荒木遼太郎 SQUAD NUMBERS〜13〜「背番号に込める、クラブの期待の大きさ」【未来へのキセキ-EPISODE 8】

鹿島アントラーズ
チーム・協会

【©KASHIMA ANTLERS】

「SQUAD NUMBERS〜背番号の記憶」
これまで数多くのレジェンドがアントラーズ伝統の背番号を背負ってきた。
積み重ねた歴史が生み出した、背番号に込められた重みと思い。
そして、継承するアイデンティティ。
そこには背番号を背負ったものたちの物語が存在する。
創設30周年を迎えた2021シーズン、クラブがリーグ戦毎ホームゲームで特別上映している背番号にまつわるストーリー。
それぞれが紡いできた物語を胸に、今を戦う現役選手が背負う思いとは。
今回は背番号13 荒木遼太郎の覚悟を、ここに紐解く。


 運命の分かれ道は、幼少期に早くも訪れた。熊本県山鹿市で育った少年は、九州一帯を熱くさせるプロ野球の福岡ソフトバンクホークスに憧れ、白球を追いかけていた。

「最初は野球をしていたんです。ポジションはショートとか、よくボールが飛んでくるところが好きでした。その後、サッカーをちょっとやってみたら、ゴールを決めたときがとてもうれしくて。それからは主にサッカーをして、野球はたまにやるような感じでした」

 今でもニュースで福岡ソフトバンクホークスの試合結果を気にするが、自身はそれ以来、サッカーの道をひたすらに進んできた。2020年、荒木遼太郎は東福岡高校からアントラーズへ加入した。合流早々の宮崎キャンプで、当時の指揮官だったザーゴ氏から「(他の選手と)違うものを持っている感覚があった」と、その才能に一目置かれた。

 1年目はクラブとして内田篤人以来となる高卒新人でのリーグ開幕戦プロデビューを飾るなど、ザーゴ前監督のもとで頭角と現していった。そして今季は、2年目のジンクスなんて何のその。むしろ飛躍のシーズンを送っている。リーグ開幕戦から3試合連続ゴールは、10代では城彰二氏以来となる27年ぶりの記録となった。

 その背中には「13」の数字が記される。鈴木満フットボールダイレクター(FD)が「13番は柳沢敦ですよ。ポジション云々ではなくて、柳沢そのものがアントラーズの13番というイメージ」と言うように、クラブの歴史に名を刻むレジェンドが確立したナンバーだ。

【©KASHIMA ANTLERS】

 さかのぼること、25年。
その番号を背負いし先人も、プロ1年目からJリーグの舞台で躍動した。シーズン中盤に4試合連続ゴールを挙げ、その年のリーグ優勝に貢献している。2002年生まれの荒木は、そのときまだ生まれていない。「13番の責任や、その番号の重みについての話をスタッフから聞きました」と、アントラーズにおけるその数字の意味を理解した。

「今年(2年目)は試合に出るだけでは満足できません。試合に出て、どれだけ結果を残せるかが大事になってきます。ピッチに立って満足するのではなく、結果を残してチームの勝利に貢献していきたい」

 9月までにリーグ戦9得点。大台の2ケタゴールまで、あと1点に迫る。「一番大きな変化だった」と振り返るように、4月に相馬直樹監督体制となってからはトップ下のポジションに移り、より存在感を示していく。

「トップ下に入ることによってプレーの幅が広がり、選択肢も増えていって、試合を重ねていくうちにどんどん自信がついていった。周りからの信頼も増すなかで、自分のプレーというものを思い切り表現できるようになったと思っています」

 その成長速度は緩まない。神出鬼没に顔を出し、味方からのパスを引き出して攻撃を活性化させていく。身長170センチと上背はないものの、相手とのフィジカルコンタクトで物怖じする様子はない。

「練習では常に健斗くん(三竿)が強烈なタックルをしてくるので、それを体感して学んでいます。健斗くんのタックルに対応できるようになれば、Jリーグの試合でも怖いものなしでプレーできると思っていますので(笑)」

 日々のトレーニングが、高卒2年目の荒木をたくましくしている。チームメートであり、ライバルでもある同期加入の染野唯月、松村優太、山田大樹の3人も切磋琢磨する存在だ。

 振り返れば昨年8月、ルヴァンカップの清水エスパルス戦で染野と松村がプロ初ゴールを挙げたことで、荒木の闘志に火がついた。「同期2人がゴールを決めていて、自分はまだ決められていない。だから、自分も決めたいという気持ちがあった」と、直後のヴィッセル神戸とのリーグ戦で荒木も初めてゴールネットを揺らした。

「荒木にはもうどれだけ期待しているか。そのことを理解してくれ、ということで13番にしたと話しています」

 鈴木FDの期待感の表れは言葉だけではない。「今年は国内移籍で即戦力となる実績のある選手を獲得しませんでした。というのも、今いる若手の伸びしろに懸けているからです」と、2021シーズンは新人と外国籍選手の獲得だけにとどまった。いわば荒木ら若手選手の成長が、今季のアントラーズにおける最大の戦力補強でもあった。

「自分たちが“未来のアントラーズ”の中心となって、チームをリーグ優勝や、かつて成し遂げた国内3冠という偉業に導くことができれば、すごく理想的だと思っています」

 アントラーズの新たな30年が幕を開けた。クラブ伝統の13番は10代の若者が背負い戦っている。そのナンバーの歴史が始まったときと同じように。

「子どもたちに憧れを持ってもらえるような存在に自分がなれるように、チームのために戦っていきたいです」

 次の30年のキャンバスには、背番号13が栄光を描いていく。

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著者プロフィール

鹿島アントラーズ

1991年10月、地元5自治体43企業の出資を経て、茨城県鹿島町(現鹿嶋市)に鹿島アントラーズFCが誕生。鹿角を意味する「アントラーズ」というクラブ名は、地域を代表する鹿島神宮の神鹿にちなみ、茨城県の“いばら”をイメージしている。本拠地は茨城県立カシマサッカースタジアム。2000年に国内主要タイトル3冠、2007~2009年にJ1リーグ史上初の3連覇、2018年にAFCアジアチャンピオンズリーグ初優勝を果たすなど、これまでにJリーグクラブ最多となる主要タイトル20冠を獲得している。

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