ロッテ小島 憧れの大先輩の背中を追いかける日々は終わらない。ソフトバンク和田からの引退報告LINEに絶句!
千葉ロッテマリーンズ小島和哉投手 【千葉ロッテマリーンズ提供】
「なんか不思議な感じがしました。子供の時に憧れていた方とプロのマウンドで投げ合う機会をいただけたり、1月には一緒に自主トレをさせていただけることに。子供の時の自分が聞いたらビックリするだろうなと思うとニヤけてきました」と小島。
初めてその姿を生で見たのは小島が早稲田大学在籍していた大学4年時。1月の自主トレ期間に和田が母校のグラウンドで練習をしていた。その姿を小島は遠目で見ていた。
「自分の練習に集中しようとは思っていたのですが、どうしても見てしまう。『すごい。本物だ』と思いながらチラチラ、横目で見ていました」(小島)
和田もその時のことは覚えていた。「彼がたぶん大学4年の時。あの子が、今度、ドラフト候補に挙がっている子かと思ったのは覚えています。話をすることは出来なかったのですが、ボクも気になって彼がキャッチボールをしている姿は見ていた」と言って、懐かしそうに笑った。
プロに入ってからは21年に10日間ほど長崎で行っている和田の自主トレ先を訪れ、練習方法などを吸収した。ただ、それ以降はあえて距離を置いた。
「憧れの存在です。そして自分は大学の大先輩でもある和田さんを越えるような存在になりたいという大きな、大きな目標がある。そういう風に目標にさせていただいている方に簡単に教えてもらうという姿勢で本当にいいのかなと。越えるという目標を持っているなら、それは違うんじゃないかというものが自分の中で考えることがあって、極力、やめようと思ったんです」
小島はあえてそう決意。それ以降、極力、相談をしないようにした。自主トレ先の長崎にも足を運ばなかった。ただ、やはり、気がつけば最後に悩みを相談した相手はいつも憧れの大先輩だった。負けが込んで2か月、勝ち星がつかなかったことがあった。そんな時、おもわずメールを入れた。「長文が送られてきた」と和田。電話でやりとりをして、色々と相談にのってもらった。技術的な事、メンタルな事。様々な話をしたが、今でも小島の心に残っているのは大先輩の聞く姿勢だった。
「ボクの話をある程度、聞いてくれた後に和田さんが色々とボクに質問をしてくれたんです。『こういう時はどうしているの?』とか。その時にこの人、凄いなあと思いました。こんなに年下のボクに興味をもってくれて、色々と聞いて、あれだけ実績があるのに、まだまだ色々な事を取り入れようとしている。学ぼうとしている。凄いと思いました」
そして小島は考えを変えた。大目標に掲げているから、あえて教えを乞うことはやめ、自分で答えをみつけようと距離を置いていたが「聞かないのは馬鹿だなあと。もったいないことをしているなあと。聞きたいときに聞きたいことをどんどん聞こうと思いました」と24年1月、再び和田塾に入門したいと頭を下げた。
「本当に勉強になることばかり。気づきが多い。練習メニューをただこなすのではなく、この練習でどの筋肉を使うとか、ピッチングにおいてどう有効になるから行うとか、細かく説明してくれる。そういうのを聞きながら、行うのとただ漠然と行うのでは大きな違いだと思いました。それに誰に対しても凄く丁寧に説明をしてくれて、違うことに関してはどうして違うかをしっかりと教えてくれる。ボク、サラリーマンではないですけど、こういう上司、カッコいいなあと思います(笑)」
小島が特に興味を持ったのは和田が身体の構造について深く学んでいることだった。臓器の位置を説明してくれ、右投手と左投手ではそもそも投げ方、メカニックは臓器の位置が左右対称ではない身体の構造から考えると違うと話をしてくれた。ハッとさせられた。ウェートなどではどうしても大きな筋肉を鍛えてしまうが、そうではなく細かい小さな筋肉の大事さを教えてくれた。また走ることは全身運動で大事だと説いた。走ることは身体に偏りなく動く必要があるためバランスよく身体を整える上で最適と聞き、なるほどと思った。
自主トレでは体幹を中心としたトレーニングがメインだったが、小島はこの自主トレのテーマとしてストレートの精度向上を掲げていた。シーズンオフにテレビの企画で現役選手たちにどこのチームのどのボールが一番打ちにくいのかをアンケート形式で調査をしている番組があった。その中でチームメートの角中勝也外野手が「和田さんのストレート」と即答したことが強く印象に残った。
「相手打者がストレートを待っているシチュエーションでストレートを投げられるような投手になりたいと思っている。和田さんのストレートはまさに憧れ」と闘志を燃やした。
通称 和田塾。長崎での自主トレには他にも沢山の投手が和田を慕い、集まる。早稲田大学出身者としては小島の一つ上の先輩にあたるタイガースの大竹耕太郎投手。そして小島の二つ下の後輩にあたるイーグルスの早川隆久投手もいた。いずれも小島と同じ左投手でこのプロの世界で強く意識する存在。大竹には「大学の時、いつも一緒に練習をして、ご飯に連れて行ってもらうなど、可愛がってもらっていました。リーグ戦前に行きつけの定食屋があって、そこで一緒にレバニラ定食を食べさせてもらったのが懐かしい」と振り返る。今年の長崎での時間は天気にも恵まれ、地元の多くの人のサポートもあり充実したものとなった。通常のトレーニングだけではなく、ピラティスや脳トレなど様々な新しいことにもチャレンジした。そして食事の時間も含めた一日中、憧れであり、大目標でもある大先輩や様々なピッチャーと過ごす生活の中で刺激を受け、様々なことを吸収できた。仲間たちと切磋琢磨、刺激を受け合った。
そんな和田塾のメンバーで構成されているグループLINEに11月5日早朝、和田がメッセージが入った。現役引退を報告するメッセージだった。突然のことで言葉を失った。色々な思い出が走馬灯のようによみがえった。初めて挨拶をした日のこと。プロで初めて投げ合った日。昨年、クライマックスシリーズファーストステージで投げ合う機会を得た試合。悩みを相談した日々。優しく返してくれた言葉。そのすべてが小島にとって財産だ。
「めちゃくちゃ寂しいですけど、和田さんが決められたこと。お疲れさまでしたという言葉が適切なのかどうかわかりませんけど、本当にお世話になりました。和田さんとの日々のすべてが自分にとっての財産です」
小島はメディアを通じてそのようにコメントをした。今年は25試合に登板をして12勝10敗、防御率は3・58。2年連続で開幕投手を務めるなどマリーンズのエースの地位を築きつつある。「和田さんはこの世界で22年もやってこられた。自分もこの世界に入って、その凄さを改めて感じる。自分は6年目。これからも和田さんの背中を追いかけられるところまで追いかけたい」と小島。憧れの大先輩の背中を追いかけ続ける日々はまだまだ終わらない。
文 千葉ロッテマリーンズ広報室 梶原紀章
千葉ロッテマリーンズ小島和哉投手 【千葉ロッテマリーンズ提供】
千葉ロッテマリーンズ小島和哉投手 【千葉ロッテマリーンズ提供】
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