【馬術】4人で臨む最後のオリンピック “初老ジャパン”がヴェルサイユ宮殿を駆け抜ける
総合馬術日本代表“初老ジャパン”(左から)小川(コーチ)、土屋(サポートスタッフ)、大岩、田中、戸本、北島、根岸(監督) 【©日本馬術連盟】
パリオリンピック日本選手団の最年長上位を占める馬術
特に総合馬術TEAM JAPANのメンバーは、48歳の大岩をはじめ北島隆三(38歳)、戸本一真(41歳)、そしてリザーブ選手の田中利幸(39歳)の4人。平均41.5歳。監督の根岸淳は47歳、コーチの小川登美夫は46歳、サポートスタッフの土屋毅明が54歳と、選手とほぼ同年代のスタッフでチームが構成されている。これも馬術競技ならではだ。
当然、その関係性も少し変わっている。選手たちはヨーロッパを拠点に長年活動してきて、経験を積んでいる。そしてそれぞれに世界屈指のトレーナーがついているのだ。根岸は「技術的な部分で僕が彼らに言うことは何もない。僕の役割は彼らの話をよく聞いて、最大限、活動しやすい環境をつくること」と話す。
チームは、パリの会場に入る前にイギリスで合宿を行なった。馬術競技におけるトレーニングは選手自身が体を鍛えることではなく、本番に向けていかに馬を良い状態に仕上げるかが重要だ。それぞれの馬に合わせた調整が必要なため、全員が同じメニューをこなすことはできない。合宿初日は高名な審判員を呼んで、採点競技である馬場馬術のテストを実戦さながらに行なったが、その後はそれぞれがメニューを組んでそれをこなした。合宿中の雑談の中でもオリンピックの話題はまず出ない。リラックスした中でたわいもない会話を紡いでいる。
そんな時「日本代表って○○ジャパンってついているでしょ。馬術はどうする?」と監督が口にした。ちょうど、全競技の日本選手団の中で杉谷と大岩が年齢が高いワン・ツーを占めているという話をしていたところだった。誰かが「初老ジャパン」と言うと、「昭和ジャパン」という声も上がった。馬にちなんで「ペガサスジャパン」も出たが「それは違う」とすぐに却下された。そして、何となく「初老ジャパン」に落ち着いた。
パリオリンピックに向けて各人馬とも調整に余念がない 【©日本馬術連盟】
4人で強くなってきた総合馬術TEAM JAPAN
ところがオリンピックにおける総合馬術のフォーマットが大きく改定された。通常、総合馬術の団体戦は4人馬でチームを組んで、その中の上位3人馬の成績を合計する。しかし、オリンピックに限っては、より多くの国が参加できるようにとの指針に基づき、3人馬でチームを組まなければならなくなった。1人でも失権(そこで競技を終えなければならないこと)してしまうと、即、大きな減点がついて団体で上位の成績をとることは不可能になる。また、これまで常にチームを組んできた4人のうち、1人はリザーブとなるのだ。
フォーマットが変わり、さらに新型コロナで1年延期、無観客という異例尽くしの状況で開催された東京オリンピック。TEAM JAPANは馬場馬術でメダル圏内の4位につけた。まずまずの滑り出しに思えた。ところが、クロスカントリーで大岩が失権。スタート直前のウォームアップで障害物を飛越した際に、人馬転倒してしまい、馬の恐怖心を取り除けないまま本番をスタート、本来とは程遠い走行になっての失権だった。最終日の障害馬術はリザーブだった北島が減点0でゴールして、その役割をきっちり果たしたが、最終順位は11位。目標だったメダルははるか遠かった。一方、この大会での収穫は、戸本が個人4位に入ったこと。これは日本の総合馬術のオリンピックにおける過去最高順位で、団体メダルは逃したものの、日本の馬術界にとっては大きな光となった。
東京オリンピック個人4位となった戸本一真 【©日本馬術連盟】
この時のことを戸本は次のように振り返った。「自然に連絡を取らなくなりました。お互い、自分の情報を知られたくないという気持ちがどこかにあったでしょうし、僕は、連絡を取り続けると仲の良いままの関係で、明確にライバルと認識できなくなってしまうような気がして、あえて連絡を取らないようにしていました。仲が悪いわけではないのに、あえて連絡をとらない変な、辛い時期を過ごしました」。
一転、パリオリンピック団体出場枠獲得
ここからまた、いつも通りのチームが復活した。
そして今シーズン、4人はそれぞれにオリンピックの出場基準(人馬コンビネーションで指定された結果を出す必要がある)をクリアすることと、同時に3人で団体を組むパリオリンピックの代表の座を獲得するためのプランを立てて、世界各国の大会に出場した。始動が早かったのは4頭の候補馬を持っていた北島。片道3日間かけてポルトガルに遠征するなど、積極的に動いて、結果的に4頭全てで基準をクリアした。大岩は以前から乗っていた馬の調子が良くなく、一度はパリを諦めかけたが、昨年末に巡り会った馬と今年に入ってから競技に出て、怒涛の追い上げを見せた。東京オリンピック4位の戸本は、当時と同じ馬に乗っており、出場基準は楽勝かと思われたが、悪天候による競技中止などのアクシデントに見舞われ、選考を実施する直前の週末でようやくクリアした。田中も順調に競技をこなして、良い状態をキープしていた。
最終的に、オリンピックの出場基準をクリアしたのは4人9頭。評価は拮抗したが、パリオリンピックのクロスカントリーコースの〝フラットで走りやすい〟という特性を活かせる馬を優先した結果、代表に選考されたのは大岩、北島、戸本で、田中がリザーブとなった。
7月中旬、代表3人馬、リザーブ1人馬、そして予備馬を含めた7頭が参加して、冒頭で触れたパリオリンピック直前合宿が行われた。チームの誰もが、故障はどの馬にも可能性があるし、それはいつ、どんな状況で起こるかわからない、その時のために田中とその馬がチームには必要だ、と思っている。だからこそリザーブの田中も含めたこの4人が総合馬術TEAM JAPANなのだという共通認識のもと、合宿に臨んだ。
森の中を散歩するのも馬にとって大事なリフレッシュの時間 【©日本馬術連盟】
4人で挑む最後のチャンピオンシップ
このオリンピックは間違いなく彼ら4人の集大成となる。それは次世代にバトンを渡すタイミングでもある。「初老ジャパンの僕たちが何年もずっとチームを組んでいる状況は、日本の総合馬術のこれからを考えればいいこととは言えない」。「僕らがイギリスを拠点にしているうちに若い選手が来てくれたら、今、僕らがもっているものをすべて引き継げる。時間を無駄にせずにステップアップできるはず」。そんな言葉が彼らの口からこぼれる。
パリオリンピック馬術競技はヴェルサイユ宮殿が会場だ。そこで彼らが躍動し、馬術をしている若手選手、あるいは馬術を知らない子供たちに感動や衝撃を与えることができれば、彼らのこれまでの努力はきっと報われる。またとないその素晴らしい舞台で、“初老ジャパン”が舞い、駆け抜け、飛越する姿を多くの人に見てほしい。
【日本馬術連盟 北野あづさ】
パリオリンピックの馬術競技会場。正面には小さくヴェルサイユ宮殿を望む 【©日本馬術連盟】
パリオリンピック馬術競技会場(クロスカントリー) ヴェルサイユ宮殿をバックに連続した2つの障害物が設置されている 【©日本馬術連盟】
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