【コラム】小児科病棟からスタッド・ド・マルセイユまで
小児科病棟で子どもたちと交流する押川選手 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
ラグビーしていて入院したら病棟でラグビー選手に会えるなんて
大熊選手は、イベント冒頭に自身の名前を活かしたこの挨拶で、子どもたちの笑いを誘った。笑みがこぼれたのは、子どもたちの保護者や周りの病院関係者も同様だった。ほか選手たちも続き、子どもたちの目線にたった挨拶で場を和ます。
この日唯一の外国人選手で参加したトニー・ハント選手は、通訳を挟まず短いながらも日本語で自己紹介をした。
船橋市医療センター小児科病棟に訪問した選手たち。左から山本選手、トニー・ハント選手、押川選手、根塚選手、大熊選手、岡田選手 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
あの時から4年がたった。そしてコロナもあった。日本最高峰のラグビーリーグはトップリーグからリーグワンへと名前を変えた。けれど、選手たちの子どもたちへの立ち振る舞いはなんら変わらないように見えた。
目線を子どもたちに合わせ、手を取り、声をかけ、楕円のボールを通じて子どもたちの緊張をほぐす。時には読み聞かせをしたり、スタッフが用意をしたラグビークイズで運動せずとも交流する。病室から出られない子どもたちがいれば、選手数名で病室まで顔を出した。
変わらないのは子どもたちも同じだ。
最初は緊張の様子だったが、だんだんと選手と親しくなる。それが昨シーズンの優勝チームでも、リーグワン初年度新人賞選手でも関係ない。
彼ら彼女らにとっては、なんかデカくて強そうな優しいお兄ちゃん。けれど、それでいい。
ある女の子は、いつのまにか選手の背中におんぶをされていた。
自身も小学生のころ不整脈により運動を制限されていた経験のある根塚選手は、このイベントで「子どもたちに笑顔や勇気を与えたかった」とコメント 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
驚いて「ラグビーしているの!?」とさらに質問すると、どうやら違うらしい。
普段はサッカー少年。なんでも屋内で子どもたち何人かとラグビーごっごをして遊んでいたらしい。そこで物にぶつかり、炎症を起こし入院に至ったとか。幸い無事に回復し、選手との交流会後に退院できるとのこと。
「ラグビーしていて入院したら病棟でラグビー選手に会えるなんてすごい引き寄せですね」と互いに笑って話したが、入院時はきっと笑顔なんて見せる余裕はなかったはずだ。ほかの子どもたちを含めて、入院という慣れない環境で不安や辛さと戦っている。きっとそれは保護者の方々も同じだろう。
例えこのひと時でも笑顔になってもらえれば、我々が来た意味はあったはずだ。
【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
ただ目の前のその人に向き合うこと
南アフリカ代表のデクラーク選手(横浜キヤノンイーグルス所属)が南アフリカ代表のジャージーを着用した少年にサインをしてあげていたシーンがそれだ。
観客席を出てデクラーク選手にサインを貰う少年。
警備員はいるが空気を読んだのか止めはしない。
ただ、周りの観客も同調してサインを貰おうとするわけではなく、そっと見守る。
サイン後、その少年が見せた表情。
目に涙が溢れていた。
デクラーク選手だけではなく、選手たちにとってはきっと当たり前の行動なのだろう。同じくこの試合に南アフリカ代表として出場していたマルコム・マークス選手(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ所属)も、リーグワンの試合でこうした光景をよく目にする。
マークス選手とデクラーク選手 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
目の前のプレーに集中するのと同じように、ただ目の前のその人に向き合う。
憧れの選手にサインをされたら「自分もいつかはあの場に立ちたい」と思う。
不安や辛さと戦っているときに笑顔になったひと時は、前に進む勇気をくれる。
目の前のその人に向き合うラグビー選手たちの「当たり前」は、子どもたちに大きな影響を与えている。
きっとそれは、小児科病棟からスタッド・ド・マルセイユまで変わらない。
NTTリーグワン2022-23の決勝戦後に自らのショーツを子どものファンに手渡すマークス選手 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
試合写真:チームフォトグラファー 福島宏治
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