準備とシミュレーションの勝利。スペイン戦で先発抜てきの谷口彰悟が証明したもの

川崎フロンターレ
チーム・協会

【©JFA】

「良かったですね。楽しかったです。すごくいい緊張感の中でやれたのも良かったし、しっかりスペイン相手に勝てたのも最高です」

会心の勝利から余韻冷めやらぬ試合直後、ユニフォーム姿のままでミックスゾーンに現れた谷口彰悟にFIFAワールドカップデビューの感想を聞くと、顔に汗を浮かべながら、相好を崩してこう答えてくれた。

ようやく巡ってきた大舞台でのチャンスだった。31歳で初の本大会メンバー入りを果たしながら、ドイツとの初戦、コスタリカとの第2戦では出番なし。チーム一丸となって勝ち進むために自分にできることを最大限に取り組んできた中、第3戦で待望の出場機会を得た。

31歳139日でのW杯デビューは、日本代表のフィールドプレーヤー最年長記録に。 【©JFA】

決勝トーナメント進出を懸けたスペインとの大一番。相手にとって不足はない。カタール入り後もずっと「チャンスをもらえればやれる自信はある」と話してきたが、日本サッカーの未来を左右する重要なゲームでスタメン抜てきが決まり、「やっと来た!よっしゃ!やってやるぞ!」と心が奮い立った。

集中力が感じられる表情で入場してきた谷口は、3―6―1の左センターバックを任された。4―3―3を採用する相手にマンツーマン気味の守備を狙ったものの、前半は巧みな立ち位置とパス回しで押し込んでくる相手に苦められた。本来なら相手の3トップを3人のセンターバックでマークしたいところだが、相手の両ウイングが高い位置でタッチライン際に張ってきたため、ピッチ内の判断でサイドをケアするべく5バック気味で守り、谷口はインサイドハーフに入るガビを見ることになった。

試合中何度も見られたガビ(背番号9)とのマッチアップ。 【©JFA】

だが11分、マークのズレから左サイドを崩されて先制を許してしまう。それでも森保ジャパンの、そして谷口の心は折れなかった。

「0―1になっても、他会場の状況もあるので、とにかく我慢強く戦おうと。それは試合前からみんなで(認識を)合わせていたので、最少失点に抑えながらチャンスをうかがうことができた」

前半、日本のポゼッションはわずか14%。ドイツ戦の18%を下回る数字だった。ただ、押し込まれ続ける展開が続く中でも谷口のプレーは攻守に光っていた。

22分に出足のいいインターセプトを披露すると、25分には左ウイングバックの長友佑都へ鋭くつないで鎌田大地の裏抜け(これはオフサイドになってしまったが)を引き出した。42分にはペナルティエリア内でダニ・オルモの決定的なシュートに体を投げ出して足でブロック。ここで決められていたら試合がどう転んでいたか分からない。ここで見せた決死のディフェンスが後半の大逆転劇の呼び水となった。

後半開始から左ウイングバックに三笘薫が投入されると、「(薫に)できるだけ高い位置で仕事をさせたかったので、高い位置からハメにいかせたりしながら後半に入ろうと。そこで相手を惑わすことができた」とかつてのチームメートが持つ武器を活かすことを心掛けていく。

48分に堂安律のゴールで追いつくと、51分には三笘の際どい折り返しから田中碧が押し込んだゴールがVARの末に認められて一気に逆転に成功する。三笘のクロスがゴールラインを割っていたかどうかがクローズアップされたシーンでは、谷口も「頼むからゴールであってくれ」と願いながら判定を待っていたという。

谷口はリードを奪ってからも慌てることなくプレーし、三笘のポジションもうまくコントロール。しっかりブロックを組んで前向きの守備で耐え抜き、80分にはダニ・オルモのミドルシュートをヘディングでクリアするなど集中したディフェンスを披露し続け、再び世界を驚かす勝利に大きく貢献した。

足元のパスさばきだけでなく、空中戦でも強さを発揮した。 【©JFA】

90分間を振り返ってみると、もちろん細かな修正点はある。だが、的確な立ち位置でボールを受けてつなぐプレー、攻撃の起点となるビルドアップのパス、出足の早いインターセプト、そして相手への厳しい寄せ。川崎フロンターレで培った技術が世界でも通用することを十分に証明したのも事実だ。

2022シーズン、谷口は自分に求めるプレー基準を引き上げた。本大会ではドイツやスペインとの対戦が待っている。Jリーグで戦い続ける中で「これが海外の選手だったらどうだったのか」、「この対応で本当に大丈夫だったのか」と自問自答を重ね、世界に意識を向け続けてきた。日常の準備とシミュレーションが今回の奮闘につながった形だ。だからこそ、「いつチャンスが来ても準備はできている」という言葉を口にできたのだろう。

カタール入り後も気持ちを切らさずに準備に努めてきたが、出番がないことで少しずつメンタル的に落ちていく部分はあったのは推測に固くない。そんな状況での活躍に、キャプテンの吉田麻也も「彰悟のように(試合に)出られていない選手は精神的にも辛くなってくるところだと思うけど、なかなかチャンスがない中で、与えられた機会でしっかりと結果を出せた。それは準備の賜物だと思う」と評価していた。

準備とシミュレーションの勝利。それは森保ジャパンと谷口彰悟に共通するものだ。難敵ぞろいのグループステージを見事に突破し、迎えるはクロアチアとの決勝トーナメント1回戦。この試合では板倉滉が累積警告で出場停止となるため、再び谷口に出番が回ってくる可能性はある。ワールドカップという舞台で戦力として計算できる選手であることを自らのパフォーマンスで証明してみせた今、指揮官も谷口本人も自信を持って次なる一戦に向かえるはずだ。

「僕たちの目標はベスト8以上。(スペインに勝って)ちょっと喜んで落ち着きたいところですけど、ここをもう一回引き締めて、次の決勝トーナメント1回戦で勝って、まだ日本が見たことのない新しい景色を見たい。そのためにみんなで一丸となってもう一回準備したい」

みんなで新しい景色を見るために――。森保ジャパンと谷口彰悟が新たな準備に向かう。

(文:青山 知雄)
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著者プロフィール

神奈川県川崎市をホームタウンとし、1997年にJリーグ加盟を目指してプロ化。J1での年間2位3回、カップ戦での準優勝5回など、あと一歩のところでタイトルを逃し続けてきたことから「シルバーコレクター」と呼ばれることもあったが、クラブ創設21年目となる2017年に明治安田生命J1リーグ初優勝を果たすと、2023年までに7つのタイトルを獲得。ピッチ外でのホームタウン活動にも力を入れており、Jリーグ観戦者調査では10年連続(2010-2019)で地域貢献度No.1の評価を受けている。

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