【日本選手権35km競歩】世界選手権銅メダリスト 谷井孝行コーチに聞く「新種目35km競歩の見どころと楽しみ方」後編

日本陸上競技連盟
チーム・協会

【JAAF】

昨年の東京オリンピックまでを区切りとして、今まで行われてきた50km競歩に代わり、35km競歩が世界大会の正式種目に加わりました。これに伴い、今年、7月に行われるオレゴン世界選手権の競歩は、20kmと35kmの2種目が実施されます。来る4月17日には、石川県輪島市で、世界選手権代表選考会を兼ねた「第106回日本陸上競技選手権大会・35km競歩」が開催。日本国内では、これが最初の35km競歩のレースとなります。

新たに始まった「35km競歩」には、どんな特徴があり、どういうタイプの選手が向いているのでしょうか? また、この種目を楽しむためには、どこに注目すればよいでしょうか?

35kmという種目が初めて実施された世界競歩チーム選手権(3月4〜5日、オマーン・マスカット)に日本選手団のコーチとして現地へ赴き、実際にレースを見てきた谷井孝行コーチ(自衛隊体育学校、2015年北京世界選手権男子50km銅メダリスト)に、ここでは特に男子に絞って、35km競歩の魅力や見どころを紹介していただきました。


文・写真:児玉育美(日本陸連メディアチーム)

見どころは「ラスト10km」か?激しいサバイバルレースの可能性も

―――日本選手権35kmは、公式YouTubeチャンネルでもライブ配信を予定しています。視聴者の皆さんに見逃してほしくない、「ここが勝負どころ!」といえる地点を挙げるとしたら、どこでしょう?

谷井:今、言ったように、派遣設定記録突破自体は、複数の選手が十分に狙える状況であるだけに、男子については勝負が面白くなると思います。特に、後半の駆け引きが見どころになってくるのではないでしょうか。35kmという種目は、昨年の東京オリンピックが終わってから、本格的に導入されてきたわけですが、展開とか勝負どころとかに関しては、まだ全体的に様子見といった状態です。世界競歩チーム選手権では「序盤はペースを抑えながらラスト10kmで勝負していく」という展開になりました。暑熱環境下で坂道という条件だったことも背景としてはありますが、それでも、現段階でいうのなら、やはり「ラスト10km」というのは一つの見どころになってくると思います。

―――つまり、25km通過以降、ということですね。

谷井:はい。ラスト10kmになれば、選手たちも、「ここから仕掛けても、最後まで持つだろう」とか「もう少しついていって、最後で勝負しよう」とか、そういうのが感覚的にわかるので、その時点での余力度に応じた戦略をいろいろと立てていけるんですね。また、ライバルに対しても、「この選手は、こういう勝負をしてくる」というのは十分に把握しているはずなので、戦略はより立てやすいと思いますね。

―――どんな形での戦いになりそうでしょうか?

谷井:競り合ったとしても終盤はマッチレースになりやすい50kmに比べると、35kmは、後半まで複数による駆け引きが行われる可能性は高いと考えます。最初の10kmくらいでペースが上がるなどのアクションがあったとしても、先頭集団はある程度の人数のまま後半まで進むのではないでしょうか。もちろん数は徐々に絞られてはいくでしょうが、本格的な駆け引きは、ラスト10kmを切ってからになってくるでしょうね。

―――マッチレースというよりは、複数でのサバイバルレースになる? 先頭集団に残っている選手たちで、生き残りを懸けるといったような…。

谷井:そういう展開も、十分に考えられます。

――― 小さな駆け引きがあったり、誰かがいきなり飛び出したり、ペースをコントロールして相手の脚を疲労させたり…。各選手が自分の強みを生かして、勝負を仕掛けてきそうですね。

谷井:そうですね。持ち味を生かした仕掛けがみられると思いますよ。例えば、20kmの選手たちが持つ「ラスト1kmが強い」とか「ラスト3km・5kmからの仕掛けが強い」などの特性が生かされるかもしれませんね。誰が、どのタイミングで、どんな戦略をとるのかも見どころになるはずです。

―――世界競歩チーム選手権のレースを見た限りでは、競り合いになった場合は、20kmを得意とする選手のほうが有利になるのかなと思ったりもしたのですが…。

谷井:それはあるかもしれません。50kmの選手は距離に対する耐性は持っていますが、35kmのレースでは、スピードに対する耐性も非常に大事になってきます。当然、レースでも50kmで歩く場合の平均スピードよりも速いペースが求められるので。ただ、距離への対応や必要となるペースなどを考えると、20kmの選手でも、1時間18〜19分台で歩ける地力がないと、35kmへの対応は難しいかなと思います。

―――50kmを得意とする人が戦っていくとしたら、どういう力が必要になるのでしょう?

谷井:取り組みとしては、トラックレースや20kmにもどんどん挑戦していくことでしょうか。35kmでの駆け引きに繋がる要素を、そうしたレースのなかで自分のものにしていくことが必要になってくるだろうと思います。また、レース展開でいうなら、50kmをメインとしてきた選手の場合は、もともとのスピードに差があるわけですから、トータルで勝負していかなければなりません。ある程度、序盤から速いペースでレースを進めていく必要があると思います。


世界のトップウォーカーが「WAJIMA」の結果に注目する

【フォート・キシモト】

―――自分が何を得意としているか、あるいはライバルがどんな特徴や傾向を持っているかによって、いろいろな戦略やレースパターンが出てきそうですね。

谷井:魅力は、これからどんどん増えていくと思いますよ。まだ、導入されたばかりなので、実は、選手たちも手探りで進めている状況です。35kmという距離に対して、「どのくらいのペースで、どのくらい行けば最後までもつのか、あるいは、もたないのか」ということが、まだ選手たち自身も、感覚的につかめていないんですね。例えば、20kmで1時間17〜18分台で歩ける選手にしてみれば、1km4分ペースというのは、余力を持って歩けるスピード。そう考えると、先ほどの予想を覆すことになってしまいますが、「スタートから1km4分ペースで押しきってどこまでいけるか」というレースに挑む選手が出てくる可能性だってあります。そういう意味では、4月の日本選手権でどんなレースが展開されて、どんな記録が出るかは、世界的にも1つの目安になってくるんじゃないかなと思っています。

―――なるほど。世界的にみても、まだ、35kmのペースやパターンの傾向は、まだわかっていないから…。

谷井:はい。正式種目となってから実施されたレース数自体が、まだそんなに多くないというのもありますし、海外の選手も様子見というか手探りの状況でレースしているはずなので、まだタイムも引き上げられていないというのが現状なので。そういう意味でも、高い記録水準にある顔ぶれで競う今回の輪島で出た記録は、世界で注目されて、一つの目安になっていくんじゃないかと思いますね。世界のトップ選手たちは、まずはその記録を指標にして、トレーニングや戦略を立てるようになるでしょう。その上で、記録自体は、さらに引き上げられていくことになるだろうとみています。

―――「世界が注目するレース」、ワクワクしますね! 男子35kmのオレゴン世界選手権代表は、2019年ドーハ世界選手権50km優勝の鈴木雄介選手(富士通)が、すでにワイルドカードで出場権を獲得していて、日本からは最大4選手が出場可能な状況です。世界選手権に向けた戦いという意味でも、また、日本選手権における35km初代チャンピオンの座を懸けてという意味でも、勝負の行方が気になるところです。世界のトップウォーカーたちが注目するなかで行われるレースが、大いに盛り上げることを楽しみにしたいと思います。本日は、ありがとうございました。
(2022年3月20日収録)

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