迷いなし。晴れた心で決め切る一本。京都ハンナリーズ #11前田悟

京都ハンナリーズ
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【©京都ハンナリーズ】

どんな状況でも自分のできることをやる

「サトルマエタが京都に来る」。
昨年5月、京都ハンナリーズを愛する者なら誰もが胸を躍らせるビッグニュースが舞い込んだ。
その男は高校在学時からアンダーカテゴリーの代表選手として活躍。富山グラウジーズでプロキャリアをスタートさせると、綺麗なフォームから打ち放たれる高確率の3ポイントシュートを武器に新人賞を受賞。日本バスケットボール界に大きなインパクトを残す活躍を見せた。その後は強豪・川崎ブレイブサンダースで2年間プレーし、更なる成長を求めて今シーズンから京都ハンナリーズに加入。
強豪クラブを離れ、西地区の下位に停滞するクラブに移籍を決めることは容易な決断ではなく、強い覚悟を持って移籍を決めた。
「『よし、やってやろう』という気持ちでここに来た。今までのチームでは、ほぼ最年少の立場だったし、今この年齢でチームの最年長になることはそう経験できることじゃない。『立場が人を変える』じゃないですけど、自分自身が成長していくためにこの経験はプラスになると思った」。
輝かしいキャリアと向上心を持って決めた移籍。その心意気に、ただただ周囲の期待は高まった。

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しかし、そんな期待とは裏腹に怪我が前田を襲う。古傷の左足関節前方インピンジメント症候群を再発症し、手術を実施。まだ開幕から12試合を終えた序盤の出来事だった。
「移籍してくる前にオペをしたのにまだ痛くて。『治ったはずなのに』と先行きが見えなくてメンタルにきた。痛みの原因がわからないことから始まって、痛みを我慢しながらプレーしてしまった」。
こんなはずではなかった。期待しているブースター、前田を応援するすべての人、そしてその期待を受け止める本人にとっても辛いニュースに暗雲が立ち込める。チームの状況も低調し、リーグの中でも年齢層の低いチームにとって、日本人最年長である27歳の前田の欠場は大きな痛手となった。

しかし、ここから前田の気持ちは少しずつ上向きになっていく。
「トレーナーに相談して、しっかりともう一度診断してもらって痛みの原因がわかってからはすごくポジティブになれた。ベンチで試合を観ることで感じることもあったし、これまでの自分の経験も生かしながら、チームに今できることを還元していこうと思った。実際に得ることは沢山あった。試合で起きていることや状況を理解して、それに対して対処していけるように、冷静に見ながらアドバイスをしたり、チームで起きている問題を自分なりに解釈していくこともできた。若い選手が多い分、余裕はあまりないので、そういう部分からチームに貢献したかった。そして自分がコートに立った時に何ができるのかを考えながら見ていた。バスケットIQを高めていくための大きな機会になったし、上手くいってなくても立ち振る舞いに気を付けようと思ったり、プラスになることは本当に多かったので、自分にとって必要な時間だったと思う」。
前田はベンチからチームメイトに声を掛け続ける。勝ち切るチームにいたからこそ、簡単に負けたくなかった。ユニフォームを着れなくても、試合に出れなくてもやれることはある。だからこそ、辛いリハビリも苦に感じなかった。
「自分がコートに立てば、何かを変えられるかもしれない」。その気持ちを胸にコートの外で戦い続けた。

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怪我からの復帰

戦列を離れてから約3ヶ月。2月7日(水)の大阪エヴェッサとのアウェイゲーム。
第3Qの残り4:57。45-47とリードチェンジを繰り広げる緊迫した場面。
そこで、ついに前田の名前が呼ばれる。 アウェーの地に駆けつけた多くのブースターの拍手が鳴り響いた。みんながこの日を待っていた。前田がコート内を走っている。激しいディフェンスで相手のオフェンスを防ぎ、雄叫びを挙げる。そして、待ち望んだ復帰1本目の3ポイントシュートが放たれると、ボールはそのまま吸い込まれるようにリングの中に沈んでいった。
その瞬間の歓声はホームの大阪に負けないほどの迫力と温かさで、手を叩きながら涙を浮かべるファンもいた。大接戦の末に試合は敗れたものの、前田の復帰がチームにポジティブな風を吹かせた。
「早くチームに戻りたくて、もどかしい時間が長かった。テイクフィジカルコンディショニングの皆様、オペしてくれたドクター、チームのトレーナー陣、ワークアウトに付き合ってくれたコーチ陣、チームメイト、応援してくださっている皆様、多くの人のお陰で戻ってこれた。本当に感謝している。久しぶりにコートに立つことができてすごく嬉しかった。これから練習を積んでもっと良いパフォーマンスを出していきたい。ただ、焦らずに。自分のやるべきことをしっかりやる。シュートを決めた時は久しぶりの感覚ですごく気持ちよかったし、『やっと戻って来れた』と思った」。ホッとした安堵の表情を浮かべながら、嚙みしめるように感謝の気持ちを言葉にした。

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ロイ・ラナHCの存在で心境に変化

復帰後、徐々にプレータイムを伸ばしていく前田。大阪戦の翌週に行われた2月11日(日)の名古屋D戦から現在まですべての試合でスターティング5として出場している。長期離脱の影響でチームとの連携が足りず、フィットしない場面も多く見られた。復帰したとはいえ、すべてが簡単にうまくいくわけではない。頭を抱える日々が続いた。
「長く離れていた分、チームに貢献したい」。その気持ちがプレッシャーになっていた。勝てない状況が続くと、視野が狭まることもある。シュートが決まらないと積極性を失うことだってある。それでも前を向き続けるためにどうすればいいか。もがく日々が続いた。
そんな前田の悩みの種を取り除いたのはロイ・ラナHCやかつて共にプレーした頼れる先輩の姿だった。
「『岡田(侑大)、前田が京都に来る』から始まって、ブースターの皆様も期待されたと思うし、自分を獲得してくれた首脳陣も期待していたと思う。それで自分にプレッシャーをかけてしまった。怪我のこともあったし。活躍できていないことに葛藤があった。でも、それをロイHCが取り除いてくれた。試合に使い続けてくれるし、ポジティブな言葉をずっとかけてくれる。『こういう選手になってもらいたい』と明確化して言葉で伝えてくれる。川崎の頃は自分にプレッシャーをかけてプレーしていたけど、60試合もプレーしていけば、上手くいかない時もある。その時に自分に何ができるか。ただ座っているだけなのか。別のことで何か貢献できるか。シュートが入らなければ、別のことで貢献すればいい。そういうマインドでプレーできるようになったのは大きな成長。僕が頭を下げたらチームの士気も下がるし、不貞腐れても良いことはひとつもないし、そんなことは許されない。篠山竜青さん(川崎ブレイブサンダース・キャプテン)とか、今まで出会った先輩達の良い部分を思い出しながら、自分に何ができるのかを見つけることができた。今はもう良い意味でプレッシャーはない。前向きにプレーできている」。

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自分達の信じること

「しっかりとマインドセットをして試合に挑むことが大切。考えすぎない」。
前田はここから存在感を見せつける。3月3日(日)の仙台戦では要所で3本の3ポイントシュートを沈め、13得点で勝利に貢献。同月20日(水)の広島戦では今季最長の35分の出場でゲームを通してリーダーシップを発揮。翌週の27日(水)名古屋D戦は6本の3ポイントシュートを決め切り、キャリアハイの28得点に迫る24得点を記録するなど、徐々に本来の実力を発揮し始めた。
負けが先行し、自身の活躍を素直に喜べない現状もあるが、こんな所で心折れるわけにはいかない。「自分達の力を信じてやれることをやる」、「今は西地区の最下位かもしれないけど、もっと上に行けるチームだと自分達は信じている。それを証明するためにここから更に頑張っていきたい」、「当たり前のレベルを全員で上げる。アグレッシブにやっていくしかない。ディフェンス、リバウンド、声掛け、そういうことを上手くいかない状況でも辛抱強くやることで必ず良くなっていく」。
どんな負けがあっても、前田に取材をしていると【信じる】という言葉がよく返ってくる。本気で自分の可能性とチームメイトのことを信じているからだ。
「みんなしっかり練習する。若い分、個人練習の量もすごい。今は結果に出ていないけど1年後、2年後どうなっているかはわからない。目先の結果だけじゃなくて後のことを考えたら、ポテンシャルがある分、絶対に伸びると信じて自分達はバスケットボールをやっている」。決して疑わない。ひとつひとつ、やるべきことをやる。前田は前を向き続けた。

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ついに掴んだ復帰後初のホームゲームでの勝利

シーズンも残りわずかとなった4月。チームの連携は徐々に良くなりつつも小さな歯車が噛み合わず、最後の一手が決まらない。あとひとつの所で勝利を掴み切れない。
9連敗を喫する苦しい状況で迎えた4月10日(水)のホーム・長崎戦。
試合は前半を6点のビハインドで折り返し、3Q序盤には最大17点のリードを与えてしまう厳しい展開に陥るが、ここから前田がチームを救う。試合終盤、要所で2本の3ポイントシュートを決め切り、チームは流れを掴んで一気に逆転。82₋78で連敗をストップ。
試合終了の瞬間、自然と笑顔が溢れた。
「3Qに自分達の良くない部分が出て、大きく点差を開けられてしまった。それでも全員で勝利を掴むことができて本当に良かったし、純粋に嬉しい。その一言に尽きる。ゲーム中は色んな感情があった。シュートタッチは良かったけど、ボールに触れる機会が少なかったことへのフラストレーション。そしてディフェンスが崩れていることへのフラストレーション。でも、『必ずチャンスはある。そこで決めればいい』とベンチで座っている時に冷静になってマインドセットできたし、ポジティブに捉えていた。
マシュー(ライト)や龍史(青木)が3ポイントを決めてくれたことも大きかったし、試合を盛り返すきっかけになるシュートをチームメイトが決め切ってくれた。ディフェンスも強度が高くなって、全員のエナジーで息を吹き返した。後は自分が決めるだけ。そういう状況で『これが俺だ』というようなシュートを終盤に決めることができたし、大事な局面で決め切る自分が戻ってきたことが嬉しかった。自分を信頼してくれるチームメイトにも感謝しているし、自分も勝つために役割を果たしていきたい。本当に全員で掴んだ勝利だった」。

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ユニフォームを着て、コートに立ち、己のシュートで勝利を手繰り寄せる。前田が京都ハンナリーズ加入してから、自身が試合に出たホームゲームで勝利を挙げるのはこの日が初めてだった。大きな歓声に包まれ、前田の笑顔は更に輝きを増した。
「2本目のシュートを決めた時、皆さんの声がものすごく聴こえた。あの歓声は本当に凄かった。徐々に会場が盛り上がっていくあの雰囲気に興奮した。京都ハンナリーズに来て、ブースターの方々の熱量や声の大きさには本当に驚いたし、勝ちたいって強く思う。アウェーでもたくさん応援に来てくださるし、これだけ勝てていなくても毎回日本一の会場を作ってくださっている。感謝しかない。苦しい状況が続いている中でも、自分達はブースターの皆さんのためにも最後まで戦い抜くことを誓う」。声援を送ってくれたブースターへの感謝は自身が苦しんだ分、日々大きくなっていくばかりだ。

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あの頃よりも、今が全盛期

怪我から復帰し、苦悩しながらも成長を続け、試合で結果を残してきた前田を指揮官はどのように評価しているのか。チームを率いるロイ・ラナHCに話を伺った。
「怪我があって難しい日々を過ごしてきたことは理解している。ここまでの過程は容易ではなかったはずだ。ただ、戻って来てからは色々なことができる選手になってきている。重要なディフェンスができる選手でもあるし、何よりすごく頭の良い選手。その中でシュートも打てるし、パスも出せるし、アタックもできる。すべての面で選手として成長しているように感じる。このチームでプレーするとサインをした時からこのビジョンは見えていたし、多くのことをコンプリートにできる選手になってきている。でもまだチャンスを掴んでいる最中。ここからの成長に期待している」。常に前田にポジティブな声を掛け、自信を与えてきた指揮官の表情は明るかった。

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そしてチームの編成を担う渡邉拓馬GMにも話を伺った。
「本人も相当な覚悟を決めて京都に来たと思う。序盤から怪我で苦しんで、今まで経験したことのないスタイルや新しいHCに戸惑ったり、悩んだり、今までと違った感情になることも多かったはず。復帰してからも、今やってるディフェンスもどちらかと言うと苦手なディフェンスで難しかったと思うけど、今はそれにアジャストしてきてる。僕もシューターだったから気持ちはよくわかるけど、足の怪我の影響でバランスが崩れたり、自分の思うような理想的な感覚でシュートを打てていない状況もあったと思う。そういった彼を苦しめていた部分が今は良くなっている。ネガティブな方向に進んでもおかしくない状況だったけど、彼のキャリアを考えるとこの経験はすごく大切で、大きくなっていくために誰もが通るべき道。だから心配はしていない。今年も来年以降も、ここからは『前田悟』らしくプレーしていけると信じているし、彼にはここから色んなチャンスが巡ってくる。そのチャンスを掴むためにも小さなひとつひとつの判断を間違えずに日々を過ごしてほしい」。渡邉GMも日本を代表するシューターとして活躍した経歴を持つ。自身が通ってきた道だからこそ前田が抱える苦悩をよく理解して静かに見守ってきた。

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前田は京都でも順調に上へと登っている。あえて本人に質問をぶつけてみた。爆発的な得点力を見せ、輝かしい成績を残したあの頃と今。どちらが全盛期なのか。
前田は迷うことなく答えた。
「間違いなく今の方がマインドセットがしっかりできてるし、気持ちの持ちようが昔とまるで違う。昔は何も考えずにシュートを打っていた。今はより成熟していくための途中。『あんなにシュートを打てていたのに、あんなにシュートを決めていたのに』と考える瞬間は確かにあった。でも今は大丈夫。今の方が絶対に良いと言い切れる。『この気持ちでシーズンの最初から最後までの60試合を戦えば、また違った結果になる』と思うくらいに自信を持つことができるようになった。間違いなく成長できている」。前田の全盛期は富山で新人賞を獲得した時でもない。そして川崎という強豪で輝いた時でもない。すべてのことでレベルアップした今こそが紛れもない全盛期だ。

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日本代表へ

取材の最後に前田にこれからどんな選手になりたいかを聞いた。
「日本一のシューターになりたい。シューターとしてのプライドは自分も持っている。そこは大前提として、それ以外のこともできる選手になりたい。リバウンド、ディフェンス、ドライブ。オールラウンドにプレーできる選手になることが自分の理想。あくまで例えだけど、誰がHCでも、周りにどんな選手がいても、それに合わせて結果を残せるプレーヤーになりたい。オールマイティーにプレーして、いつでもどんな状況でも活躍してチームを勝たせることができる選手になる」。
怪我も経験した。上手くいかない時間も過ごしてきた。それでも、その時の今を大切にしながら、自分ができることに集中してきた。なりたい自分になるために。
「ここまでのキャリアに不完全燃焼は無い。結果が出る、出ないは別として、後悔がないくらいすべてを出し切ってきた。あの頃よりも上手くなってるし、バスケットIQも高くなってる。学んだ分、躊躇が生まれてしまったこともあるし、葛藤もあるけど、この歯車は絶対に噛み合う。すべて成長のための過程。僕は2028年のロサンゼルス(五輪)を目指している。代表でプレーしたい」。
曇った心境を打ち破るポジティブなハートを京都で身に付けた。苦悩を乗り越えた前田悟の心は春の空のように晴れやかだ。

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取材・執筆
京都ハンナリーズ広報 笠川真一朗
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著者プロフィール

京都府を本拠地として2009年より日本プロバスケットボールリーグ(現B.LEAGUE)に加盟しているプロバスケットボールチーム。クラブ理念は、「京都ハンナリーズに1秒でもかかわる全ての人に夢と感動を!」。バスケットボールを通じて、京都の100年先の未来に貢献していきます。2022年7月からは、新たな経営体制のもと、「新B1リーグ参入」そして「B.LEAGUE制覇」という目標を掲げ、パートナー、ブースター、ホームタウンといったクラブを支えてくださる皆様と共に、日々挑戦を続けています。

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