【オリックス】グラウンドキーパーからスペイン語通訳に 柴田凌通訳の初めてのシーズン 「すべきサポートは無限に」
【オリックス・バファローズ】
写真:笑顔で今シーズンを振り返る柴田通訳 【オリックス・バファローズ】
◆「二人だけの世界」
22 年2月、沖縄での仕事中、外国人選手と通訳が楽しそうに会話している様子が目に飛び込んできた。聞き耳を立ててみたが異国の言葉はさっぱりわからない。
「『すごい。二人だけの世界なんだ』と感動してしまいました。外国人選手って堂々と振る舞う人が多くて、カッコいいなとずっと思っていました。その外国人選手の言葉を直接理解する通訳の方に、ものすごい憧れと尊敬を抱いたんです」
衝動に突き動かされるように英語の勉強を始めたが、興味はすぐにスペイン語に移った。「スペイン語圏出身の外国人選手はたくさんいるけど、スペイン語を話せる日本人は少ない。彼らの母国語を理解できる人になりたい」。スペイン語一本に絞って学ぶことを決めた。
勉強すればするほど、通訳への憧れは加速した。「グラウンド整備にもやりがいを感じていたのですが、その思いが上回ってしまったんです。挑戦するなら1日でも早い方がいい」。スペイン語を学び始めて半年も経っていなかったが、生の言語に触れるためにコロンビアへの留学を決意。4年務めたグラウンドキーパーとしてのキャリアに区切りをつけた。24歳、一大決心だった。
写真:コロンビアで子どもに野球を教える柴田通訳㊧ 【オリックス・バファローズ】
写真:コロンビアで子どもたちと野球を楽しむ柴田通訳(右から二人目) 【オリックス・バファローズ】
◆別世界のコロンビア
ホームステイ先は少年野球チームの監督の家族。柴田通訳は、約30人の子どもたちが所属するそのチームでボランティアコーチを務めた。子どもたちが通う学校は午後から。早朝の午前7時から11時頃まで平日は毎日練習が行われた。
ホームベースは発泡スチロールのような素材に重しを置いただけの手作り。バットやボールは使い古されてボロボロ。十分な道具がそろっていない状況でも、子どもたちは目を輝かせて野球を楽しんでいた。柴田通訳が身振り手振りを交えてルールやバッティングのコツを教えると、笑顔と共に反応が返ってきた。
楽しみの一つとなったのが、毎週土曜日の野球大会。親も子どもも関係なく試合に出場する。試合中に差し入れのランチやお菓子をほおばる子どもたち。ひと度チームが得点すると飛び上がって喜び、ベンチに帰ってくる選手を取り囲んで祝福した。「自由で楽しい野球でした。皆、勝つことに貪欲で感情表現が大きい。刺激的な時間でした」。入国時に抱いた不安はいつの間にか消え去り、現地ならではの野球の魅力にどっぷり浸かった。
2ヶ月間の留学はあっという間だった。半年後、新しい野球道具を持って再びその監督の下でホームステイした。二度目の留学は4ヶ月間。本腰を入れて語学力を磨いた。
写真:カスティーヨ投手のヒーローインタビューの通訳をする柴田通訳㊧ 【オリックス・バファローズ】
◆緊張のヒーローインタビュー
「思っていた以上」と柴田通訳が語る通り、初めてのシーズンは幅広い仕事が待ち受けていた。主にルイス・カスティーヨ投手の通訳を務め、すぐ側でサポートを行った。住まいに関する書類の手続きはもちろん、遠征時の荷物管理からスポーツネイルのサロンの予約まで、求められたことはなんでもこなした。
選手が活躍した時の喜びは格別だったが、ヒーローインタビューの通訳については「心臓バクバクで。緊張しすぎてほぼ記憶がないです」。苦笑いしながら振り返る。
カスティーヨ投手のヒーローインタビューで花火ナイトについての質問が投げかけられた際には、とっさに「花火」のスペイン語が出てこず英単語の「firework」と身振り手振りで伝えた。
スペイン語の発音や文法は、コロンビア、ドミニカ共和国、ベネズエラ、各国で異なり「勉強の毎日でした」。わからなかった単語はノートに書き留めて何度も見返したり、スペイン語のニュースを毎日聴いたりして努力を続けた。
羽場部長は期待を込める。「彼の素直で親しみやすい人柄のおかげか、外国人選手も彼を助けようと、ネイティブ特有の言い回しや単語など、色々教えてくれていました。これからも選手とうまく信頼関係を築いてもらいたいです」
花火はスペイン語で「Fuegos artificiales(フエゴス アルティフィシアレス)」。その日にカスティーヨ選手とご家族に教えてもらったという。「もう忘れません」。柴田通訳は少し頬を赤らめながら振り返った。
写真:カスティーヨ投手と笑顔で写真に納まる柴田通訳 【オリックス・バファローズ】
◆温かい思い出になってほしい
ふとした瞬間に思い出すコロンビアでの日々。手作りのグラウンドでバットとグローブを持って大はしゃぎする子どもたち。駆け寄れば、いつでもその輪に迎え入れてくれた。
シーズンを終えて実感したことがある。「通訳がすべきサポートは無限にあるように思います。チーム内での絆を深めるための橋渡し、日本で過ごすご家族のための環境づくり。そのためにたくさんの人と関わり、力をお借りしました」
あの日「二人だけの世界」だと思った通訳と外国人選手。その周りには想像を超える世界が広がっていた。(西田光)
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