野球ヲタ、投手コーチになる。 元プロ監督と元生物部学生コーチの京大野球部革命

京大野球部に“高卒・元プロ”の新監督が誕生 「野球オタク」もついに投手コーチへ就任

菊地高弘

「三原がまた怒られてるで」

「おまえ、それ社会人がやったらすぐ干されんで?」

 三原は早朝から近田に小言を言われていた。この日は近田が車を運転して三原をピックアップした後、オープン戦の試合会場に向かうことになっていた。ところが、近田が三原の住むアパートの前まで到着したというのに、三原の姿がない。近田が到着を告げるLINEを送信すると、部屋から三原が出てきた。近田はため息を吐いて、三原に告げた。

「普通、家の前で待ってるやろ。カバン持ちが社長出勤してどうすんねん」

 この一件だけでなく、近田のなかで三原は「抜けてるヤツ」「やらかしキャラ」という認識があった。チームの集合時間に遅刻してくることも珍しくなく、コーチになったというのにユニホームを持ってこないなど、ありえないような忘れ物もある。そのたびに、近田は三原を厳しく𠮟責した。チーム内では「三原がまた怒られてるで」とお馴染みの光景になっていた。

 近田が監督として京大の野球部員に求めているものは、「準備」である。野球界のエリートコースを歩んできた近田のなかで、「強いチームは当たり前のことを当たり前にしている」という実感があったからだ。

「名物の練習メニューがあったからといって、それで甲子園に行けるわけではありません。日頃の生活から『当たり前』を積み重ねて、基盤にしているチームが、普段と同じようなプレーを試合で発揮して勝てるのだと思うんです」

 京大野球部を指導するなかで、近田はこの点が京大生の伸びしろだと感じていた。

「京大生は自分にゆとりがない人が多いです。周りが見えていないので、道を歩いていてよく人とぶつかるし、挨拶をしない。イレギュラーなことに対応できないんです。『必要なことだけしかやらない』という気質があるからか、テストも一夜漬けでやる子が多い印象です。瞬間的な集中力があるなど、強みは強みとして生かしたいですが、すべては『準備』に集約されると感じています」

 近田は根っからのきれい好きでもある。常に部室は清潔さを保っておきたいと考える。部員に対しても「ゴミが落ちていたら、すぐに拾おう」と指導する。

「毎日見ていると、頭のなかが整理できていない部員が多い気がします。『自転車のカギがどこかにいってしまいました』と言う部員がいて、ポケットのなかにジャラジャラといろんなものが入ってる。そりゃあなくすだろうと。また、好きなことに対しては一生懸命なんですけど、自分の興味ないことは全然気がつかない。それでは、ランナーがベースを踏み忘れていても気づけないだろうなと。毎日掃除していると、細かいところで変化に気づけるんです」

 こうした近田の性分もあり、三原は近田の目の届きそうな場所を日常的に掃除するようになった。「自分の身分は近田さんがいるから成り立っている」という危機感もあった。

 近田は三原を𠮟ることも多かったが、力量はおおむね評価していた。

「おっちょこちょいなところもありますけど社交性もあって、彼の存在がチームのなかでクッション材になっています。やらかしがキャラクター性で相殺される感じですね」

 近田から度重なる苦言を呈されても、三原が反発することはなかった。三原は9歳上の近田に対して、いつしか父親のような親しみを覚えていた。

「1~2回生の頃は『元プロのやさしいお兄ちゃん』という感じだったんですけど、3回生以降は『父親みたい』と感じていました。どこかウチの父と似てるんですよね。きれい好きでしっかり者で、グチグチ言いながらも自分のために世話をしてくれる。手先が器用でいろんなものをつくってくれるのも一緒で。いろんなことで怒られましたけど、『自分が悪いな』としか思っていませんでした。近田さんからすれば腹が立ってしゃあなかったと思うんですけど、こちらとしてはさんざん甘えさせてもらっていた感覚ですね」

 三原自身、野球部への愛着は入部時とは比べ物にならないほど増していた。近田の指名でコーチに就任する前から、三原はチームの主務を務めることが決まっていた。主務とは、チームの裏方の最高責任者である。メディア対応や連盟との連携など、その役割は多岐にわたる。三原と同じ経済学部で、1回生時には「アキバ系の匂いがする」と侮っていた出口諒は、その仕事ぶりを見直していた。

「あいつは自虐的に『無能』と言いますが、主務としてしっかり働いてくれています。むしろこちらがいらぬ仕事を増やしてしまったことも何度かありましたが、チームのためにいろいろと動いてくれました。体育会気質の環境でやってきてないので、平気で遅刻してくることもありますけど、こういった部分も含めて彼のよさなのかなと思います」

 コーチとして、主務としてチームに尽くしながら、プロ野球チームのアナリストになるための“就活”をする。三原大知の大学野球最終学年が慌ただしく始まった。

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

最下位が定位置の京大野球部に2人の革命児が現れた。
1人は元ソフトバンクホークス投手の鉄道マン・近田怜王。
もう1人は灘高校生物研究部出身の野球ヲタ・三原大知。
さらには、医学部からプロ入りする規格外の男、
公認会計士の資格を持つクセスゴバットマン、
捕手とアンダースロー投手の二刀流など……
超個性的メンバーが「京大旋風」を巻き起こす!
甲子園スターも野球推薦もゼロの難関大野球部が贈る青春奮闘記。
『下剋上球児』『野球部あるある』シリーズ著者の痛快ノンフィクション。

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著者プロフィール

1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌『野球太郎』編集部員を経て、フリーの編集兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ『野球部あるある』(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。

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