【順天堂大学】脳、腸内細菌、厚底シューズ、AI体操―。新たな発想でトップアスリートをさらなる高みに押し上げる研究拠点「HPTRC」
【JUNTENDO UNIVERSITY】
オリンピックや世界大会、MLB、NBAなど世界の舞台で活躍し、人々に勇気や感動を与えている日本人選手たち。順天堂大学では、そうしたトップアスリートの国際競技力向上と若手研究者育成に貢献する研究拠点を設置し、スポーツ科学、医学、データサイエンスなどの分野を融合した新しい取り組みを進めています。先進的なスポーツ医科学専門の研究者と、第一線で活躍するアスリートやコーチングスタッフの両方を併せ持つ順天堂大学だからこそ実現した研究拠点の役割として、スポーツ医科学に特化した先端的なテーマ別研究、次世代を担う研究者の育成、ハイパフォーマンススポーツセンターとの連携などについて、「順天堂大学ハイパフォーマンス・トランスレーショナル・リサーチ拠点(HPTRC)」の拠点長を務める和氣秀文教授にうかがいました。
順天堂大学ハイパフォーマンス・トランスレーショナル・リサーチ拠点(HPTRC)は、日本代表クラスのトップアスリートのパフォーマンス向上を目的とした、先端的な研究を行う拠点です。順天堂大学には、スポーツ科学と医学の研究者が連携してスポーツ医科学研究を行ってきた長い歴史があります。また、2023年には健康データサイエンス学部が誕生し、本学のスポーツ医科学研究をさらに発展させる新たな視点が加わりました。そうした強みを活かし、HPTRCではスポーツ健康科学部、医学部、健康データサイエンス学部の研究者がタッグを組み、これまでにない視点でアスリートをさらなる高みに押し上げる研究を進めています。
和氣 秀文 教授
【JUNTENDO UNIVERSITY】
拠点名にある「トランスレーショナル・リサーチ」とは、医学分野でよく使われる言葉で、「基礎研究から臨床現場への橋渡し研究」を意味します。つまり、HPTRCで取り組む研究は、研究成果を論文や学会で発表することにとどまらず、実際にアスリートのトレーニング現場に実装して競技成績を伸ばすことをゴールとしている、ということです。本学には、スポーツ医科学に取り組む多くの研究者、そして、学生トップアスリート、指導者やコーチングスタッフがいます。研究と実践の場がシームレスにつながっている本学は、まさに橋渡し研究にうってつけの環境であり、本学だからこそ生まれる研究成果に大きく期待しているところです。
HPTRCの取り組みは、国内全体のハイパフォーマンス研究と競技力向上を推進する日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)と研究・人材育成・人材交流を通じて、有機的な連携体制を構築しています。特に昨年10月に本事業拠点となるさくらキャンパスに診療所が開設し、本学のアスリートは医師、理学療法士、アスレチックトレーナーなど多方面からのサポートを受けられる環境が整いました。この先端的なアスリートサポート体制をHPSCと共有し、診療活動や研究を発展させていく取り組みも始めています。
さくらキャンパス診療所①
【JUNTENDO UNIVERSITY】
さくらキャンパス診療所②
【JUNTENDO UNIVERSITY】
HPTRCでは現在、4つの先端的研究プロジェクトが進行中です。いずれもこれまでにない発想で競技力向上への貢献を目指しています。
【JUNTENDO UNIVERSITY】
これまでアスリートの脳機能の研究の多くは、体を動かす技能に関わる大脳をターゲットに行われてきましたが、このプロジェクトでは、心肺機能や血液循環機能を調節する脳幹にも注目し、機能解析を進めています。さらに、先端的なMRI技術によって脳のネットーワークを解析し、競技成績の変化との関係を調べることでアスリートの成長過程を評価します。また、VR/ARトレーニング法を開発、実践し、その効果を評価します。これらを通して、競技力向上をもたらす脳のネットワークの変化とはどのようなものかを明らかにし、それを促すトレーニング方法の開発に繋げることを目指します。
◆腸内細菌叢タイプ別に持久力向上に有効な物質の特定と食品の探索
【AdobeStock】
近年の研究で、腸内細菌によってつくられた短鎖脂肪酸が、アスリートの持久力を高めることが報告されています。一方で、人間の腸内細菌叢は一人ひとり違うため、同じ食品や成分を摂っても、全員が同じ効果を得られるとは限りません。そこで、持久系種目の男子大学生アスリートの腸内細菌叢を分析していくつかのタイプに分類し、タイプ別に短鎖脂肪酸をより多く作る食品成分はどのようなものかを探っています。消化器内科学を中心とする医科学、スポーツ科学、情報科学分野を融合した研究です
◆厚底シューズが身体に及ぼす影響と障害予防に関する研究
【JUNTENDO UNIVERSITY】
近年の陸上長距離界では、高反発(厚底)シューズの普及により競技の高速化が進む一方で、高反発シューズに特有の故障リスクが指摘されています。本研究では大学長距離ランナーを対象に、高反発シューズの使用状況と障害の発生に関するデータベースを構築し、スポーツバイオメカニクスの観点からその関係性を分析し、障害予防につながる要素を抽出します。その成果は、競技力の向上だけでなく、障害予防にも寄与するトレーニングなどの開発、および個々に適したシューズの選択などに活用されることが期待され、本学以外の選手にも広く還元します。
◆AI体操採点支援システムを活用した次世代型トレーニングの開発
【JUNTENDO UNIVERSITY】
体操競技で導入されているAI体操採点支援システムでは、演技者の骨格モデルを推定し、身体分析点の3D座標を取得することができます。このシステムで得られた3D座標データに基づく動作分析結果と指導者の経験知を統合して、指導の要点の明確化や新たなトレーニングの開発に繋げます。また、体操競技で得られた知見から、体操競技以外の種目への応用も考えられることから、さまざまな競技の国際競技力の向上に貢献することを目指しています。
ハイパフォーマンス研究の領域ではこれまで、筋力に関する研究が数多く行われてきましたが、HPTRCでは、これまでにない視点で生まれたユニークで先進的なテーマを扱っています。一般的に「スポーツの研究」と聞いてイメージするものとは少し違った発想と、より広い視野でハイパフォーマンス研究を進め、新しい角度から選手たちをサポートしていきたいと考えています。
HPTRCには、トップアスリートのパフォーマンス向上のほかに、もう一つ大きな役割があります。ハイパフォーマンス研究の未来を担う若手研究者の育成です。
【JUNTENDO UNIVERSITY】
そのために本年度から、大学院に新たな認定プログラムを新設するとともに、すでに研究機関などでの実績を持つ方が1年で修士号を取ることができる1年制大学院(博士前期課程)も設置しました。大学院の「ハイパフォーマンス科学認定プログラム」は、スポーツ健康科学研究科の学生を対象に、ハイパフォーマンスに特化した科目の受講、企業や研究機関でのインターンシップを通して、現場に還元できるハイパフォーマンス科学の高度な知識や研究力を養うものです。トップアスリートの育成のみならず、研究分野でも世界レベルの人材を育てるため、博士後期課程では国際学会での発表を義務づけています。プログラムが設けた条件を満たした学生には、修士・博士の学位とは別に、「ハイパフォーマンス・リサーチャー」(博士前期課程)、「ハイパフォーマンス・リサーチャー(アドバンス)」(博士後期課程)の称号を与えます。初年度の2024年度は、博士前期5名、博士後期2名の計7名がプログラムを履修し、学会発表を行うなど積極的に研究に取り組んでいます。
私たちHPTRCは、ハイパフォーマンスに関する研究、教育、HPSCとの連携を通して、トップアスリートの競技力向上につながる成果を積み重ね、学内のみならず、日本全体、そして世界に発信することを目指します。そしてその成果を一人でも多くのアスリートに還元し、スポーツの世界をさらに盛り上げていきたいと思っています。
【JUNTENDO UNIVERSITY】