【神戸スティーラーズ特別連載第4回/RWC2023フランス大会〜神戸から夢の舞台へ】 「ジャパンにとって、すべてがよい方に傾いたなって」(PR山下) 「同点を狙うという考えは頭の片隅にもなかったですね」(SH日和佐) 山下 裕史、日和佐 篤 ラグビーワールドカップ2015イングランド大会「ブライトンの奇跡」を語る

チーム・協会

【コベルコ神戸スティーラーズ】

これまでの3回ではフランス大会出場を目指す選手のインタビューをお届けしたが、第4回では、W杯に出場した桜の戦士をピックアップ。世界中に「史上最大の番狂わせ」と報じられた「ラグビーワールドカップ2015イングランド大会」日本代表vs南アフリカ代表に出場したPR山下 裕史とSH日和佐 篤に、“世紀のジャイアントキリング”を改めて振り返ってもらった。(取材日:2023年4月10日)

万全のコンディションで臨んだ南アフリカ代表戦

「誰も日本代表が南アフリカに勝てるとは思っていなかったんじゃないですか」
山下は豪快に笑う。
そう話すのも無理はない。
日本代表は、2015年までにワールドカップ7大会に出場も挙げた勝ち星はわずかに1つ。全大会で予選リーグ敗退に終わり、「ラグビーワールドカップ2015イングランド大会」は、エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ(当時)のもと、「歴史を変える」という思いで大会に臨んだ。
予選プール初戦は、ワールドカップで2回頂点に立つ南アフリカ代表。その後、スコットランド、サモア、アメリカとの対戦が控える。
「チームとして南ア戦にピークを合わせて調整していました」と日和佐。
南アフリカ代表戦を見据え、数ヶ月前から戦術を落とし込み、いざ決戦へ。
一方、対する南アフリカ代表は、怪我から復帰の選手が多かったという。
「SHフーリー・デュプレア、SOハンドレ・ポラードが本来ならば1本目だったと思います。彼らからすると日本代表との試合は、ウォーミングアップのような感じだったんじゃないですか」(日和佐)
「日本は100点満点のコンディション、南アフリカは75点くらいの状態での対戦だったと思います」(山下)

後半32分のPG選択に、心の中でガッツポーズ

試合は日本代表が自陣からボールを深く蹴り込んで、相手に攻撃を継続させ、ブレイクダウンでターンオーバー。これまでのテストマッチではパス主体のアタックだったが、この一戦ではキックを多用しゲームを進める。前半は、モールから2本のトライを許すも、10–12と僅差で折り返した。後半開始早々、日本代表はPGを決め逆転に成功。しかし、そこは、優勝候補の一角、南アフリカ。3分、LOルード・デヤハーのラインブレイクからトライを決めると、ゴールキックも成功し、13–19。だが、日本代表は食らいつく。8分、12分と2本のPGを決め、19–19に。その後も、16分に南アフリカがPGを決めれば、日本代表も3分後にPGを沈め、再び同点。21分、南アフリカにトライを奪われ、突き放されたが、ベンチで戦況を見つめていた日和佐は
「想定内のこと。1つのトライで一喜一憂しないで、やるべきことをやるだけだと思っていました」と冷静だ。
後半13分からグラウンドに立つ山下は
「フミ(田中 史朗)が吹っ飛ばされてトライを取られた。けど、相手はあの南アフリカですから。日和佐が言うように想定内でしたね」とあっけらかんとしたものだ。
後半26分、田中に代わってSH日和佐がグラウンドへ。その2分後、南ア陣10m付近ラインアウトから「準備していたプレーでした」(日和佐)というサインプレーでFB五郎丸 歩がゴールラインを駆け抜ける。ゴールキックも決まり、29–29。
2人が勝利を分けた瞬間だと話すのが、後半32分の南アフリカのPG。自陣深くまで攻め込まれる中で、日本代表は必死のディフェンスを見せる。そこで、相手はショットを選択する。会場のスプリングボクス(南アフリカ代表)ファンからもブーイングが起こる。
「よしよし、と。僕は心の中でガッツポーズしました」と日和佐が言えば、
「僕らの方が優位に立てているんだと思えた瞬間でした」と山下。

これまでやってきたことが報われた。

29–32とリードを許した中で、残り10分、日本代表は攻め続け、ゴール前へ。反則を得ると、スクラムを選択する。
「上は(ジョーンズヘッドコーチ)はショット、ショットと言っていたようですが、同点を狙うことは頭の片隅にもなかったです」(日和佐)
「スクラムは途中から僕らの方がプレッシャーをかけることができていましたし、シンビンが出て相手はFWが1人少ない状況でしたからね。それに会場の雰囲気も僕らを後押ししてくれました」(山下)
1度目のスクラムは崩れて、組み直す。そこから、右へと展開した後、ラックから日和佐、立川 理道へとボールが渡り、アマナキ・レレィ・マフィへと飛ばしバス。マフィがハンドオフをしながら、左端のカーン・ヘスケスへとパスをつなげ、左コーナーへと飛び込む。
「持つべき人がボールを持って生まれた」(山下)という逆転のトライ。世界中に衝撃が走った瞬間だった。
「すべてがジャパンにとってよい方向に傾きました」と山下。
続けて、「ずっときつい練習をしてきて、これまでやってきたことが報われたと思いましたね」と2人は声をそろえる。
中3日で行われたスコットランド代表戦は敗れたが、続く2試合で勝利し、日本代表は3勝を挙げた。しかし、勝ち点差で決勝トーナメント進出という夢は叶えることができずに大会を終える。
アメリカ代表戦終了後、日和佐の目には光ものがあった。
「廣瀬(俊朗)さん、湯原(祐希)さんといった試合に出ていないメンバーが駆け寄ってくれて、それを見た瞬間に涙が溢れました。本当に良いチームだったなって。このチームでもう1試合したかったですね」と日和佐。
山下は、
「決勝トーナメントには進めなかったことは残念でしたが、ワールドカップでティア1の南アフリカに勝てたことが代表にとって大きな意味がありました」と振り返
った。

ワールドカップは特に意識はしていないが、ラグビープレイヤーである以上は、神戸の「3番」ではなく、日本代表の「3番」を目指しているという山下。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

エディー・ジャパンで今につながるベースができた。

日本中を熱狂させた日本代表。その一員としてワールドカップに出場したこととは?と問いかけると、
「エディーさんの敷いたレールの上を振り落されないように必死に進んでいたら、気が付けばワールドカップでした。合宿でハードなトレーニングを積んで、ワールドカップで対戦する相手に対しての戦術をしっかりと落とし込まれて、エディーさんに勝たせてもらったという感じです」と日和佐。
山下は「ワールドカップが、翌年チーフスでプレーすることにつながったというのはありますね」と話す。続けて「当時の代表での練習が、今の自分のベースになっています。あの時の朝練が身に付いて、今もそれを継続して行っています」とも。
山下といえば、チーム1の早起きで知られる。
社員選手である彼は、オフ期間中も就業前にクラブハウスへと足を運び、トレーニングを積む。その習慣は、エディー・ジャパンで培われたものだ。
日和佐も「エディー・ジャパンでやっていたレベルが、自分のベンチマークになっていて、常にそれを意識して取り組んでいますね」とベースができたと話す。

純粋に楽しんだ「ラグビーワールドカップ2019日本大会」

4年後の「ラグビーワールドカップ2019日本大会」では、日本代表はベスト8へ進出し、歴史を塗り替えた。山下も、日和佐も、2019年の日本代表候補合宿に参加するも、最終的にメンバーから漏れた。
山下は「日本大会ですし、出たいという思いはありました」と悔しさも。
日和佐は「もう一度桜のジャージを着たいと思い、神戸スティーラーズに移籍もしましたが、仕方がありません。悔しさはなかったですね」と対照的だ。
ただ、2人は、2019年のワールドカップを、自身が出場した2011年(日和佐)、2015年大会以上に楽しんだそうだ。
「僕らの時はプレッシャーがなかったですが、日本大会は、ジャパンに対しての期待値が高かった。2015年大会の時と比べると段違いに大変だったと思いますが、そのプレッシャーをはねのけて決勝トーナメンに進出し、本当にすごいと思います」
そう手放しに喜ぶ。

山下同様にワールドカップ出場を目標にはしていなかったという。ただ、今も日本代表になりたいという気持ちは持ち続けている。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

2人が考える大会の楽しみ方とは?

今年はワールドカップイヤー。9月、フランスで大会が行われる。
日本代表は、プールD。イングランド、アルゼンチン、サモア、チリと対戦する。
「前回大会は日本開催だったので、食事を含め、さまざまなアドバンテージがありました。今回のフランスは時差も8時間あります。それに天候も日本とは違います。アウェーで行われる大会は、コンディション面、環境面でも調整が難しいですが、ジャパンには頑張ってもらいたい。イングランドはエディーさんから監督が変わり、ごたついていると思いますし、チャンスなんじゃないかな」(日和佐)
「イングランド、アルゼンチン。どちらもFWのチームですが、ジャパンもそこで戦える力はあります。1つのスクラム、1つのタックルが勝敗を分けると思います」(山下)
実は2人にとってワールドカップというのは「1つの大会でしかない」とのことだが、最後に最近ラグビーに興味を持ったという方に向けて、大会の楽しみ方を聞いた。
「世界のスーパースターが一堂に介する大会です。日本代表の応援はもちろんですが、他国のラグビースタイルや戦術に注目して見るのも面白いですよ。それに、決勝トーナメントともなれば、超ハイレベルの戦いが見られます。純粋にラグビーを楽しんでもらいたいですね。僕らも楽しみます!」

取材・文/山本 暁子(チームライター)

山下 裕史(やました ひろし)
1986年1月1日生まれ、大阪府四條畷市出身。183cm・120kg。都島工業高校でラグビー部に入り、当時からプロップ。その後、京都産業大学へと進み、2008年4月、神戸製鋼コベルコスティーラーズへ。入団1年目から「3番」を背負う。2009年に初めて日本代表入りを果たし、「ラグビーワールドカップ2015イングランド大会」に出場。2016年にはスーパーラグビーのチーフスでプレーし、8試合に出場。トップリーグベスト15には、2014年、2018年の2度選出。NTTリーグワン2022-23」第16節にてチーム史上初の公式戦200試合を達成した。日本代表キャップ51。

日和佐 篤(ひわさ あつし)
1987年5月22日生まれ、兵庫県神戸市出身。166cm・71kg。5歳からラグビーをはじめ、報徳学園高校、法政大学を経て、2010年4月、サントリーサンゴリアスに入団。正SHとして1年目から試合に出場し、トップリーグ新人賞を獲得。2011年から3年連続でベスト15に選出される。日本代表には、2011年春、初選出。「ラグビーワールドカップ2011ニュージーランド大会」、「ラグビーワールドカップ2015イングランド大会」に出場。さらなる成長を求めて、2018年、神戸スティーラーズへ移籍。1年目からアタックの起点として活躍し、15年ぶりの優勝に貢献した。日本代表キャップ51。
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【第1回】「『出たい』から、『出ないといけない』という気持ちになってきた」
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【第3回】「個人としても、チームとしても、前回大会を超えたい!」
度重なる怪我を乗り越えて、復帰を果たした具 智元、W杯に向けて本格再始動
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著者プロフィール

兵庫県と神戸市をホストエリアとして、日本最高峰リーグ「NTTジャパンラグビー リーグワン」に参戦しているラグビーチーム「コベルコ神戸スティーラーズ」。チームビジョンは『SMILE TOGETHER 笑顔あふれる未来をともに』、チームミッションは『クリエイティブラグビーで、心に炎を。』。 ホストエリア・神戸市とは2021年より事業連携協定を締結。地元に根差した活動で、神戸から日本そして世界へ、笑顔の輪を広げていくべく、スポーツ教室、学校訪問事業、医療従事者への支援など、地域活性化へ向けた様々な取り組みを実施。また、ピッチの上では、どんな逆境にも不屈の精神で挑み続け、強くしなやかで自由なクリエイティブラグビーでファンを魅了することを志し、スタジアムから神戸市全体へ波及する、大きな感動を創りだす。 1928年創部。全国社会人大会 優勝9回、日本選手権 優勝10回、トップリーグ 優勝2回を誇る日本ラグビー界を代表するチーム。

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