【MGC】第1回出場者に聞く「福士加代子」一発勝負の戦い方と、 第2回出場者へのエール

日本陸上競技連盟
チーム・協会

【船越陽一郎(月刊陸上競技写真部)】

福士加代子 Fukushi Kayoko(ワコール女子陸上部アドバイザー)

2004年のアテネ、08年の北京、12年のロンドンとトラック種目で3大会連続の五輪出場を果たした福士加代子さん(ワコール)。4度目の五輪となる16年のリオデジャネイロ大会は、初めてマラソンで代表の座をつかんだ(14位)。東京五輪の代表選考レースとして行われた第1回(2019年)のMGCには、5大会連続の五輪代表入りを懸けて出場。7位にとどまり、その後のファイナルチャレンジでも及ばず五輪の夢は潰えたが、当時37歳でMGC出場選手中最年長だった福士さんは、その場で五輪代表が決まる大一番のレースをどう戦ったのか。その経験から、パリ五輪を目指す今回のMGC出場選手へ伝えたいことは何か。当日は女子のレースでテレビ解説を務める〝MGC経験者〟に、4年前を振り返ってもらった。
構成/小森貞子 撮影/船越陽一郎(月刊陸上競技写真部)

「チーム戦」で挑んだワコール・トリオ

前回のMGCは女子の出場選手10人中、3人が我々ワコール勢だったんです。結果は一山麻緒、福士加代子、安藤友香の順で6〜8位。あとのファイナルチャレンジで一山さんが東京五輪の代表に滑り込みましたけど、「誰か1人でも代表に決まればいいね」と話していたMGCでは、思ったようなレースができませんでした。
MGCに向けての練習や合宿は、3人一緒にやっていました。切磋琢磨という感じで、ほぼ同じメニューです。毎回、誰かが行って、誰かが撃沈して……みたいな。その繰り返しでした(笑)。
3人いたので、MGCはチーム戦で行こう、と。一山さんがまず先頭でペースを作って、という練習もやっていました。ですから、本番で一山さんが最初に飛び出したのも想定内です。ただ、若干行き過ぎで(笑)。あまり間を空ける練習をしたことがなかったので、「もういいや、勢いで行っちゃえ」と、私もついて行きました。一山さんとあまりにも開いてしまうと、彼女の〝逃げ〟がもったいないなという気がしたのと、「給水を渡せるような位置にいないと」と、とっさに思ったんですね。実際に給水のやり取りはなかったです。
3人のうち、一山さんが最初に(先頭集団から)落ちました。落ちたけど、粘ったんです。安藤さんも落ちて、私は17kmあたりまで先頭集団にいました。でも、最後までずっと力を出してがんばっていたのが一山さんで、私は40km手前で抜かれています。
一応、練習では「5大会連続五輪」というのを意識していましたけど、「マラソンは苦手だ」という思い込みが消えてなくて、練習がうまくいかなかった部分はあります。「もうちょい練習しておけば良かったな」というのは、マラソンレースの後、毎回思うことでした。

いろいろなレースパターンを想定する

こういう一発勝負は初めてだったので「どんなレースになるんだろう」と想像していましたけど、チーム内に3人いたので「ここで競り合っていればいいのかな」と、練習では思っていました。とりあえず、自分たちでガンガン行くのと、スローペースになって途中で誰かがペースアップするのと、どちらも練習しました。
練習でやることは大阪国際や名古屋ウィメンズに出る時と一緒ですけど、MGCはプラスアルファで考えることが増えるのではないでしょうか。いろんなレース展開を想定しないといけない。ただ、耐えるだけのレースより、考えながらレースを作り上げるおもしろさはあるのかもしれません。
オリンピックも世界選手権も勝負ですから、MGCのような勝負のレースを経験しておくことは重要だと思います。MGCをオリンピックの練習だと思えばいい。「自分はこういうパターンもできる」というシミュレーションです。そういう意味では、前回のMGC経験者は雰囲気がわかっていますし、強みになると思います。
勝負どころの探り方は人それぞれだと思いますが、相手が疲れていそうだなと思ったら早めに仕掛けるのも一つの手です。そこで相手があきらめてくれれば儲けもの。ただ、MGCは粘れる選手たちばかり集まっているでしょうから、どこであきらめさせるかです。
先頭集団を小さくすればのびのびと走れるのでメンタル的には有利になりますが、それを誰かがやってくれるのを待つストレスよりも、自分で仕掛けて減らした方が楽という人もいます。その方がレースの主導権を握っている感じがあるし、そこからいつもの練習通りの走りができれば、力のある選手は勝てます。
給水所を利用して、その時に相手を前に出させるとか、作戦はいろいろあると思いますが、脳を使っていると疲れてくるので、最終的にはどれだけ落ち着いてレースを進められるか、だけかもしれません。自分でもうまくいく練習、うまくいかない練習があると思うので、その時に「あせったらこうなる」というのを自分なりに把握しておけば、「あせらなければいけるかな」というレース中の幅がわかってくると思います。
今日はここから上げていこうという練習があって、上げられなかったら、ランニングコーチや練習パートナーが上げていきますね。そこで、あせって追いつけなかったり、逆に上手に戻していけば追いついたり。レースではどんな練習が生きるかわからないので、想定できる範囲のいろんな練習をして、みんな臨んでくると思います。「どっちに転がってもいけますよ」という動ける身体、対応できる身体を作っておくのは大事です。
スローペースになればなるほど、開き直った人にチャンスが出てきます。「あと10kmか。行っちゃえ」というような。ベテランの経験が生きる場合もあれば、新人の開き直りが思わぬ強さを生む場合もあります。

【船越陽一郎(月刊陸上競技写真部)】

チーム戦で挑んだ前回のMGC。福士さん(右から2人目)はさまざまなパターンを想定して準備をしたという

MGC臨む後輩たちへ

今回のコースは曲がり角が多いですが、それが意外と休憩になるので「好きだ」という選手もいます。私は曲がるのが苦手で、大きく外へふくらんで回っていました。それよりも、今回は終盤の上り坂のほうがきついと思います。そこは、誰が一番パリへ行きたいか、です。最後は想いが強い人が勝ちます。勝つのは「絶対に代表切符を取る」と思った人です。
やはり余力があって、ラスト5kmぐらいからのロングスパートを使える人は強いでしょう。ラスト5㎞から逃げ切るには、上りになる35〜40kmの落ち幅をいかに小さくするかです。
レースは生ものなので、どんな展開になるのかその日になってみないとわかりません。選手たちは国内で他にないレースに挑戦して、自分のやれる幅を広げ、技を増やせばいいと思います。高速で押せない人も、最後まで粘っていれば、もしかしたら勝負に絡めるかもしれない。自分がこの中にいるという現実を楽しむ。レースをどう進めようかという思考を楽しむ。「ここで勝ったらおもしろいだろうな」と、レース後を想像して楽しむ。
レースがどう転んでもいいような、何が起きてもいいような〝余白〟を自分の中に作っておいて、どう対応できるかという自分に挑戦する楽しみを持っていればいいかなと思います。

「『絶対に代表切符を取る』と思った人が勝ちます」

【船越陽一郎(月刊陸上競技写真部)】

MGCならではのレース展開を楽しむことでランナーとしての幅を広げてほしい、と福士さんは話した

Fukushi Kayoko
五輪に4度、世界選手権に5度出場し、日本選手権は04年からの4年連続2冠を含む5000m6回、10000m7回の優勝を誇る女子長距離界のレジェンド。
3000m、5000m、ハーフマラソンの元日本記録保持者で、2013年モスクワ世界選手権はマラソンで銅メダルに輝く。16年リオ五輪(14位)以来のマラソンだった19年1月の大阪は途中棄権となったが、3月の名古屋ウィメンズでMGC切符を獲得。本番は7位となり、その後のMGCファイナルチャレンジを経て5大会連続の五輪出場の偉業は果たせなかった。2022年1月30日の大阪ハーフマラソンを最後に現役を引退。現在はワコール女子陸上部アドバイザーを務める。

●マラソン全成績 ※=上位選手の失格で繰り上がり
2008. 1.27 大阪国際女子 19位 2.40.54
2011.10. 9 シカゴ 2位※ 2.24.38
2012. 1.29 大阪国際女子 8位※ 2.37.35
2013. 1.27 大阪国際女子 優勝※ 2.24.21
2013. 8.10 世界選手権 銅メダル 2.27.45
2014. 9.28 ベルリン 6位 2.26.25
2015.10.11 シカゴ 4位 2.24.25
2016. 1.31 大阪国際女子 優勝 2.22.17
2016. 8.14 五 輪 14位 2.29.53
2019. 1.27 大阪国際女子 途中棄権 —
2019. 3.10 名古屋ウィメンズ 8位 2.24.09
2019. 9.15 MGC 7位 2.33.29
2020. 1.26 大阪国際女子 途中棄権 —
2020. 3. 8 名古屋ウィメンズ 途中棄権 —


編集:月刊陸上競技

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