【浦和レッズ】以前は緊張するタイプだったのに「レッズに来て変わった」牲川"歩見"…その名前に込められた思いとは?

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 今夏、置かれた立場が変わっても、気負わずにまっすぐに自分と向き合っている。

 YBCルヴァンカップ準決勝進出を決めた2日後、ジョアン ミレッGKコーチのもと、午前10時から1時間半ほどキーパー練習をみっちりこなし、プラスアルファで筋力トレーニングにも精を出していた。

 すっきりとした顔つきの牲川歩見が、クラブハウスのカフェに姿を見せたのは午後1時過ぎ。195cmの大きな体を革張りの椅子にゆっくりと沈めると、太い二の腕付近を指差し、「パンプアップしてきました」と冗談まじりに笑った。

「筋トレは腕立て含め、片手でこなすメニューが多いんです。これもジョアンに教えてもらったこと。地面に体をつくキーパーは片手で立ち上がることが多いので、すごく実戦で生きるんです。倒れたあとも、スムーズに次の動作に移れるようになってきたと思います」

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 穏やかな表情には充実感がにじむ。ジョアンGKコーチのメニューは、一つひとつが実戦につながるという。試合中に練習のシチュエーションがフラッシュバックすることも少なくない。ルヴァンカップ準々決勝・第1戦のガンバ大阪戦(1-0)でも実感した。

「後半、食野亮太郎選手の右クロスに対し、僕が後ろに跳んで逆サイドに弾いた場面は、まさにそうでした。あの瞬間、間接視野で外側に人がいないことをわずかな時間で確認し、意図的にボールを外側に逃しました。ジョアンと練習から取り組んでいることを試合で出せたと思います」

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 天皇杯2回戦の関西大学戦以来となる公式戦の先発出場。3カ月ぶりに巡ってきたチャンスだったが、落ち着いていた。

 1週間前に起用を知らされ、プレーする日を心待ちにしながら時間をかけてじっくり準備。コーチに送ってもらったG大阪の映像は、クラブハウスで何度も確認した。

 サイドにはスピードのある選手が配置され、中盤の中央にはゲームをつくりながらミドルシュートを打ってくる選手がいる。当然、イッサム ジェバリ、ダワン、ファン アラーノら外国籍選手の特徴も頭に入れていた。

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 9月6日は浦和レッズの一員として、初めて臨んだアウェイゲーム。ウォーミングアップでパナソニック スタジアム 吹田のピッチに出ると、まず目に入ったのはレッズのファン・サポーターが陣取る一角だ。馴染みのある歌声を聞き、まるでホームのような錯覚を覚えた。

「正直、アウェイという感じはしなかったです。あの熱い声援が耳に入れば、絶対に勝つぞ、という気持ちになりますね」

 試合は押し込まれる時間帯が長くなったものの、最後まで冷静に対応。クロスボールは的確に対処し、枠外に飛んだシュートにも反応していた。体勢を崩されて、不利な状況になることはほとんどなかった。

 GKとして、最も評価されるクリーンシートを達成。ただ、本人の自己採点は、満点とはいかないようだ。

「ほっとした気持ちはあったのですが、もう少しできたな、という思いもあります。欲を言えば、立ち上がりのビルドアップはもっと落ち着いてできたのかなと」

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 試合翌日、ジョアン就任後から続く恒例の“GK青空ミーティング”では客観的なアドバイスをもらった。

「周作さん、吉田からはコーチングの部分、ジョアンからはキャッチしたあとの振る舞いについて。後半に相手のミドルシュートを止めたとき、『自分でも少し驚いていただろ』と。あれは図星で……。

 心理的な問題ですが、あのときはどっしりと構えて、表情を含めて余裕を見せたほうが良かったと思います。周囲に安心感を与える意味でも大事なことです」

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 中3日で迎える準々決勝の第2戦も先発出場するつもりで用意していたが、試合前日にベンチメンバーになることを伝えられたという。

 決して牲川のパフォーマンスが悪かったわけではない。マチェイ スコルジャ監督は後日実施されたオンライン会見でJ1リーグの京都サンガF.C.戦を見据え、西川周作の試合感覚を考えた上での選択だったことを明かしている。

「リーグ戦同様、試合に出場できない悔しさはありましたが、すぐにチームのために準備することを考えました。いつでもゴールマウスを守れるようにしておかないといけないので」

 試合当日はベンチから長年、守護神の座を守り続けているベテランのキックやセービングに目を凝らし、そして場面に応じたメンタルの状態まで想像した。

「周作さんの頭の中に入り込み、今はどのような意識でゴールを守っているのかなって。具体的に何かを感じることができれば、きっと自分の成長にもつながってくると思うんです」

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 7月まで西川の控えとして、ベンチ入りしていた鈴木彩艶がベルギーのシント=トロイデンVVへ期限付き移籍したこともあり、8月以降は牲川がバックアップを務めている。

 当初は『2番手』としての重責をひしひしと感じ、今まで以上にストイックに練習に打ち込む姿勢を見せていた。

「僕の中で何かを変えないといけないと思ったんです。でも、必要以上に力み過ぎていたみたいで……。僕の変化に気づいたジョアンから『いつも通りに練習すればいいよ』と声を掛けられ、ふと考え直しました。

 自分のレベルアップにつながり、チームの勝利に貢献できるのであれば、1番手、2番手、3番手などは考えないほうがいいのかなって。今はGK陣みんなで成長していこうと思っています」

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 ただ、毎週のようにリーグ戦で18人のメンバーに入ることで、あらためて思うことはある。試合後、スタジアム内を回り、挨拶に行くたびにファン・サポーターの熱量に圧倒される。

「ベンチ外のときから思っていましたが、今はファン・サポーター一人ひとりの浦和に対する愛情をより感じることができます。タイトルをすごく欲しているのも伝わってきます。あの光景を間近で見ると、次も絶対に勝たないといけないと思いますよね」

 今季は3月にルヴァンカップでレッズでの公式戦デビューを飾り、天皇杯を含めて3試合に先発出場。リーグ戦でもメンバー入りが続いており、着実にJ1リーグデビューへ近づいている。

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 ベンチから眺める機会が増えた本人は「西川周作という存在の大きさを再確認しました」と苦笑するが、常に万全の態勢を整えている。初舞台をイメージするだけで胸は高鳴る。

「これまで周作さんたちと切磋琢磨して練習してきたことをリーグ戦でトライするのが楽しみなんです。以前は緊張してガチガチになるタイプだったのですが、僕はレッズに来て変わりました。良い意味で重圧を感じず、ゴールマウスに立てています」

 プロ11年目の29歳。“GK アユミ“のサッカー人生はこれからだろう。

〈いろいろな物をゆっくり歩いて見て、成長してもらいたい〉

 今、牲川は『歩見』の名前に込められた思いを噛み締めているはずだ。


(取材・文/杉園昌之)
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著者プロフィール

1950年に中日本重工サッカー部として創部。1964年に三菱重工業サッカー部、1990年に三菱自動車工業サッカー部と名称を変え、1991年にJリーグ正会員に。浦和レッドダイヤモンズの名前で、1993年に開幕したJリーグに参戦した。チーム名はダイヤモンドが持つ最高の輝き、固い結束力をイメージし、クラブカラーのレッドと組み合わせたもの。2001年5月にホームタウンが「さいたま市」となったが、それまでの「浦和市」の名称をそのまま使用している。エンブレムには県花のサクラソウ、県サッカー発祥の象徴である鳳翔閣、菱形があしらわれている。

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