どん底からFの頂へ。大分・V字回復のキーマンは3季ぶりに帰ってきた闘将と活動休止から復活したエース。
【SAL】
Fリーグ2019/2020 ディビジョン1 第3節で、名古屋オーシャンズをホームに迎えたバサジィ大分が、5?2で勝利。昨シーズンのレギュラーシーズンを無敗で突っ走った王者を、早くも撃破したのだ。大分は、2シーズン前に最下位に沈んだチーム。「波乱が起きた」と言われそうだが、この結果に驚きは少ない。今シーズンの大分は、優勝を狙えるチーム力を十分に備えているからだ。
3試合を終えて3連勝。大分はなぜ、強くなったのだろうか。
チームを鼓舞する“両極端な闘将”
「伊藤さんはもしかしたら、まだ我慢しているんじゃないかと思います。前のときはもっと熱かったですから(笑)。それを知っているから、僕ももっとやれる。最高の監督なんです」
チームの精神的支柱であり、エースの仁部屋和弘は、伊藤雅範監督に絶大な信頼を寄せている。
仁部屋といえば実は、日本国内で最も「戦う姿勢」を問われてきた選手である。大分の“秘蔵っ子”であり、日本代表で10番を背負いながらも、鬼気迫るようなプレーに欠けている、と。ただそれは、彼の物腰柔らかな性格がそう見せるだけであって、彼自身のなかにはいつでも闘争心があった。
「戦うって、いろんな“戦う”があると思います。声を出すとか、結果を出すとか、1対1で負けないとか。でもとにかく、勝てばいいと思っています。それは(日本代表の)ブルーノ監督にも言われてすごく腑に落ちたのですが、そういう部分では、僕にも強い気持ちがあると思っています」
伊藤監督と仁部屋。性格的には真逆のように見える2人だが、彼らには共通の“絵”が見えている。「勝つこと」。そこへ導くためのアプローチは異なるが、彼らは常に、熱く戦い続けている。
2018/2019シーズンに3季ぶりに大分の指揮官に復帰した伊藤雅範監督 【SAL】
第2節のフウガドールすみだ戦で、伊藤監督がベンチに向かって「盛り上がっていけ!」と声を荒げる場面があった。一般的に、トップチームの監督がそうやって選手を鼓舞するシーンを見るのは稀だ。「声を出せ!」、「気持ちを見せろ!」というのは、戦術を度外視するように見える側面もある。しかし伊藤監督のそれは、戦術を加速させるためのスパイスであり、選手のスイッチでもあるのだ。
そうやって背中を押された選手は、ピッチでハイパフォーマンスを披露する。
「伊藤さんはよく『点を取ってこい!』と言ってピッチに送り出すんです。それで『はい、いきます!』とやると、点を取れたりする。やるべきことをパッと伝えてくれるんです。伊藤さんのそういうところは本当にすごい。サポートというか、力を貸してもらっています」
今シーズン、3試合で3得点を挙げている仁部屋のプレーを見れば、伊藤監督に送り出されて“ノッている”ときがよくわかる。第3節の名古屋戦でも、右サイドで股抜きのドリブル突破から数的有利を作り出し、味方に預けたボールの折り返しを決めて、3?2と勝ち越す決勝弾をもたらした。
昨シーズン開幕前の5月、「家庭の事情」を理由に活動休止。4カ月後に復帰してからトップフォームを崩していたが、伊藤監督が「(復帰して)最初に見たときは素人かと思った」という面影はもうない。
決して万全ではないが、伊藤監督の魂が宿るように、心技体のすべてで、再びエースとして君臨している。
監督と選手が織りなす強固なメンタリティ。それこそが、大分の強さの理由だろう。
優勝する未来へと突き進むチームづくり
2015/2016シーズンからの3年間で7位、8位、12位と順位を落としたが、それ以前は優勝争いの常連だった。前期・後期制のレギュラーシーズンで2位になった2013/2014シーズンは、プレーオフファイナル第1戦で名古屋を7?6の激闘の末に破り、リーグ優勝にあと一歩まで迫り(第2戦は0?7で惨敗)、翌2014/2015シーズンは圧倒的な攻撃力を武器にリーグ2位となって、2年連続でプレーオフに出場(1stラウンドでシュライカー大阪に敗退)。この2年間は、伊藤監督が指揮していた。
名古屋に次ぐとされるクラブ規模を誇り、選手はプロに近い環境でトレーニングできるために、「名古屋を最初に倒すべきは大分」と言われ続けた彼らは、打倒・名古屋の筆頭だったのだ。
「何かを取り戻すという表現は好きではありません。新しいものを作っていく、それが私の責務です。熱い情熱を持って全力で戦います。一緒に新たなバサジィ大分を作っていきましょう」
2018年3月の再任時に、伊藤監督は「戻る」ではなく「新たに作る」と話したが、再スタートを切った大分が今まさに目指すのは、「優勝できなかった」過去ではなく、「優勝する」未来だ。
過去から未来へ。新チームで進化を遂げる彼らは、実際にどういう変化を見せているのか。
5名の新加入選手を加えてFリーグの新シーズンに挑むバサジィ大分 【SAL】
今シーズンを前に、現役引退した狩野新や原田浩平、新天地へ移った田村研人、上福元俊哉、森村孝志らトップレベルの選手を含めて大量9人が退団。その一方で、獲得したのは5人。経験値の高い石黒紘久、日本代表でも成長が期待される矢澤大夢という2人のゴレイロ、Fリーグ選抜から瀧澤太将、湘南ベルマーレから小門勇太、大阪から3年ぶりに復帰した芝野創太。ポジションのバランスを含めて、キーマンを手放しながらも、その穴を補える選手を加えたという意味では均衡した印象だ。
しかし、伊藤監督が目指すフットサルは、このメンバーで間違いなく加速した。
2位で行くプレーオフには興味がない
第1節の立川・府中アスレティックFC戦後に、仁部屋はそう振り返った。1週間前のリーグカップ戦で3?6と敗れた相手と再戦して勝利したことへの満足はなかったが、一方で、自身のなかにある手応えも実感しているようだった。仁部屋が「全員がバサジィのために試合できている」と付け加えたが、大分の選手たちは、ピッチ上で迷いを見せることが極端に少ない。
攻撃では「縦に速く」、守備では「失点しない」。それが大分のコンセプトであり、勝利に対して最短ルートを提示する伊藤監督の信条でもある。今シーズンの彼らは、特にそこが明確なのだ。
伊藤監督が「正直に言うと、まだどういう戦いをするか模索している」と話していた第1節も、第2節も、レイチ、小門、芝野というピヴォをベースに(ほぼ)3セットを組んで、試合中盤以降はセットを様々に組み替えながら、すべての選手が同じくらいのプレー時間のなかで戦い切っていた。
ケガ人などの影響で全員がそろった試合はリーグカップ戦が初めてだったからこそ、組み合わせやバリエーションを見極める意味もあっただろう。しかし、プレー強度が高く、選手交代が不可欠なフットサルの競技特性を考えれば、より多くのメンバーが“短時間集中”で力を出し切って戦えることは、何よりも大きなメリットであることは言うまでもない。
チームには戦略、戦術があるものの、2セット未満で戦う場合の最大の理由は、その構成がチームの最大値を出せるから。逆に言えば、残りの選手を含めた全員のレベルが最高水準に達していないということでもある。
つまり大分は、3セットの全員が、最後まで最高水準のプレーを出せる実力と体力、精神力を兼ね備えたメンバーだということがわかる。逆転勝利を収めた第2節のすみだ戦も、第3節の名古屋戦も、大分はベンチ入りしたメンバーのうち、ゴレイロを除くフィールドプレーヤー全員がピッチでフル稼働していた。
選手も監督も「完成度はまだまだ。課題ばかり」と話すように、まだ3試合を終えたばかり。この先、大分が勝ち続けられるとは限らない。しかし、彼らの強さは、確実に「これまで以上」だ。
「正直、2位でプレーオフに行くことは興味がない。リーグ1位でプレーオフを迎えたい。僕たちにはそれができることを示して、引っ張っていけるチームにならないといけない」
残り30試合。「個人的には、リーグ優勝して、日本代表でもアジアで一番の選手になる」と意気込む仁部屋を筆頭に、キーマンがそろう大分は、今シーズンこそ“過去”を超えられるか。
取材・文 本田好伸(SAL編集部)
チームの精神的支柱でありエースの仁部屋和弘。昨季途中、活動休止から4カ月ぶりにピッチに復帰した 【SAL】
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