富永啓生『楽しまないと もったいない』

富永啓生がNCAA初シーズンで味わった初めての挫折 必要だったタフな状況で「決めきる」力

ダブドリ編集部

「強豪校のエースたちと同じレベル」を目指して

 個人としては、手応えを得ると共に課題を突きつけられるシーズンとなった。

 手応えとしては、まずはNCAAの強度に慣れることができたのは良かったと思っている。NCAAレベルのディフェンス相手でも僕のシュートは十分に通用するし、サウス・ダコタ戦やケネソー・ステート戦のようにいくつかの試合では活躍することもできた。今でもサウス・ダコタ戦での興奮は鮮明に覚えている。

 それにも増して良かったのは、ディフェンス面での成長を実感できたことだ。桜丘高校時代の僕しか知らない人は驚くかも知れないが、アメリカに来て以来、徐々にディフェンスの面白さがわかるようになってきた。面白さがわかることで必要なトレーニングにもやる気が出たし、トレーニングをしてフィジカルが強くなるとさらにディフェンスが上達するという好循環になっている。

 それに、ネブラスカのディフェンスと僕の相性も良かった。ネブラスカはインサイドが弱いので、積極的にボールにプレッシャーをかけ、いいパスが通らないよう他の選手も足を動かす必要があった。そこでフレッドは、試合後に各プレーヤーのディフレクションの数を貼り出した。ディフレクションとはドリブルやパスに手を出して弾くことで、相手のオフェンスを遅らせる、楽なシュートを打たせないという意味で重要なハッスルプレーだ。我ながらパスの流れを読むのが得意なこともあり、僕はシーズン中いつもこのディフレクションの数で上位の方にいた。

 フレッドにディフェンスで信頼されているのを実感したのは、1月6日のミシガン・ステート戦だった。この試合、僕は相手のエース、ゲイブ・ブラウンのマークを任されたのだ。

 ゲイブはNBAドラフトにかかるかも知れない優秀な選手で、203cmという長身ながらスリーポイントもあり、ドライブからフィニッシュすることもできる。僕のミッションはゲイブにスリーポイントを打たせず、できるだけドライブさせることだった。

 この試合のゲイブはフィールドゴール15分の6だから、悪くもないが良くもない。気持ちよくプレーさせることは阻止したわけだが、僕が驚いたのはどんなにチェックにいってもわずかな隙を見逃さずにスリーポイントを打たれたことだ。フィールドゴールのうちスリーポイントだけを抜き取ると5分の2。ゲイブがきちんと仕事をしたことがわかる。

 ゲイブ同様、強豪校のエースたちはどんなに対策をされてもその上から決めてきた。オーバーンのジャバリ・スミスやパデューのジェイデン・アイビーといった次のドラフトで上位指名を予想される選手たちとも戦ったが、彼らもそうだった。

 ラトガーズのロン・ハーパー・Jr.は、シカゴ・ブルズやロサンゼルス・レイカーズの優勝メンバーとして有名なあのロン・ハーパーの息子だが、彼はどんなに調子が悪くてもクラッチタイムではシュートを落とさなかった。

 アイオワのキーガン・マレーにいたっては対策すら打てなかった。離したら打たれるし、詰めたら抜かれる。ヘルプの上から決めるサイズとシュート力も兼ね備えている。どう止めたらいいかわからない、というところまでネブラスカは追い込まれた。

 翻って考えれば、僕の課題はここにある。

 チームが個人能力で打開する方針に舵を切ったとき、僕はローテーションから外れた。こんなにベンチを温めたのも、健康なのにDNPを食らったのもバスケ人生で初めてだった。わずかな出場時間に備えて入念にアップするようになったが、それにも限界があった。長い間ベンチにいると体は固まる。なかなか試合のリズムに入っていけない。慣れた頃にはもう交代だ。

 加えて気持ちの面でも焦りが生じていた。このシュートを外したらまたベンチに戻されるかも知れない。これまでには浮かびもしなかったそんな考えが頭を過ったりもした。

 3月2日のオハイオ・ステート戦の後、フレッドは僕に言った。

「出すつもりだったが、機会が訪れなかった」

 違う。全てが逆なのだ。

 僕のディフェンスはアメリカに来てから良くなっている。しかし、僕がNBAに行くには、オフェンスで活躍するより他にチャンスは無い。

 ゲイブ・ブラウン、ジャバリ・スミス、ジェイデン・アイビー、ロン・ハーパー・Jr.、キーガン・マレーといった強豪校のエースたちと同じように、どんなに対策されようが、どんなにチェックにこられようが、その上からシュートを沈め続けなければならないのだ。

 タフなシチュエーションでもシュートを決めることができれば、フレッドも、「休ませたかったが、機会が訪れなかった」と言うはずだ。

 今シーズンの僕にはその力が無かった。

 そう考えると、僕の課題は明確だ。来シーズンは、自分が肌で感じたに到達すること。そのためには、フィジカル、ハンドリング、シュート力全てを進化させる必要がある。やってやるさ。オフシーズンは全てをそのために注ぐつもりだ。

書籍紹介

【写真提供:ダブドリ】

 2018年のウインターカップで平均39.8得点という驚異の数字を残し、大会得点王となった富永啓生選手。

 その後はアメリカ留学を決断し、コミュニティ・カレッジのレンジャー・カレッジを経て、NCAAディビジョンIのネブラスカ大学に転入しました。

 本書はそんな富永選手がネブラスカでの挑戦を軸に、日本代表に懸ける情熱や家族の大切さなどを綴った初の自叙伝となります。

 最終的にはエースとしてネブラスカ大学をカレッジバスケ最高峰の舞台NCAAトーナメントに導いた富永選手ですが、そこまでの道のりは平たんではありませんでした。

 失意に終わった加入初年度から翌年の躍進の裏で何が起きていたのか。エースとなった最終学年に、どのようにして全米1位のパデュー大学を倒したのか。こうしたアメリカにおける成長物語と、幼少期やウインターカップ、ワールドカップなどのエピソードが交差することで、天才シューター富永啓生の思考を立体的に理解することができます。

 日本人4人目のNBA選手となることが期待される富永選手を、より深く知ることのできる本書。バスケファン必読の1冊です。

出版社:株式会社ダブドリ

2/2ページ

著者プロフィール

異例の超ロングインタビューで選手や関係者の本音に迫るバスケ本シリーズ『ダブドリ』。「バスケで『より道』しませんか?」のキャッチコピー通り、プロからストリート、選手からコレクターまでバスケに関わる全ての人がインタビュー対象。TOKYO DIMEオーナーで現役Bリーガーの岡田優介氏による人生相談『ちょっと聞いてよ岡田先生』など、コラムも多数収載。

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