイダンス)を公表し、政策の立案や事前評価において、ウェルビーイングを活用するプロセスを示しています(図6)。
WELLBYのスポーツ分野への活用事例として、スポーツ・イングランドから受託を受けたState of Life、シェフィールド・ハラム大学、マンチェスター・メトロポリタン大学のコンソーシアムが実施している「イングランドにおけるスポーツと身体活動の社会的価値」(The social value of sport and physical activity in England)があります。このプロジェクトは2024年から3年間で行われる予定ですが、初年度はスポーツと身体活動の主要な価値とされ、エビデンスが比較的確立されている「ウェルビーイング向上による個人への価値」(Primary value: individual wellbeing)と「健康による広い社会への価値」(Secondary value: wider value to society)を分析しており、2024年10月に最初の報告書を公開しています。報告書では、初年度に行った分析の結果として、スポーツと身体活動がもたらす社会的価値の合計値を約21兆4,121億円(1,072億ポンド)/年と推計しており、このうち「ウェルビーイング向上による個人への価値」の算出において、WELLBYの考え方が用いられています。