【東京2020オリンピックメダリストインタビュー】大橋悠依:冷静さでつかんだ2冠の栄光
【東京2020オリンピックメダリストインタビュー(写真:フォート・キシモト)】
大橋悠依(水泳/競泳)
女子400m個人メドレー 金メダル
女子200m個人メドレー 金メダル
■全てが自分に味方した
こんなに楽しいオリンピックになるとは思っていませんでした。ただ、現時点(取材日:8月2日)ではまだ選手村から出ることもなく、テレビもほとんど見ていないので、外に出たらどのような雰囲気かが全然分からないですし、本当に今も実感がないです。レースの映像は繰り返し見て、自分でも「よくこんなに落ち着いてレースができたな」とは思っています。
――結果を出すために、心がけていたことはありましたか。
大会前はそれほど調子が良くなかったんです。だから、メダルをとれるかどうかは抜きにして、とにかく自分ができることを最大限やろうと大会前に決めて選手村に入りました。それが良かったのかなと思います。
――レース映像を繰り返し見たとおっしゃっていましたが、競泳の専門家として大橋選手が自分自身を分析するとどんなところが良かったと思いますか。
400m個人メドレーでは、とくに前半泳いでいる時に、泳ぎながらもう一人の自分がいるような感覚でした。「オリンピックの決勝で本当に泳いでいるんだ」と思いながら、今まですごく悩んできたことを気にすることなく、すごく落ちついて滑らかに泳ぐことができました。また、ターンで詰まりそうだったらあと一かきする、かくかかかないか迷ったら体を伸ばす、というここ5年ほどずっと言われてきたこともしっかり対応できました。これが、200mでも最後の50mにつながったと思います。
――自分を客観視している自分がいるというようなことは、これまでにも経験があったのですか。
はい、あります。それはすごく調子が良い時で、メダルをとった過去のレースは、いわゆる「ゾーンに入る」ような感覚で、異空間にいながらすごく自分のことに集中できていました。言葉にするのは難しいのですが、全てが自分に味方をしてくれているというような感覚がありました。
――200m個人メドレーの時は、「400m個人メドレーで金メダルをとっている分、自分の気持ちに余裕があって、逆になんとしてもメダルがほしい他の選手が硬くなるかもしれないと思っていた」とおっしゃっていましたね。
メダルを一つとったことで、200m個人メドレーの時はすごく冷静でしたね。400mと200mのどちらも決勝に残った選手は、私と隣のコースのカティンカ・ホッスー選手(ハンガリー)だけで、それ以外は全く異なるメンバーになりました。全員にメダルのチャンスがある種目でしたから、絶対にみんなメダルを意識するじゃないですか。私は一つ(金メダルが)とれていた分、200mでたとえ悪い結果だったとしても、自分自身もチームとしても結果を受け入れられるだろうし、「失敗しても大丈夫」というような安心感がありました。そこをうまく活かしてチャレンジしようという気持ちでした。
■周囲の人々に恵まれて
自然に……ですかね(笑)。ただ、その切り替えができない時も、もちろんあります。私は心配性で「本当にそこまでする?」というくらいいろいろと想定をして準備をするタイプなんです。たとえば、「隣の選手がもし前半速く行ったら、後半はこういうふうに泳げば追いつけるかもしれないな」とか。ただ、入念にイメージすることで、レースの準備ができていると考えれば、すごく良いことでもありますよね。ここ1年はそういうふうに捉えて、レースに向けて自分自身の気持ちをつくってきました。加えて、昔からもっている勝負強さにはすごく自信がありました。
――指導してくださる平井伯昌監督、東洋大学同期でマネジャーとして支えてきてくれた親友・岡田真祐子さん、先輩の「さっこさん」こと清水咲子さんなど、周りの方々に可愛がられる「愛されキャラ」にも映ります。
平井先生も、周りの人たちも、「何だ、こいつ」と思ったことがあるはずです(笑)。平井先生とは、水泳に対して一緒に取り組む共同体みたいな感じですね。岡田さんはそこにプラスしてサポートしてくれますし、水泳以外の部分も見てきてくれている人だからこそ、自分がリラックスしたい時の大切な存在です。そして、さっこさんは競技面でも刺激をもらいますが、本当に面白くて笑わせてくれるので、いつも元気をもらっています。日本代表のチームメートもそうですけれど、みなさんに声をかけてもらうのは本当にありがたいこと。年上の人に甘えてばかりですが、周りの人に助けられていることを感じています。
――周囲に恵まれているのも、大橋選手だからこその魅力という気がします。ご自身のインスタグラムに、400m個人メドレーで銀メダルに輝いたライバルのエマ・ウェヤント選手(アメリカ)から「おめでとう!」というコメントが届きました。国籍・言葉・競技の垣根をこえてアスリートたちが互いを認め合うところもオリンピックの魅力です。初めてオリンピックに参加してみて、大橋選手がこれまで活躍してきたアジア大会や世界選手権との違いは感じましたか。
エマ選手からのコメントはうれしかったですね。ほかにも、久しぶりに会う選手がいて、すごく楽しく感じています。アメリカの応援のすごさなどからは国柄も感じましたし、間近でいろいろな選手を見る機会があるのは本当に勉強になります。自分にとってプラスになることが多くて、すごくいい場だなと思います。
国際大会自体がすごく久しぶりだったこともあって、「久しぶりの国際大会で泳げている」という感覚が強く、泳いでいる時はそれほど特別な違いは感じなかったんですよね。ただ、選手村でも会場でもオリンピックシンボルや「TOKYO 2020」という文字が至るところで目に入ってきます。東京アクアティックセンターの空気感も違ってすごくワクワクする感覚でした。
■1年延期がもたらした影響
1年延期は「時間ができた」と捉えて向き合ったという 【写真:フォート・キシモト】
現役中にこのような時代に遭遇することってあるのかと……、延期になった時はすごく戸惑いました。でも、自分自身、去年の3月の時点では、この状態で金メダルはとれないなと感じていました。だからこそ1年の延期を「時間ができた」と捉えて向き合えたことがすごくプラスに働いたと思っています。
――なるほど、ラッキーだった面もあったのですね。
ラッキーでしたけど、やはりしんどいことはしんどかったです。オリンピック後のことを考えた時に、全て先延ばしになるっていうのはすごく苦しかったですね。とくに、前年12月の練習が本当に苦しかったのですが、こんなに追い込む練習は最後だからと自分に言い聞かせて取り組んだのに、もう1度その苦しみを味わうことになると思ったらきついものがありました(笑)。
――1年延期になってもコロナ禍は収束せず、賛否両論あるなかでのオリンピック開催となりました。どんな心境でしたか。
すごく難しかったです。どうなってもオリンピックがあるんだと思ったのは6月下旬くらいだったと思いますが、それまでは、本当にできるのか、できるとしてもやって良いのかという葛藤が自分のなかでもありました。開催する価値があるのか、これまでの大会と同じように結果を喜んでもらえるのか、というような心配や不安もありました。
――金メダルを2個獲得したことで、多くの方々が喜んでくれたと思います。スポーツの価値、オリンピックの価値、水泳の素晴らしさを伝えていく選手としても期待が高まりますね。
大会前からスポーツの価値が問われていたと思いますが、私たち選手からは、一瞬でも「いいかも」とか、ちょっとでも「感動した」とか、心揺さぶられるものがあったらそれで良いと思います。仮に大会開催に反対をしていた人でも、大会を見ることで喜んでもらえたり、そういうメッセージをいただけたりしたことがすごくうれしかったです。いろいろな人の姿を見て「頑張ろう」とか「もうちょっとできるかも」と思えることは絶対にあると思うのですが、自分自身、今回少しできたかなと思います。ここまでたどり着いた道のりも含めて、自分をもっと知ってもらって、ちょっとでも勇気を持ってもらえたらうれしいです。
■プロフィール(東京2020オリンピック当時)
大橋悠依(おおはし・ゆい)
1995年10月18日生まれ。滋賀県出身。姉の影響を受け、幼稚園時代に水泳を始める。小学校3年時に50m背泳ぎで初めてジュニアオリンピックに出場。2014年に東洋大学に入学。17年日本選手権で優勝。同年、世界選手権では200m個人メドレーで銀メダルを獲得。200m・400m個人メドレーの日本記録保持者。21年東京2020オリンピックでは400m個人メドレー、200m個人メドレーで夏季大会では日本女子初となる2冠を達成。イトマン東進所属。
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