【第108回日本選手権展望】男子トラック種目編:群雄割拠の100mは追い風参考ながら9秒台を出した栁田が一歩リードか。400m・110mハードル・400mハードルではパリ五輪即時内定者誕生に期待

日本陸上競技連盟
チーム・協会

【フォート・キシモト】

第108回日本選手権は6月27~30日、8月にフランスで行われるパリオリンピックの日本代表選手選考競技会として、新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで開催される。近年同様に、第40回U20日本選手権との併催で、こちらは8月末にペルーで行われるリマU20世界選手権の選考競技会としての開催だ。

日本選手権で実施されるのは、すでに別開催で行われた男女10000m、男女混成競技(十種競技、七種競技)を除くトラック&フィールド全34種目(男女各17種目)。2024年度の日本チャンピオンが競われるともに、パリ行きチケットを懸けた激しい戦いが繰り広げられる。

パリオリンピック日本代表は、最終的に日本オリンピック委員会(JOC)の承認を経て決定することになるため、それまでは「内定」という扱いになるが、陸上競技での出場資格はワールドアスレティックス(WA)が設定した参加標準記録の突破者と、1カ国3名上限で順位づけているWAワールドランキング「Road to Paris」において各種目のターゲットナンバー(出場枠)内に入った競技者に与えられる。

日本代表の選考は、日本陸連が定めた代表選考要項(https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202309/21_112524.pdf)に則って行われ、日本選手権で即時内定を得るためには、この大会に優勝し、かつ決勝を終えた段階で参加標準記録をクリアしていることが条件(ただし、ブダペスト世界選手権入賞者については、参加標準記録を突破すれば順位を問わず内定)。さらに、終了後に行われる選考においても、日本選手権の順位が優先されるため、オリンピック出場に向けては、この大会の結果で大きく明暗が分かれることになる。

今大会実施種目のうち、現段階でのオリンピック内定者は5名。大会期間中に、新たな内定者のアナウンスはどのくらい出るのか? また、日本新記録の誕生はあるのか?
ここでは、各種目の注目選手や見どころをご紹介する。

※エントリー状況、記録・競技結果、ワールドランキング等の情報は6月15日時点の情報に基づき構成。同日以降に変動が生じている場合もある。

文:児玉育美(JAAFメディアチーム)

※リンク先は外部サイトの場合があります

◎男子100m

[日本記録:9秒95(2021)/五輪参加標準記録:10秒00]

【フォート・キシモト】

ブダペスト世界選手権で6位入賞を果たしたサニブラウンアブデルハキーム(東レ)は、5月末に五輪参加標準記録を突破する9秒99の今季日本最高をマークしたことで、パリ五輪代表に内定。海外を転戦しながらパリに照準を定めていくことを選んだため、今大会には出場しない。サニブラウンの走りが見られないのは寂しいが、しかし、勝負という点では、混戦模様に拍車がかかった状況だ。残る五輪出場枠は2つ。この2枠を巡って、大激戦が繰り広げられそうだ。

優勝候補の筆頭に挙げてよい記録と安定感を見せているのは、栁田大輝(東洋大、ダイヤモンドアスリート)だ。昨年は10秒02まで自己記録を伸ばし、アジア選手権で金メダルを獲得。ブダペスト世界選手権でも100m、4×100mリレーで活躍した。今季はシーズン初戦で10秒02の自己タイ記録をマーク。世界リレーにも出場し、パリ五輪出場枠獲得に貢献した。若手、ホープという立ち位置から、すっかり日本のエースに成長した印象だ。日本選手権2週間前に行われた日本学生個人選手権では、3.5mの追い風参考ながら準決勝で9秒97をマーク。決勝は10秒13(+1.4)と9秒台突入はならなかったが、きっちりと勝ちきっている。ワールドランキングでは、すでにターゲットナンバー内でサニブラウンに続いており、代表入りに王手をかけている状況だ。しかし、おそらく本人は参加標準記録をクリアしての即時内定を狙って臨んでくるはず。勝てば、今回が初優勝。10秒00を切っての標準記録突破となれば(公認では)日本人5人目、108回の歴史を持つ日本選手権においては初の9秒台パフォーマンスとなる。

ワールドランキングで、栁田に続くのは多田修平(住友電工)。室内シーズンに挙げた好成績で、きっちりとポイントを積み上げてきた。その勢いを屋外で加速させたいところだったが、4月の織田記念でふくらはぎを肉離れ。その後はレースには出場せず、治療とリハビリを重ねてきた。日本選手権で戦える状態まで戻ってきているかどうか。前回、初優勝を果たした坂井隆一郎(大阪ガス)は、故障の影響もあり、今季はスロースタートだったが、木南記念優勝でシーズンイン、セイコーゴールデングランプリは決勝こそケイレンにより不発に終わったが、予選で10秒10をマーク。着実に状態を上げてきている。ワールドランキングで資格獲得を狙うには少し距離がある状態。日本選手権では標準記録突破&2連覇を狙っていくだろう。一方、ワールドランキングで、多田を逆転できる位置にいる東田旺洋(関彰商事)は、代表入りが十分に見えるところにいる選手。昨年は自己記録を10秒10まで更新している。ここ一番となるレースで波が出る傾向があるだけに、日本選手権ではきっちりと上位に食い込みたい。大エースとして長く日本を牽引してきた桐生祥秀(日本生命)は、多田と同様に屋内シーズンでは上々の成果を上げていたが、屋外シーズンに入ってからは、体調不良に苦しみ、エンジンを上げきれない状態が続いていた。しかし、6月の布勢スプリントでは追い風参考ながら10秒19(+2.8)をマーク。ここからもう一段階上げることができているかどうか。ワールドランキングでの出場を目指すのであれば、タイムも求められるし、ランキング上位にいる東田・多田に先着することも必須となる。

このほかでは、東洋大4年の2022年に10秒10で走り、今季は10秒13で走っている和田遼(ミキハウス)、出雲陸上を制して世界リレー代表に選出、6月には10秒16まで自己記録を更新している山本匠真(広島大)、世界リレー決勝でアンカーを務めて好走した三輪颯太(慶應義塾大)といったフレッシュな顔ぶれが、どんな位置でフィニッシュライン飛び込んでくるかも興味深い。また、前回の東京五輪100m代表で、現在はアメリカを拠点としている小池祐貴(住友電工)は4月に10秒11(+1.3)、6月上旬にも10秒15(+1.1)をマーク。昨年に続き今年も100mに絞ってのエントリーだが、日本人3番目の9秒台スプリンター(9秒98、2019年)で、日本選手権では200mも含めて上位に名前を残してきているだけに、その勝負強さは侮れない。さらに、東京五輪の選考競技会であった105回大会で100m・200m2位の成績を残したデーデー・ブルーノ(セイコー)も、3年ぶりに自己記録を更新(10秒18)して上昇機運に転じた。これに布勢スプリントで山本、坂井、デーデー、和田、桐生らを制し、追い風参考(+2.8)ながら10秒06で勝利した鈴木涼太(スズキ)も調子を上げており、上位候補を数えるには、あっという間に両指では足りなくなってしまう。決勝進出を巡って準決勝の段階から、ヒリヒリするような先着争いを見ることになりそうだ。

◎男子200m

[日本記録:20秒03(2003)/五輪参加標準記録:20秒16]

【フォート・キシモト】

前回は、高校時代から大器の呼び声高かった鵜澤飛羽(筑波大)が初優勝。鵜澤は、その後、バンコクアジア選手権を20秒23の自己新で制し、ブダペスト世界選手権も準決勝進出と、足場を国際舞台に広げる1年となった。今年も静岡国際で向かい風(0.4m)のなか20秒26のセカンドベストをマーク、セイコーゴールデングランプリも制して、国内無敗・日本リスト1位で大会を迎えようとしている。安定して20秒2~3台が見込める力はついている印象で、今年も優勝に一番近い存在といえそうだ。パリ五輪に向けては、ターゲットナンバー48のこの種目において、参加標準記録未突破者のなかで最上位となる27番目に位置しており、ほぼ確実といえる状況にあるが、五輪本番で戦うことを考えるのなら、20秒16の参加標準記録を突破しての即時内定で、パリ行きを決めたい。

今季、20秒46で鵜澤に続いているのが、飯塚翔太(ミズノ)。日本選手権で4回の優勝実績を持ち、4×100mリレーで銀メダリストとなった2016年リオ五輪を含めて、200mやリレー種目でエースとして活躍してきた選手。今大会出場選手中、唯一、参加標準記録を上回る20秒11(日本歴代3位、2016年)の自己記録を持つ。昨年は世界選手権の予選でサードベストの20秒27をマークして、準決勝に進出した。今季も春先から20秒4台をマーク、100mでは世界リレー代表選考レースとして行われた出雲陸上で優勝するなど、安定して高いレベルを維持できている。33歳になって迎える日本選手権で5つめの“金のライオン”(日本選手権優勝者にはライオンの顔をデザインしたメダルが贈られる)を手にすることができれば、現在40番目(日本人3番手)に位置するワールドランキングでの出場はより確実となり、4大会連続の五輪出場に前進する。

2022年の優勝者で、現在ワールドランキングで飯塚の1つ上となる39番目に位置する上山紘輝(住友電工)は、今季ベストこそまだ20秒73にとどまっているが、確実に上位を争う1人となってくる選手。初の代表入りを果たしたオレゴン世界選手権の予選で20秒26の自己記録をマークし、準決勝に進出。昨年はアジア選手権3位、ブダペスト世界選手権出場、アジア大会優勝と国際舞台で活躍した。今年は世界リレー4×100mリレーで3走を務め、日本の五輪出場権獲得に貢献している。シーズンベストを引き上げるともに、着実に上位でフィニッシュすることが求められる大会となる。

前回2位となったことで杭州アジア大会代表に選ばれ、200m8位、4×100mリレー銀メダル獲得の結果に結びつけた宇野勝翔(オリコ)は、その勢いを社会人1年目の今大会に繋げたい。5月の静岡国際では、向かい風(0.4m)のなか自己記録に並ぶ20秒49をマークしており、視界は良好だ。
パリ五輪出場がかかった世界リレーで、そのスピードを期待されて4×400mリレー予選の2走に起用され、出場枠獲得を決める1着通過に尽力した西裕大(MINT TOKYO)は、昨年のワールドユニバーシティゲームズ200mの銀メダリスト。20秒43の自己記録を持つ。「陸上競技は大学まで」を撤回委して臨むこととなった社会人1年目シーズン、今大会は200mと400mの2種目にエントリー。2種目に挑むのか、どちらかに絞るのかによっては、両種目で上位戦線が変わってくる可能性もある。
2021年東京五輪4×400mリレー代表の鈴木碧斗(住友電工)は、ケガに泣く場面が続いていたが、今季は戦線に復帰し、20秒74まで戻ってきた。東京五輪や2019年ドーハ世界選手権200m出場のほか、U20世界選手権やユニバーシアード(現ワールドユニバーシティゲームズ)でメダル獲得実績を持つ山下潤(ANA)も今季は20秒69とまずまずの滑りだし。2019年にマークして20秒40の自己記録に迫れるようだと、決勝での順位も変わってくるはずだ。

◎男子400m

[日本記録:44秒77(2023)/五輪参加標準記録:45秒00]

【フォート・キシモト】

男子400mは、昨年、大きく歴史が動く1年となった。佐藤拳太郎(富士通)が、1991年から据え置かれていた日本記録(髙野進、44秒78)を32年ぶりに更新する44秒77を、ブダペスト世界選手権でマークしたのだ。この大会では、日本代表3人が揃って準決勝に進み、佐藤風雅(ミズノ)も44秒88と44秒台突入を果たしたほか、中島佑気ジョセフ(富士通)も45秒04を記録した。屋外大会で髙野以来となる400mでの世界大会ファイナル進出を目指せる状況が整いつつある。

今年も、この「W(ダブル)佐藤&と中島」がロングスプリントを牽引することになりそうだが、佐藤拳の地力は、さらに上がってきている印象がある。目標に掲げる「パリ五輪メダル獲得」を実現させるべく、出場枠を取りに行った世界リレーでは、男子4×400mリレーのみならず、混合4×400mリレー(2日目のみ)にも出走。エースらしい走りを披露した。帰国後の出場となったセイコーゴールデングランプリでは、危なげのないレースを展開し、国内での自己最高となる45秒21で圧勝している。すでに参加標準記録は3回クリア済み、日本選手権で勝てば、その場で代表に内定する。意外にも佐藤拳は、日本選手権の最高順位は2位(2015、2017、2021年)。パリ五輪即時内定は、初優勝も意味することになる。

参加標準記録突破済みの佐藤風は、勝てば2022年大会に次ぐ2回目のタイトル。五輪を考えれば、表彰台に上がることは必須条件だ。前回初優勝を果たした中島は、今年は社会人になって最初の日本選手権となる。44秒台突入はW佐藤に先を越されてしまったが、ここまで着実に力をつけてきた選手で、45秒を切る力はすでに十分に備えている。ワールドランキングでもターゲットナンバー内(41/48番目)に位置しているが、参加標準記録を突破しての連覇を期して臨んでくるはずだ。

このトップ3に加えて今季調子を上げているのが、2021年の優勝者で、同年東京五輪4×400mリレーを走り、2022年オレゴン世界選手権では400m出場、4×400mリレー4位入賞を果たしている川端魁人(中京大クラブ)。故障の影響もあって昨年は苦しんだが、今年は世界リレーで好走、日本の五輪出場権獲得に貢献している。フラットレースでも自己3番目の45秒77をマーク。2022年に出した自己記録(45秒73)を更新して上位に食い込みたい。2022年オレゴン世界選手権混合4×400mリレー代表で、昨年45秒19の自己記録をマークしている岩崎立来(三重県スポ協)も、万全であれば上位候補。しかし、今季はレースに出場していない点が気にかかる。

このほかでは、世界リレー代表となった今泉堅貴(Team SSP)、吉津拓歩(ジーケーライン)あたりか。同じく世界リレー代表の西裕大(MINT TOKYO)は、400mの自己記録は47秒19だが、今年は300mを32秒52で走っている。200mに絞る可能性もあるが、400mを狙ってきた場合、45秒台半ばを切ってくる力は持っていそうだ。

◎男子800m

[日本記録:1分45秒75(2014,2021)/五輪参加標準記録:1分44秒70]

【フォート・キシモト】

パリ五輪の参加標準記録は、日本記録(1分45秒75)を大きく上回る1分44秒70。ワールドランキング「Road to Paris」においても日本選手の名前は不在と、パリ五輪に向けては厳しい状態にある男子800mだが、今大会は若い顔ぶれが起爆剤となって、全体の水準を引き上げる可能性がある。
2024年日本リストトップに立つのは、アメリカ・ペンシルバニア州立大所属の石井優吉(Penn State)。5月に日本歴代7位タイとなる1分46秒22をマークし、全米学生選手権への出場を果たした。千葉・八千代松陰高2年の2019年インターハイ800mで6位に入賞、翌2020年はコロナ禍の影響でインターハイ中止に泣いたが、全国高校大会では優勝を果たしている。ペンシルバニア州立大進学後は、2022年に1分48秒台に突入、昨年1月には1000mで2分21秒99の室内日本新記録をマークするなど、着実に力をつけてきた。初出場となる日本選手権でどんな走りを見せてくれるか。

一方、今春の日本グランプリシリーズで話題をさらったのは、高校3年生の落合晃(滋賀学園高)だ。昨年のインターハイで高校歴代3位の1分47秒92をマークして2年生優勝を果たしているが、5月3日の静岡国際では、並みいるシニア選手を突き放して1分46秒54で優勝。クレイアーロン竜波(当時相洋高校、ダイヤモンドアスリート修了生)が2019年日本選手権を制した際に樹立したU20日本記録・高校記録(1分46秒59)を塗り替えた。落合は今季、日本記録の更新とともに「可能性は0.0何%かもしれないけれど」とオリンピック出場に挑戦することを明言しており、クレイに続く高校生Vと日本記録を狙ってのレースを目指している。

石井・落合に次いで1分47秒45、と1分47秒57で今季日本リスト3・4位を占める前田陽向(環太平洋大、前回2位)と北村魁士(山梨学院大)は、ともに2003年生まれでまだ20歳。静岡国際で自己新となるこれらの記録をマークして勢いに乗る。当然、上位と自己記録更新を狙っていくはずだ。

しかし、そう簡単に王座を譲ってなるものかと年長の選手たちも臨んでくるだろう。2014年に日本記録を樹立した川元奨(スズキ)は、日本選手権でその前年の2013年から2018年まで6連覇。その後は若手に押され気味であったが、前回大会では5年ぶりに王座を奪還している。川元に並ぶ日本記録を2021年にマークしている源裕貴(NTN)は、その後は故障の影響で上位からは遠ざかっているが、今季は2022年以降で最も良い1分48秒31まで記録を戻してきている。1分46秒台の自己記録を持つ松本純弥(株式会社FAJ、1分46秒52)と薄田健太郎(DeNA、1分46秒97)、さらには優勝実績を持つ瀬戸口大地(Team SSP、2020年優勝)、金子魅玖人(ARCYELL、2022年優勝)らがベストの状態で臨めるようだと、レベルの高い鍔迫り合いを見ることができそうだ。

◎男子1500m

[日本記録:3分35秒42(2021)/五輪参加標準記録:3分33秒50]

【フォート・キシモト、アフロスポーツ】

パリ五輪出場という点では、800m同様に厳しい状況にある男子1500mだが、今年は記録・勝負ともに見応えのある激戦を期待できそうだ。優勝候補の筆頭に立つのは飯澤千翔(住友電工)。前々回(2022年)の優勝者で、同年には3分36秒55(当時日本歴代2位)の好記録もマークしている。昨シーズンは故障に泣く1年となったが、今季は鮮やかに復活。5月の木南記念を日本記録(3分35秒42)に0秒35まで迫る3分35秒77で制して、自身の記録(日本歴代2位)を更新すると、6月の記録会では3分35秒62と、さらに自己記録を塗り替えている。

飯澤にストップをかける1番手を挙げるとしたら、東海大の先輩で、日本選手権では3回の優勝実績を持つ館澤亨次(DeNA)か。今季は2月の段階から海外を積極的に転戦し、2月末にオーストラリアで3分37秒13の自己新をマーク。6月上旬にはアメリカで日本歴代5位に浮上する3分36秒68までタイムを引き上げている。

ここに今季、3分38秒53まで記録を伸ばしてきた才記壮人(富士山の銘水)、セカンドベストの3分38秒75で走っている森田佳祐(SUBARU)のほか、日本記録保持者の河村一輝(トーエネック、3分35秒42、2021年)、前日本記録保持者の荒井七海(Honda、3分36秒63、2022年)と強者が顔を揃える状態で、1日1本で予選・決勝とラウンドが進む日程が組まれている。単なる順位争いに終わらせず、記録も狙って激しく競り合うなかで、ぜひ、複数が日本新記録でフィニッシュしていくような高速レースを日本選手権で見せてほしい。

◎男子5000m

[日本記録:13分08秒40(2015)/五輪参加標準記録:13分05秒00]

【フォート・キシモト】

パリ五輪参加標準記録は、日本記録(13秒08秒40)を上回る13分05秒00。しかし、ターゲットナンバー42に対して、この記録をクリアしている競技者が34人に達している状態。10000mほどではないものの、5000mもワールドランキングでの出場は“狭き門”となっている種目だ。残念ながら、現段階では、日本選手は56(塩尻和也、富士通)、58(遠藤日向、住友電工)、60(佐藤圭汰、駒澤大、ダイヤモンドアスリート)と上位3選手も圏外。この種目の決勝は、6月28日の20時スタートと、気象条件に配慮して設定されたとみるが、6月末という会期でのジャンプインを狙うとしたら、好条件に恵まれる運も必要だ。

一方で、勝負という点では、豪華な顔ぶれが揃った。日本選手権参加標準記録の13分36秒00を突破していても、ターゲットナンバーの上限30名から外れた選手は28名。13分29秒88が出場のボーダーとなっている。また、エントリーリストを見ればわかるように、5000mを主戦場とする者だけでなく、10000mで実績を残している選手もいれば、昨年秋に行われたマラソングランドチャンピオンシップに出場、あるいはマラソンで日本代表を背負った選手もいる。誰が、どんな持ち味を発揮してレースを動かしていくのか、非常に興味深い。

エントリーリストの記録だけで判断するなら、1月末の室内大会で13秒09秒45の室内日本記録を樹立している佐藤が優勝候補の最右翼となるが、3月中旬に10000m(27分34秒66)を走って以降は、予定していたレースを欠場。この日本選手権が国内初戦となる。戦える状況にもっていけるか否かで上位戦線は変わってきそうだ。日本選手権の前哨戦といえる顔ぶれが揃ったセイコーゴールデングランプリでは、2022年オレゴン、2023年ブダペストと2大会連続で世界選手権に出場し、昨年はアジア選手権も勝っている遠藤が13分20秒28で日本人トップの4位でフィニッシュ。前回は、塩尻に3連覇を阻まれ、また、シーズンを終えてすぐに足の手術を行うなどの中断もあったが、無事に戦線復帰。タイトル奪還と五輪出場を懸けて勝負に挑む。

セイコーゴールデングランプリで遠藤に続いた森凪也(Honda、5位・13分23秒08)、塩尻(6位・13分23秒63)、太田智樹(トヨタ自動車、7位・13分23秒81)、鈴木芽吹(トヨタ自動車、8位・13分24秒55)あたりも、上位争いを繰り広げる顔となるだろう。前回覇者で、昨年の日本選手権10000mでは27分09秒80の日本記録を樹立している塩尻は、その10000mでの出場が叶わなかっただけに、この種目でのスマッシュヒットを狙っているはず。ラストスパートに強みを持つ遠藤を押さえ込むためには、得意のロングスパートをどう仕掛けていくかも見どころになるだろう。

このほか、10000mでは昨年、今年と日本選手権で安定してレベルの高い走りを見せている太田は、昨年7月に出した自己記録(13分20秒11)を上回る力はついているとみる。遠藤・塩尻の状態次第では、優勝争いをもつれさせる存在になるかもしれない。また、佐藤のほか、織田記念をセカンドベストの13分24秒06で制している吉居駿恭(中央大)など、学生のエントリーが多いことも目を引く。次代のエースとして誰が台頭してくるかにも注目したい。

◎男子110mハードル

[日本記録:13秒04(2023,2023)/五輪参加標準記録:13秒27]

【フォート・キシモト、アフロスポーツ】

輪標準記録突破者が、昨年の段階ですでに3人。さらにワールドランキングで、本来ならターゲットナンバー(40)内での出場が確実な位置にいる選手が1人。記録的な水準を見ても、男子110mハードルは、代表争いが最も熾烈な種目と言ってよいだろう。

日本記録保持者(13秒04)の1人で、昨年のブダペスト世界選手権で5位入賞を果たした泉谷駿介(住友電工)は、今季初戦のダイヤモンドリーグ厦門大会で参加標準記録を上回る13秒17(-0.3)をマークして、トラック種目における五輪内定第1号となった。日本選手権は、順天堂大4年の2021年から3連覇中だが、五輪本番に向けたスケジュールを組んでいく戦略を採り、今大会には出場しない。しかし、新潟では、残り2枚となったプラチナチケットを巡って、世界レベルの戦いが繰り広げられることになるだろう。クリアランス1台のミスが明暗を分ける可能性もあるのが、ハードル種目の醍醐味でもある。

優勝候補の筆頭は、泉谷とともに13秒04の日本記録を持つ村竹ラシッド(JAL)だ。日本代表入りは、2022年オレゴン世界選手権が最初だが、ポテンシャルの高さは、その前から知られた存在だった。東京五輪代表の選考がかかった2021年日本選手権では、予選で参加標準記録を突破していたなか、決勝は不正スタートによる失格で走れずに終わる悔しさも味わっている。昨年は、国際大会でのさらなる活躍が期待されていたが、春先のケガにより日本選手権出場を断念、日本代表としての各大会出場を諦めることになった。しかし、ここで無理せず完治させたことで、夏にはパワーアップして復活。13秒1台を連発したのちに、秋には13秒04の日本タイ記録樹立へと繋げた。社会人1年目の今季は、4月末の織田記念からスタートして悪天候のなか13秒29(-0.6)で制すると、2戦目のセイコーゴールデングランプリも13秒22(-0.6)と、参加標準記録を軽く上回って快勝している。とはいえ、まだエンジンはかかりきっていないという印象で、日本選手権には、もう一段階引き上げた状態で挑んでくるだろう。即時内定となれば、日本選手権初タイトルも手にすることになる。大会記録は、泉谷が前回マークした13秒04。条件に恵まれれば、自己新記録(=日本新記録)、さらには日本人初の12秒台を目にすることができるかもしれない。

今季の状況ではアクシデントがない限り、村竹の優位は動かないと思われるが、そうなってくると3枠目の代表切符の争奪線は、一段と厳しいものになってくる。2位以内でのフィニッシュが最低条件。さらに、ターゲットナンバー内に入ることが難しい選手は、参加標準記録を突破することも求められるからだ。参加標準記録突破済みの野本周成(愛媛競技力本部)は、2位以内で代表入りは確実となるが、冬場に故障があった影響で出遅れている。木南記念の13秒62から、どこまで調子を上げられるか。参加標準記録は突破できていないが、ワールドランキングで未突破者の最上位にいる高山峻野(ゼンリン)は、泉谷が台頭する前の段階で日本のトッパー水準を大きく引き上げてきた“歴戦の強者”と言うべき存在。自己記録は13秒10(2022年、日本歴代3位)。昨年は、アジア選手権とアジア大会でともに優勝している。今季のシーズンベストは13秒49に留まっているが、持ち味である集中力と勝負強さを決勝で発揮させたい。

今年に入って目覚ましい躍進ぶりを見せているのは、泉谷・村竹の後輩にあたる阿部竜希(順天堂大)。昨年までの自己記録は13秒64だったが、織田記念で13秒5台に突入すると、布勢スプリントでは予選で13秒44(+0.7)、決勝では13秒35(+1.4)まで更新し、参加標準記録に0.08秒まで迫っている。191cmの長身を武器に、加速に乗ってからの後半で強さを見せるタイプ。13秒35は序盤でハードルに何度か接触するミスがあったなかでのタイム。昨年冬から掲げている「参加標準記録を突破しての代表入り」を実現させる可能性は十分にある。また、4月に13秒43の自己新をマークしている町亮汰(サトウ食品新潟アルビレックスRC)は、今季が社会人1年目。2月の日本選手権室内(60mハードル)を制して屋外より先にタイトルを手にしたほか、木南記念では13秒45のセカンドベストで日本グランプリシリーズ初優勝を果たしている。所属先の拠点でもあるビッグスワンスタジアムを沸かせる走りを見せられるか。

世界選手権出場経験を持つ石川周平(富士通)と横地大雅(Team SSP)も上位を狙う。横地は、ワールドランキングではずっとターゲットナンバー内に位置していたが、ヨーロッパ選手権の結果により圏外となってしまった。ともに順位とタイムが求められる戦いとなる。
もう1人、大注目といえる存在が豊田兼(慶應義塾大)。48秒36の自己記録を持つ400mハードルとの2種目での代表入りを狙っている。ロングスプリント系に強い印象があるが、110mハードルでも13秒29の自己記録を持ち、昨年のワールドユニバーシティゲームズでは金メダルを獲得している。会期前半で行われる400mハードルで即時内定を決め、その勢いで2つめの代表権獲得に挑む。“台風の目”となるかもしれない。

◎男子400mハードル

[日本記録:47秒89(2001)/五輪参加標準記録:48秒70]

【フォート・キシモト、アフロスポーツ】

男子400mハードルも激戦区。48秒70の参加標準記録を、すでに豊田兼(慶應義塾大)、黒川和樹(住友電工)、筒江海斗(ST-WAKO)の3人が突破済み。さらにターゲットナンバー40の圏内に、現段階で児玉悠作(ノジマT&FC)と出口晴翔(ゼンリン、ダイヤモンドアスリート修了生)の2選手が位置している。

今季絶好調で、優勝候補の一番手といえるのは豊田だろう。昨年10月の段階で、48秒47の自己新をマークして参加標準記録は突破済みだったが、5月のセイコーゴールデングランプリでは、日本歴代5位となる48秒36を叩きだして快勝した。110mハードルでも13秒29の自己記録を有し、昨年のワールドユニバーシティゲームズで金メダルを獲得した実績を持つが、今季400mで45秒57と、フラットレースでも戦える走力に高まったことが、いっそう強さを裏打ちすることになった。トップでフィニッシュすれば、初優勝とともに父の祖国で行われる五輪代表切符を手に入れることになる。

しかし、この水準まで来たのなら、日本人では2人のみ、しかも過去に2回しか出ていない47秒台の走りを見たい。実現すれば、日本選手権では初めて、国内では2006年5月以来の快挙となる。現時点で48秒を切っている選手は世界で7人。昨年、最初の参加標準記録突破を果たしたビッグスワンで、この快走を見られるようだと、五輪本番での決勝進出も、より現実味を帯びてくる。

東京五輪で日本代表入りを果たして以降、世界選手権では2022年オレゴン、2023年ブダペストと2大会連続で準決勝まで駒を進めるなど、日本のエースとして活躍してきた黒川は、今季は正念場ともいえる状況を迎えている。昨年、ブダペスト世界選手権準決勝で48秒58の自己新をマークするともに、参加標準記録もクリアしていたが、シーズン最後に出場した国体110mハードルで転倒して骨折。その復調に時間がかかっている状態だ。今季は、静岡国際とセイコーゴールデングランプリに出場したが、51秒36、52秒09にとどまっている。ぴたりとハマったときの爆発力には定評のある選手。どこまで調子を戻すことができるか。

昨年からの躍進を、今季さらに加速させている感があるのは筒江海斗(ST-WAKO)だ。昨シーズンは、初の日本代表に選出されてアジア選手権に出場。秋にはYogibo Athletics Challenge Cupで48秒台(48秒77)突入を果たした。今季は、静岡国際、木南記念とグランプリ2連勝。木南記念で48秒58をマークして、3人目の標準記録突破者となった。まだ課題を感じているという序盤を、うまく走ることが鍵となってきそうだ。

ワールドランキングでターゲットナンバー内に位置しているのは児玉と出口。児玉はまだ今季49秒20にとどまっているが、昨年48秒77と参加標準記録に肉薄している選手。逆に、出口は初戦を自己新でスタートさせると、2戦目の静岡国際で48秒台に突入、続く木南記念で48秒83へと更新した。セイコーゴールデングランプリでは、豊田に食らいつき、3回目となる48秒91で2位と、猛烈なチャージを見せている。この種目ではすでに34選手が参加標準記録を突破しており、各国の今後の結果によっては、圏外へ押し出される可能性もあることを考えると、児玉・出口ともに、日本選手権では参加標準記録のクリアを狙いながらの戦いになるかもしれない。

自己記録は48秒91にとどまるが、チャンピオンシップがかかったレースでピカイチの勝負強さを見せるのは前回覇者の小川大輝(東洋大)だ。昨年の関東インカレ優勝、そして日本選手権でも並みいるランキング上位者を抑えて優勝、秋の日本インカレでも豊田と大接戦を演じて同記録優勝を果たしている。ワールドランキングは圏外にいるが児玉・出口に続く位置にいる。今年5月の関東インカレで初の48秒台(48秒91)をマークした井之上駿太(法政大)とともに、標準記録を見据えながら勝負に挑んでいきたい。

◎男子3000m障害物

[日本記録:8分09秒91(2023)/五輪参加標準記録:8分15秒00]

【フォート・キシモト】

ブダペスト世界選手権で6位に入賞した日本記録保持者(8分09秒91)の三浦龍司(SUBARU)は、5月中旬のダイヤモンドリーグドーハ大会で参加標準記録を突破したことで、日本選手権を待たずにパリ五輪の代表に内定。日本選手権は3連覇中だが、100mのサニブラウンアブデルハキーム(東レ)、110mハードルの泉谷駿介(住友電工)同様に、大会への出場をスキップしている。

これにより、優勝候補の最右翼には、青木涼真(Honda)が立つことになった。東京オリンピックに出場した2021年以降、日本代表の常連として活躍してきた選手。世界選手権には2022年オレゴン、2023年ブダペスト大会と2大会連続で出場し、昨年のブダペスト大会では決勝進出も果たしている(14位)。また、昨年はアジア選手権で金メダル、アジア大会で銀メダルを獲得。この戦績が効いてワールドランキングではターゲットナンバー(36)内の26番手に位置。出場権獲得を、ほぼ確実な水準に持ち込み、じっくり強化に取り組めている。現在は、アメリカを拠点として活動しており、今季は国内には戻らず、レースもすべてアメリカで出場。3000m障害物には5月に2週連続でレースに臨み、8分35秒16・8分33秒47をマークしている。日本選手権では、確実な“パリ行き”を初優勝で手に入れたい。

前回、三浦に続いて2位の成績を収めた砂田晟弥(プレス工業)は、昨年は、三浦・青木とともにブダペスト世界選手権に出場したほか、アジア選手権とアジア大会ともに3位と、日本代表への足がかりを築く1年となった。現段階では、ワールドランキングはターゲットナンバー外の42番目。36番目とは11ポイント差ということで、日本選手権では確実なラインに浮上できるようなタイムも狙っていく必要がある。ただし、今季は、織田記念でマークした8分36秒86がシーズンベスト。5月のヨーロッパでの2戦でタイムが上げられていない点が気にかかる。

勢いを感じさせるのは、今春、社会人となった小原響(GMOインターネットGrp)。アメリカを拠点に取り組んでいるが、5月中旬に8分25秒92の自己新をマークすると、その2週間後には8分25秒07へと更新した。ワールドランキングでは日本人6番手(三浦を除くと5番手)にいるが、日本選手権の結果次第では、大きく順位を上げて圏内に到達する可能性もある。国内では、新家裕太郎(愛三工業)の躍進が目を引いた。兵庫リレーカーニバルを自己新で制すると、織田記念には自身初の8分30秒切りとなる8分28秒54で優勝。やはり日本選手権での記録が求められる状況となりそうだ。
 2022年日本選手権で、8分25秒70の自己記録を出している楠康成(阿見AC)は、5月にセカンドベストの8分27秒37をマークと調子を上げてきているだけに、自己記録に迫る走りで上位争いに食い込んでいきたい。

このほかでは、佐久長聖高所属の昨年、8分32秒12でインターハイを制し、三浦龍司(当時、洛南高)が持っていた高校記録(8分39秒37、2019年)を更新、高校生ながらU20歴代3位に名を連ねることになった永原颯磨(順天堂大、ダイヤモンドアスリート)が、どんなレースを見せるかにも注目したい。今季は、初戦の兵庫リレーカーニバルでの8分37秒36がシーズンベストだが、これはU20世界リストでは3位となるタイム。独走が可能だった昨年までとは異なり、駆け引きや競り合いが求められるシニアでのレース経験は、8月末にペルーで行われるリマU20世界選手権で必ず生きてくるはずだ。

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