【月1連載】現地記者の日本人選手ラ・リーガ奮戦記

物議を醸した久保の“トッポ・ジージョ”ポーズ “適応エクスプレス”と呼ばれる浅野の現地評

山本美智子

第2節のエスパニョール戦で、途中出場からゴールを奪った久保が“トッポ・ジージョ”ポーズ。現地スペインでもこの話題でしばらくは持ちきりだった 【Photo by Pedro Salado/Getty Images】

 スペイン在住がすでに25年以上に及ぶ日本人ライターによる、月1回の連載コラム。レアル・ソシエダで3年目のシーズンを迎えた久保建英と、今シーズンからマジョルカでプレーする浅野拓磨の動向を中心に、文化的・歴史的な背景も踏まえながら“ラ・リーガの今”をお届けする。第1回目は、調子が上がらないチームで苦闘を続ける久保、驚異の適応力で新天地にフィットした浅野――対照的な2024-25シーズンのスタートを切った2人の現状をリポートする。

「タケが怒っていると言ったのか?」

 2024-25シーズンのラ・リーガが開幕してからすでに半月が経過し、8月30日に夏の移籍市場がクローズしてようやく、「シーズン本番!」という雰囲気になってきた。

 このタイミングでインターナショナルマッチウイークを迎え、国内リーグは一時休止する。ファンとしては盛り上がってきた気分を削がれる格好だが、開幕ダッシュに失敗したチームにとっては修正点を洗い出し、立て直しを図るチャンスと言える。

 そういった修正を迫られているチームの1つが、久保建英が所属するレアル・ソシエダだ。第4節を終えた時点で、勝利は久保の決勝ゴールによって1-0で逃げ切ったアウェイのエスパニョール戦(第2節)のみ。

 この試合で先発から外れた久保の、ゴール後のパフォーマンスが日本で話題となったようだが、地元のドノスティ(サン・セバスティアン)でも、それから約1週間、連日この話題で持ちきりだった。

 試合後、会見場ではいつも比較的穏やかなイマノル・アルグアシル監督が――後日、久保が直接謝罪に来たと説明したにもかかわらず、その場にいた記者たちに向かって、「(タケが)君たちにベンチスタートだったことで怒っていると言ったのか? 彼が怒っていると言ったのか?」と追及していた姿が印象的だった。

 この件について、元ソシエダの選手で、現在はDAZNでコメンテーターを務めるロペス・レカルテが、「イマノルは、もう少しうまくロッカールームを管理する必要がある」と話していたが、実は同じような声は他からも聞こえてくる。

 久保のゴールパフォーマンスは、確かに妥当なものではなかったかもしれない。スタメンを決定するのは監督の権限だからだ。しかし、それを選手に納得させられず、不満を抱かせてしまった側にも少なからず責任があるのではないか、というわけだ。

 あの場面を見て、元アルゼンチン代表MFフアン・ロマン・リケルメの代名詞でもあった“トッポ・ジージョ”ポーズを思い出したファンも多いだろう。両耳の後ろに手を当てるこのパフォーマンスは、リケルメ本人の言葉から表向きは「トッポ・ジージョが好きな娘に捧げたもの」とされているが、実際は別の意味が込められていた。

 当時、ボカ・ジュニオルスでの自身の待遇に不満を抱いていたリケルメが、マウリシオ・マクリ会長をはじめとするクラブ首脳陣に向けて、「(お前たちには)サポーターの声が聞こえているのか?」という抗議のメッセージを送ったのだ。

 もう四半世紀近くも前に一世を風靡(ふうび)したこのポーズを、その後も多くの選手がまねしてきた。最近ではリオネル・メッシがオランダ代表のルイス・ファン・ハール監督(当時)に向けて行なった、2022年のカタール・ワールドカップが記憶に新しい。試合前のファン・ハールのコメントが敬意に欠けていたことに対する不満の意思表示だったが、のちにメッシは後悔の言葉を口にしている。

 久保の“トッポ・ジージョ”ポーズの意図が、どこにあったのかは定かではない。しかしながらこのパフォーマンスには、抗議を表す意味で使われてきたという歴史があるのも事実なのだ。

地元紙が「何一つまともにできなかった」と糾弾

メリーノなど主力の退団に怪我人も重なり、深刻な得点力不足に苦しむソシエダ。前線のキーマンである久保がメディアの槍玉に上がることも少なくない 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

 その後、2試合連続でスタメン起用された久保だが、期待に応えたとは言いがたい。もっとも、アラベスに敗れ(1-2)、ヘタフェと引き分けた(0-0)責任が、久保だけにあるわけではない。ソシエダの開幕4試合の成績は1勝1分け2敗、3得点・4失点。とりわけ深刻なのが、得点力不足だ。この状況について、久保自身がヘタフェ戦後、スペインのテレビ局Movistar Plus+のカメラの前で、こんな説明をしている。

「僕らは最高の状態からはほど遠く」、なかでも一番の課題は「(相手の)ゴールマウスに向かう場面での正確性を向上させることだ」と。

 最後に「チームのやる気だけはどこにも負けない」と前向きな言葉を添えているが、しかしこうした分析はメディアのターゲットになりやすい。ヘタフェ戦の翌日、地元紙『ノティシア・デ・ギプスコア』は、久保のプレーをバッサリとこう切り捨てている。

「最悪。この手の試合の鍵になるべき選手なのに、何一つまともにできなかった」

 もっとも同紙は、ソシエダの選手全員をほぼ同様の形で断罪しており、マッチリポートの最後も「なにより良かったのは、ここからチームとして上がっていくしかないと分かったことだ。これ以上、悪くなりようがないのだから」とシニカルに締めている。

 こうした状況下でくすぶり続けるのが、久保がソシエダを出て行くのではないかという噂だ。しかし旧知の番記者は、この夏の移籍市場が開く前からこう言い続けていた。

「久保は残留するよ。彼自身、今の環境が気に入っているし」

 確かに久保にとってソシエダは、保有権を持つレアル・マドリーに戻ってはレンタルに出されるシーズンを繰り返す中でようやく出会った、「本当に自分が求められていると感じられるチーム」だ。

 代表戦明けのラ・リーガ初戦(第5節)では、ホームで古巣マドリーとの対戦が待ち受けている。現行の契約では、久保が他クラブに移籍した場合、マドリーの懐にはその違約金(6000万ユーロ=約97億円)から、ソシエダが22年夏の獲得時に支払った600万ユーロを差し引いた5700万ユーロの50パーセントが入ることになっている。19年に移籍金を支払わずフリーで獲得し、トップチームデビューさえさせていないにもかかわらずだ。

 そんなマドリーを相手にゴールを決めて、“トッポ・ジージョ”パフォーマンスで煽るくらいの頼もしい姿を、ぜひとも見てみたいものだ。

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著者プロフィール

スペイン在住は四半世紀超え。1998年から通信員として情報発信を始め、スペインサッカーに関する取材、執筆、翻訳の仕事に従事してきた。2002年と06年のW杯、04年と08年のEUROなど国際大会も現地で取材。12年からFCバルセロナの公式サイト、ソーシャルメディアを担当する

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