【ベガルタ仙台】2026年W杯は俺の大会だ!宮城から世界へ。小畑裕馬の視界は広がる

ベガルタ仙台
チーム・協会

【©VEGALTA SENDAI】

宮城から世界へ

 2022年12月3日。ベガルタ仙台の小畑裕馬は試合とはまた別の緊張感とともにユアテックスタジアム仙台に赴いた。チームメイトの遠藤康が開催したイベントYASU CAMPのゲストとして、宮城県の子供たちの前で講演をすることになったのだ。

 宮城県仙台市出身の遠藤は、2022シーズンに故郷のクラブへ移籍したことを契機に、宮城県の子供たちをホームゲームに招待する取り組みをおこなっていた。このYASU CAMPはそのシーズンに招待した子供たちを再び集めての、ふれあい活動だ。小畑はその場に大久保剛志(仙台OB・現バンコクFC)とともに招かれ、サッカー教室とともに「夢先生」の講師を務めた。

YASU CAMPのゲストとして、子供たちの前で講演 【©VEGALTA SENDAI】

 「みんなの前で話すのが初めてで、前日とか2日前は『なんとかなるでしょう』と思っていたのですが、いざ子供たちを前にすると不安というかなんというか……」。試合では勇敢なプレーや味方を鼓舞する声が印象的な小畑だが、講演は勝手が違った模様。しかし本番では、自身のサッカー選手としての歩みや、目標に対してどのような努力をしてきたかを丁寧に説明した。質疑応答では子供たちから多くの質問が出るなど、意義深い場になったようだ。「自分自身にとっても勉強になった、良い機会でした。まずはサッカーの楽しさを伝えたかったし、これから、地元でプレーできる喜びを感じる選手……宮城県出身の選手が増えてくれれば」としみじみ語る小畑にとって、自身のサッカー人生で目指してきたこと、そしてこれから先に目指すことを再確認する場ともなった。

アカデミー時代からトップチームのトレーニング、キャンプにたびたび参加。2020シーズンにトップ昇格を果たす 【©VEGALTA SENDAI】

 小畑自身が地元・宮城県出身で、このクラブ生え抜きの選手である。登米市に生まれ、ジュニアユースから仙台のアカデミーに所属。2020年からトップチームでプレーしているが、「中学校の卒業式翌日に」(本人談)初めて練習参加し、ユース時代は2種登録選手としてトップレベルの研鑽を積んできた“古株”でもある。プロ初年度には明治安田生命J1第2節・湘南戦で先発に抜擢されJリーグデビューを果たし、無失点でプロ初勝利を飾った経験も持つ。

 YASU CAMPでの講演を前に資料をまとめたとき、小畑はそのプロへの道程において、その時その時の目標に対して自身がどういう努力をしてきたかを再認識した。小学生の頃。まだベガルタ仙台アカデミーに入る前から、サッカー選手を夢見ていた。当時の彼は、対戦相手としてのベガルタ仙台に「勝って全国大会に行くこと」を目標とし、体を作るため「たくさん食べてたくさん寝た」、技術を磨くため「日が暮れるまでリフティングなどボールを蹴っていた」と努力を積み重ねた。

 小学生の小畑が「選ばれし者が入る最強のチーム」として認識していたベガルタ仙台は、中学年代でセレクションを経て小畑を受け入れるチームとなった。ここで彼はそれまで未経験のGKに挑戦することとなる。当時はチームメイトに東北選抜に選出されるGKがいたため、そういう相手との競争にも勝って「スタメンを取る」ことがサッカー選手に近づく上での目標となった。けがでプレーから離れる時期もあって競技人生の危機にも見舞われたが、回復後に「ひたすらキャッチなど基礎練習をたくさんした」ことで力をつけた。

 そして中学年代の最後にトップチームの練習に呼ばれるようになり、小畑の目標は「トップチーム昇格」に変わる。それを達成するため、日々の練習に加え、けがに苦しんだ中学年代の反省から「体のケアに本格的に取り組んだ」。トップチームの練習でパワーやテクニックの違いを知り、「このままではプロになれない」という危機感があってこそ、そのレベルに耐えうる体を意識して育む努力を怠らなかった。

 宮城県でトップレベルのプレーを目指してきた小畑は、やがて全国の舞台での戦いに挑むようになり、そして、その先の世界への視野も開けてきた。ユースとトップで経験を重ねるうちに、年代別の日本代表候補にも選ばれることが増えていった。プロ入り後も、忙しいシーズンの合間に、代表合宿で同年代の代表選手に刺激を受ける日が続いた。「僕の学年やその前後はGKの層がすごく厚いんですよ。ひとつ上の谷(晃生)君(G大阪)や、ひとつ下の(鈴木)彩艶(浦和)たちは、ずっと試合に出ることができて、勝ち点を引き寄せる試合も多い。自分も緩むことなく、チームのGK陣で切磋琢磨して、継続して出られるようになりたい」。その思いとともに日々のトレーニングに励んできた。

2022シーズンは21試合に出場した 【©VEGALTA SENDAI】

 2023年1月時点で21歳の小畑は、年代的には2024年五輪を目指す“パリ世代”である。しかしプロになった時点で、その前の東京五輪を視野に入れて、世界との距離を彼なりに考えてきた。仙台でプレーした先輩で、日本代表に選出されたシュミット・ダニエル(現シント=トロイデン)からも多くのことを学んできた。2021年までチームメイトに元ポーランド代表のヤクブ・スウォビィク(現FC東京)がいたことも、世界を意識するひとつの契機になった。

 GKとしての総合力を磨いてきた小畑は、敏捷性や細かいステップ、積極的なコーチングといった特長に加え、足下の技術の高さを武器としている。攻撃の組み立てに関わり、相手の高い位置からのプレッシャーをかわすボール扱いが可能。現在の仙台を率いる伊藤彰監督は、最終ラインを高めに設定する戦術を志向するため、GKがカバーする範囲も広い。「自分の特徴を生かしやすい」というスタイルで、小畑は先発の座をつかみ、勝利に繋げるプレーを目指す。練習や競争の中で学び、宮城から世界に近づくための積み重ねが、日常の中にある。

 2022シーズンの仙台は、3人のGKが公式戦のピッチに立った。小畑はそのうち最多のJ2リーグ戦21試合に出場した。だがそれで満足するわけにはいかない。「半分に出られたともいえるけれど、半分しか出られなかったともいえます。もっと(相手の)決定機を守って勝つとかピンチを防いで、攻撃の部分ではもっと自分の良さであったキックからの得点を増やしていければ」。新シーズンは不動の守護神の座を狙う。

林、杉本、梅田と共にお互いを高め合い、しのぎを削って定位置確保に挑む 【©VEGALTA SENDAI】

 今季、仙台に選手登録されたGKは4人。昨季から2人が入れ替わった。経験豊富な元日本代表・林彰洋、大阪学院大学出身で総理大臣杯にて活躍したフレッシュな梅田陸空が新たに加入。また、去年からのチームメートである杉本大地は空中戦に強さを発揮するGKで、小畑が昨季にクロス対応で壁に当たったときには意見を交換したという。ポジション争いは激しく「並大抵の実力では無理」と厳しさを実感しているが、「高いレベルで争わないといけないので、まずはワンシーズンとおしてやりたい、試合に出たい」という目標は変わらない。そうした仲間たちと、競い合い、学び、成長する。小畑はその積み重ねの先に、世界への道を見つけようとしている。

 小畑にとって励みとなることのひとつが、今季の仙台には、同門である仙台アカデミー出身者が3人も加わったこと。仙台のジュニアユースに在籍していた郷家友太、ユース出身の工藤蒼生と菅原龍之助は、いずれも宮城県出身。年代も小畑と近い。「ヤスさん(遠藤)も宮城出身だし、地域を盛り上げる意味ですごく彼らが戻ってくれて嬉しいし、一緒にサッカーができると思うとワクワクするので、本当に楽しみです」。

 宮城から世界へ。小畑の目指すところへ辿り着くには、日々の積み重ねから。2023シーズンに、仙台の背番号1はまた歩を進める。


文=板垣晴朗

宮城から世界へ。更なる飛躍を狙う 【©VEGALTA SENDAI】

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著者プロフィール

1994年に東北電力サッカー部を母体とした「ブランメル仙台」として発足。1999年にチーム名を「ベガルタ仙台」に改め、J2リーグに参戦。 「ベガルタ」というクラブ名は仙台の夏の風物詩である七夕まつりに由来する。天の川を挟んで光輝く織姫(ベガ)と彦星(アルタイル)の2つの星の合体名で「県民・市民と融合し、ともに夢を実現する」という願いを込められている。地域のシンボルとして親しまれ、誇りとなり、輝きを放つことで広く地域へ貢献していく意味も含んでいる。 ホームタウンは宮城県全域。ホームスタジアムはユアテックスタジアム仙台。

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