早大ア式蹴球部女子 【後編】“メンタルモンスター”築地育、苦悩と成長のサッカー人生 「興味無い人が見ても『あの人すごい』ってなるように」

チーム・協会
【早稲田スポーツ新聞会】記事 大幡拓登 写真 熊谷桃花、荒川聡吾

インタビューに答える築地 【早稲田スポーツ新聞会】

 高校時代からの念願だったというア式蹴球部女子(ア女)に入部したMF築地育(スポ4=静岡・常葉大橘)。ここでもチームに馴染むのは早かった。シーズン終盤こそ途中出場が増えたものの、初年度から公式戦43試合に出場し9得点をマークした。

 得点力に関して言えば「ミッドフィルダーで」というところもすごいが、ピンチやチャンスのシーンで得点を決めてしまう精神力がまたすごい。ふと気になって、築地のア女での公式戦において決めた試合終盤の得点を筆者がリストに起こしてみると、異常とも言うべき数になった。(以下リスト)

※関東リーグ=関東女子リーグ、関カレ=関東大学女子リーグ、皇后杯=全日本女子選手権 【早稲田スポーツ新聞会】

 土壇場で決めきる力。このメンタルの強さはどこからきているのか。「ピッチに立ったら自分が一番上手い、と思うようにしています。小学校3、4年生の時に自分に自信がもてない時期があって。その時に父に『自分が一番上手いと思ってプレーしなさい』と言われたんです。最初はよく分からなかったけど、中学で試合に出るようになった頃にそう思って試合に入ったら、余裕をもってプレーできるなって」。築地がサッカーを始めたきっかけであった父。その存在は築地にとって、サッカーにおけるメンターとしての役割も果たしていた。

 「あとはやっぱりチームが苦しい時に自分が良いプレーをしたら、注目してもらえるからかな。それこそ帝京平成大戦(2022年6月25日関カレ第10節、◯2-1)の時は、コーナーキックという自分が一番戦える舞台が用意されて、かつチームが苦しい状況で。『これめっちゃチャンスじゃん!』と思っていたら…」。両チーム選手の密集したゴール前で、文字通り頭一つ抜けていた。高い打点から放たれた豪快なヘディングゴールは、筆者の目にも焼き付いている。

 見てほしい。注目されたい。築地のサッカー人生に一貫して存在する目的意識だ。対象が父からより多くの人になっただけで、何も変わってはいない。「興味無い人がふらっと見に来た時にも『あの人すごい』ってなるような選手になりたいんです」。もはやメンタルが強い、弱いの話ではない。

先日行われた早慶女子定期戦で築地はフル出場、3年連続のMVP。左右で別の色のスパイクを着用し、プレー以外でも注目を集める 【早稲田スポーツ新聞会】

 そんな築地にも苦悩の日々は訪れた。昨年背番号10をつけた築地は、戦術の核となる働きを任されていた。しかし夏のオフ前後、チームは失速。試合結果に引きずられるように、築地自身も様々なことを背負い込んでしまった。「プレイヤーとしてはすごくやりやすいチームで。ただ組織にいる、一人の人としての部分にはすごく悩まされました。ア女での3年間で『選手としてだけではダメだ』ということは理解していた中で、それを考えながら行動していたつもりだったんですけど」。サッカー選手としての自分と、部員としての自分、そして一人の人としての自分。そして、それらを見る周りの目。それぞれのギャップの埋め方が、分からなくなった。

 高校時代は自ら作った分厚い殻に閉じこもるようにして目を背けていた、「チーム」という存在。大好きなア女、そしてチームメイトだからこそ、真っ向からぶつかった。「自分って結構周りの目を気にするんだな、というのは新しい発見でした(笑)。ピッチ上では大胆にやっていても、そうじゃない部分では自分意外と弱いんだなって」。しかしこの苦悩は、築地自身の成長、そして心から「このチームのために」と思える場所にいることの証明だ。当時の思いを、築地は部員ブログでこう書き綴っている。

 ...私は今、回り道した壁に向き合い、乗り越えようと壁に手をかけたところだと思います。私は、この壁にリベンジする。今度こそ越えなければ。しかし、この壁を乗り越えるのに、1人で乗り越える必要はないとア女のみんなが教えてくれる。この壁を超えたとき、選手として人として成長した私が仲間とどんなサッカーをしているのか、想像するとワクワクする。(ア女日記『もう一度向き合う』3年 築地育 より)

 眩しいとも思えてしまう最後の一文には、苦悩の日々から絞り出された、傷まみれのポジティブネスが垣間見える。ピッチ上で発揮される築地の強靭なメンタルは、鋼のように繰り返し叩かれ精錬され、また強くなっていくのである。

 ア女での生活も残された期間は半年。それが終われば次は再びルーキーとして、新たなチャプターに足を踏み入れていく。インタビューの最後に、改めて今後の目標を聞いた。「チームの核になって全体を動かせる選手、というのが自分の中での理想像です。プロの世界でも通用する自分の武器がきっとあると思うから、それをどんどん発揮していきたい。それに…」。築地は笑って、当たり前のようにこう付け加えた。「たくさんの人に見てほしいですね」。

内定に際して、色紙に今後の豊富を書いてもらった 【早稲田スポーツ新聞会】

 インカレの決勝戦。WEリーグでの大事な一戦。あるいはいつか、今ははるか遠い場所だが、日の丸を背負って立つW杯の試合でもいい。追加タイムに入りコーナーキック、勝ち越しのチャンス。まるで初めから用意されていたように、舞台は整っていく。そこで観客は、ある一人の選手に視線を奪われる。派手な色のヘアバンドに左右異なる色のスパイク。エリア内で手を上げ、キッカーと目で合図をかわしあい、走り出す。そして舞い上がるボールをしっかと見つめて。彼女は誰よりも高く飛ぶ。

◆築地育(つきじ・いく)
2002年11月13日生まれ。身長161㌢。静岡・常葉橘高出身。スポーツ科学部4年。高校時代は世代別代表に繰り返し選出。昨季からア女の背番号10を背負い、関カレベストイレブンにも選ばれた。WEリーグ・ノジマステラ神奈川相模原に、2025シーズン加入内定。
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著者プロフィール

「エンジの誇りよ、加速しろ。」 1897年の「早稲田大学体育部」発足から2022年で125年。スポーツを好み、運動を奨励した創設者・大隈重信が唱えた「人生125歳説」にちなみ、早稲田大学は次の125年を「早稲田スポーツ新世紀」として位置づけ、BEYOND125プロジェクトをスタートさせました。 ステークホルダーの喜び(バリュー)を最大化するため、学内外の一体感を醸成し、「早稲田スポーツ」の基盤を強化して、大学スポーツの新たなモデルを作っていきます。

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