歴史から考えるコロナ禍後のスポーツビジネスの世界 (後編)

チーム・協会

【© GIRAVANZ】

III. コロナ禍を越え、次なる危機へ備えるために

1. コロナ禍だけでは終わらないパンデミック

前編で述べた通り、COVID-19ワクチンの供給が2020年末から各国で始まることから、ひとまずコロナ禍の出口は見えつつあるともいえそうだ。しかし、近年、2002-2003年のSARS、2009-2010年の新型インフルエンザ、2015年のMERSのように、新たな感染症が流行する頻度が増加していることを踏まえると、コロナ禍が終わったとしても次なるパンデミックの可能性は否定できない。

図3 近年、感染症が流行する頻度が増加しており、今後もそのトレンドは続くものと考えられる。故に、コロナ禍の次のパンデミックに備えることが求められる 【© Deloitte Tohmatsu Group.】

感染症流行の頻度が増加しているのは何故なのだろうか。その背景には、大きく3つの要因があると考えられている (図3) 。まず都市人口の増加である。1950年には7億人だった都市人口が2018年には42億人 (世界人口の55%) にまで増加しており、ウイルスや細菌に好都合な“密”な環境が生まれている。二点目は森林開発だ。増加した人口を支える食糧増産等のために森林が切り開かれたことで、従前は人類が接触し得なかった未知の病原体に感染する機会が増加した (例: エボラウイルス)。三点目はグローバリゼーションである。グローバリゼーションの進展に伴い人々の移動が加速度的に増加した結果、過去には局所的な流行で済んでいたであろう感染症が全世界へ伝播しやすい状況が生まれている。

これら3点が今後急速に逆回転するとは考えづらいことから、我々はコロナ禍後にも次なるパンデミックが襲ってくることを前提に生きていくことが求められる。そして、スポーツ界としてもそれを前提に、非常時オペレーション体制の整備や、事業ポートフォリオの分散、そして中長期的には三密の回避が可能なスタジアム・アリーナ空間の整備等、事業を再構築していくことが求められそうである。

その意味においては、2021年夏に延期となった東京オリンピック・パラリンピックは、パンデミック対応の初の大型スポーツ大会として、今後のパンデミックを前提とした世界におけるモデルケースとなる可能性があり、極めて開催意義の大きい大会であると言える。

2. コロナ禍におけるスポーツ界の対処・回復・飛躍シナリオ

図4 コロナ禍においてスポーツ界は逆境に立たされているが、成長の布石を打っておくことでコロナ禍後の飛躍を実現し、次なるパンデミックにも対応できるものと考える 【© Deloitte Tohmatsu Group.】

さて、ではスポーツ市場に対峙する企業・組織が現在のコロナ危機を乗り越え、また次なるパンデミックに備えるためには、どのようなアクションを取ったら良いのだろうか。デロイト トーマツ グループでは、Respond (対処)・Recover (回復)・Thrive (飛躍)の3段構えでの対策を講じることが効果的だと考えている (図4)。

1. Respond (対処): このフェーズでは感染症危機への緊急対応として、選手・関係者・観客の安全を確保し、リモートワークへの切り替え等を行う (我が国ではコロナ禍におけるこのフェーズは既に終わったものと考えられる)

2. Recover (回復): 次に緊急対応後、段階的に事業を復旧させていくフェーズへ移行する。復旧への道筋を確かなものとしながら、同時に飛躍のための準備を進めなければならない。このフェーズにおいては以下のような論点が考えられる。
● 無観客・一部観客受入を経て段階的に再開するなかで、どのようにファンの繋ぎ留めを行い、マネタイズへと繋げるか
● 全面的な試合再開が難しい中、どのようにスポンサーに貢献し、繋ぎ留めを行うか
● リモートワークを活用する中で、どのように効果的な組織マネジメントを行うか
● キャッシュの流出に歯止めを掛け、どのように当面の稼働に必要な資金を確保するか (融資、補助金の活用等)
● パンデミック後には、どのような姿を目指すのか。そのための成長戦略はどのようなものか
● 感染症拡大防止に対応したスタジアム・アリーナおよび観戦体験とはどのようなものか

3. Thrive (飛躍): 回復を超え飛躍を遂げると同時に、来るべき次のパンデミックへの備えを行うフェーズであり、以下のような論点が考えられる。
● Recoverフェーズで立てた成長戦略を、限られたリソースの中、どのように実行するか
● 次なる流行の波や新たなパンデミックが到来した時にも持続的な経営を行うためには何をすべきか (BCP策定、事業ポートフォリオ分散等)
● 感染症拡大防止対応のスタジアム・アリーナおよび観戦体験をどのように実現するか
● 本フェーズに必要な資金をどのように獲得するか (増資、M&A等)


IV. スペイン風邪禍の時、スポーツに何が起きたか

図5 1918年のスペイン風邪禍において、米MLBの平均入場者数は大幅に減少したが、すぐに揺り戻し作用が起き、1年で “超回復” を遂げた 【© Deloitte Tohmatsu Group.】

最後に、100年前に起きたスペイン風邪 (インフルエンザ) 禍において野球の米MLB (メジャーリーグ) で何が起きたかを紹介しておこう。米国では、スペイン風邪が流行すると感染拡大防止のため、現在と同様にソーシャルディスタンシングやマスク着用が推奨された (選手がマスク着用でプレーをしたという記録も残されている)。

この影響で、MLBのスタジアム平均入場者数はスペイン風邪の流行した1918年シーズンには前シーズンの約4,200人から約3,000人にまで激減した (なお、入場者数減少には、第一次世界大戦の影響もあると見られる)。人々は密なスタジアムを避けたわけである。ところが興味深いことに、その翌シーズンには一転、約5,800人にまでV字回復を遂げ、翌々シーズンには7,300人を超えて当時の動員記録を樹立するに至っている。スペイン風邪禍を経て “超回復” を遂げたのである (図5)。

MLBが超回復を遂げられた理由は定かではない。ただ、スペイン風邪禍の他にも、大恐慌・第二次世界大戦・911同時多発テロ等、大きな厄災で入場者数が減少した後には必ず “超回復” が起きたことにも併せて触れておきたい。また、先述のペスト禍の後にも (しばらく時を経てではあるが) ルネサンスが花開いたことを踏まえると、人間というものはパンデミック等で行動が制限され心が荒むと、反動的にスポーツや芸術といった心を揺さぶられる人間的な活動に救いを求めるものなのかも知れない。

だとすると、スポーツというものはコロナ禍当初に言われていたような “不要不急” の存在ではなく、人々を励まし心に安らぎを与える極めて大きな意義を持つ活動であると言うことができるだろう。

現在と過去とでは社会経済情勢が大きく異なるため安易に同一視することはできないものの、スポーツが人々の娯楽や生活の一部として確固たる地位を築いている今、今回も同じように “超回復” を遂げる可能性は決して小さくはないのではないだろうか。

著者:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
   スポーツビジネスグループ シニアアナリスト 太田和彦

◆本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。


<参考文献>

1. 病が語る日本史, 酒井シヅ, 講談社, 2008年

2. WHOをゆく 感染症との戦いを超えて, 尾身茂, 医学書院, 2011年

3. ペストの歴史, 宮崎揚弘, 山川出版社, 2015年

4. 詳説世界史研究, 木村靖二・岸本美緒・小松久男, 山川出版社, 2017年

5. 感染症の世界史, 石弘之, KADOKAWA, 2018年

6. 2018年度国民経済計算, 内閣府, 2019年

7. Air transport, passengers carried, World Bank https://data.worldbank.org/indicator/IS.AIR.PSGR

8. A visual history of pandemics, World Economic Forum, 2020/3/15, https://data.worldbank.org/indicator/IS.AIR.PSGR

9. Major League Baseball Miscellaneous Year-by-Year Averages and Totals, Sports Reference, https://www.baseball-reference.com/leagues/MLB/misc.shtml

10. 17年前のSARSから学ぼう、新型コロナ終息後の景気動向は?, 36KR JAPAN, 2020/3/18, https://36kr.jp/56770/

11. 土師野幸徳, “コロリ” 対策も「手洗い」「換気」が重要だった:幕末から明治にかけてのコレラ大流行と予防法, Nippon.com, 2020/4/5, https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00854/

12. 在宅勤務に関する調査, 楽天インサイト, 2020/4/30, https://insight.rakuten.co.jp/report/20200430/

13. 三石晃生, パンデミックの歴史が見せる未来の姿, THINKABOUT, 2020/5/12,  https://corp.netprotections.com/thinkabout/4163/

14. 宮本勝浩 関西大学名誉教授が推定 ◆新型コロナによるプロスポーツ業界の経済的損失〜プロスポーツ業界全体で、約1,272億円 関連業界を含めると、約2,747億円〜, 大学プレスセンター, 2020/5/13, https://www.u-presscenter.jp/article/post-43654.html

15. 第三回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査, パーソル総合研究所, 2020/6/11, https://rc.persol-group.co.jp/news/202006110001.html
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著者プロフィール

デロイト トーマツ グループは、財務会計、戦略、マーケティング、業務改革など、あらゆる分野のプロフェッショナルを擁し、スポーツビジネス領域におけるグローバルでの豊富な知見を活かしながら、全面的に事業支援を行う体制を整えています。またコンサルティング事業の他、国内外のスポーツ関連メディアへの記事寄稿などを通し、スポーツ業界全体への貢献も積極的に行っています。

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