一流選手の秘密が明らかに!? パラアスリートの超適応
【key visual by X-1】
パリ大会の顔になるパラアスリート
レームは2023年8月に35歳になった。走り幅跳びの選手としてはピークを過ぎていてもおかしくない年齢だ。それでも、彼はこの大ジャンプを「あまり良いジャンプではなかった。着地のタイミングを間違えてしまったんだ」と話す。その言葉には、さらなる記録更新が視野に入っていることを示している。
「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」で観客を魅了したレームの跳躍 【photo by X-1】
義足の性能の向上が記録を伸ばしているという批判もある。そのことを「テクニカル・ドーピング」と言う人もいる。しかし、使用している義足は市販されているにも関わらず、レーム以外に8m台を跳べる選手はいない。2023年7月に開催された「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」でも、2位の選手に1m10の差をつけて優勝した。レーム一人だけが飛び抜けた成績を残していることについて、義足の性能のみに理由を求めるのは無理がある。
では、他にどのような要因が考えられるのだろうか。専門家たちの間で近年話題になっているのが、アスリートと脳の働きの関連性だ。パラアスリートの脳の動きを研究する東京大学大学院総合文化研究科の中澤公孝教授は、レームが運動をする時の脳の動きは一般の人とは異なるという。
パラアスリートの脳の動きを研究する中澤教授 【photo by Takao Ochi】
脳卒中などで脳の神経に損傷が残り、腕や足にまひが残った人でも、リハビリを繰り返すと手足が動かせるようになることがある。そのとき、損傷していない部分の脳がまひした部分を動かすために活動している。これは、脳科学で「代償反応」と呼ばれている。
中澤教授が発見したのは、それとは真逆の現象だった。レームは14歳のときに事故で右足を失ったが、脳には何の傷も受けていない。それが、その後の長年の陸上競技のトレーニングによって脳に変化が起きていたのだ。
残された神経リソースが発達!?
東京2020パラリンピックでブラジルを5連覇に導いたアウベス 【photo by X-1】
ブラインドフットボール女子日本代表のエースストライカーである菊島宙は、幼い頃から視力が悪く、中学1年のときにブラインドフットボールに転向するまでは音を頼りに健常者と一緒にサッカーをしていた。幼い頃から培った音による空間認識能力は女子選手の中で群を抜いており、「LIGA.i ブラインドサッカートップリーグ2022」では男子選手を押しのけて得点王とMVPを獲得した。
菊島は「バーミンガム2023 ブラインドサッカー女子世界選手権」で2位になった日本代表のエースだ 【 photo by TEAM A】
「脳が『超適応』を起こすには特殊な条件が必要で、すべてのパラアスリートに起きているわけではありません。目の見えない選手が、長期間にわたって特殊なトレーニングを続けることで、初めて視覚認識に使われる脳が劇的な変化を起こすと考えられます」
アスリートの脳を研究している情報通信研究機構の内藤氏 【photo by Takao Ochi】
ロシア生まれのマクファデンは、幼い頃に車いすの入手ができなかった。そのため3歳から6歳まで逆立ちで生活していたという。幼い頃の生活環境のために、本来は足を動かすために使われる脳の領域が、手を動かすことに関与するようになった。内藤氏は言う。
「車いす競技の選手でも、私の研究に参加していただいた車いすバスケットボールや卓球の選手では、マクファデン選手のような超適応は起きていませんでした。車いす陸上では、自分自身を移動させる目的のために手を特化してトレーニングします。一方、車いすバスケットボールや卓球では、ボールやラケットの操作といった本来の手の機能もトレーニングされます。脳内の足の領域が手の運動に関与するようになるには、本来、足の領域が担う移動機能を手で行うような、長期にわたる専従的なトレーニングが必要なのかもしれません」
「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」では3種目でメダルを獲得したマクファデン 【photo by X-1】
editing by TEAM A
text by KANPARA PRESS(Yukifumi Nishioka)
key visual by X-1
※本記事はパラサポWEBに2023年12月に掲載されたものです。
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