野球ヲタ、投手コーチになる。 元プロ監督と元生物部学生コーチの京大野球部革命

京大野球部の個性的な新入生 疎遠な二人を近づけたアイドルという“共通の趣味”

菊地高弘

連敗からつかんだ初の「4位」

 2019年の秋、京大のチーム状況はどん底にあった。

 夏場のオープン戦から勝てない試合が続き、秋季リーグ戦に入っても5連敗。オープン戦を含めて、引き分けを挟んで28連敗という惨状だった。

 だが、投手指導を一手に引き受ける近田怜王に焦りはなかった。野手陣には中軸を任される主将の西や、3回生でアベレージヒッターの北野嘉一、さらに2回生ながらポイントゲッターの脇悠大、3回生の絶対的正捕手である長野高明と人材が揃っていた。「投手陣が整えば、ある程度戦える」という手応えを得た近田は、ある信念を持って投手起用をしていた。

「大学野球は軸になるピッチャーが2人、使えるピッチャーが最低でも4人はいないと勝ち点は取れません。オープン戦ではエースだけを使うのではなく、計算できるピッチャーを増やすために起用しては打たれて、ということを繰り返していました」

 エースは4回生の藤原風太、2戦目の先発は3回生の原健登と2人の軸になる右投手がいた。問題は3番手以降の投手をいかに底上げできるか。野手陣からは「勝つ試合をつくってください」という要望もあがったが、近田は信念を貫いた。

 その結果、台頭してきたのが4回生の仲村友介だった。仲村は慢性的に肩痛に苦しめられており、普段の練習ではキャッチボールの調整しかできない投手だった。だが、近田は「能力は高い」と評価しており、リリーフとして積極的に起用していく。すると、仲村は期待に応えて勝負所で力を発揮できるようになった。

 一方、監督の青木は「みんなでご飯でも食べて、気持ちを一度リセットしよう」と提案した。選手たちはバーベキューを楽しみ、連敗続きで鬱屈した気分を解放した。そんななか、2回生の脇は試合に出られない4回生への恩義を強く感じるようになっていた。

「自分が試合に出られなくてもメンバーのために練習を手伝ってくださる4回生や、自分たちの試合がなくても偵察の動画を撮りに行ってくださる4回生もいました。この人たちのために勝ちたいと思いましたし、チームが一つにまとまった感じがしました」

 機は熟した。近大との2回戦では先発した原が一世一代の投球を披露する。近大の5番・一塁手として出場したのは、のちに4球団の重複1位指名を受けることになる大物スラッガーの佐藤輝明(現阪神)である。だが、原は丁寧な投球で佐藤を4打数0安打に封じるなど、近大の強打線をわずか3安打に抑えて3対0で完封。長い連敗に終止符を打った。

 さらに関西学院大との2戦目から破竹の4連勝を飾り、関西学院大と同志社大から勝ち点を奪った。勢いに乗った原が3勝、終盤戦でフル回転した仲村も2勝を挙げて、京大史上最多となるリーグ5勝をもたらした。リーグ4位も最高順位である。

 投手陣につられるように、打線も勢いに乗った。北野は打率.405をマークして京大史上3人目となる首位打者を獲得。さらに2本塁打を放った西とともに、ベストナインを受賞した。脇もチーム最多タイとなる8打点を挙げ、チームに貢献している。

 連勝中、脇は不思議な感覚にとらわれていた。

「あらためて野球ってすごいなと。チームが流れに乗ってる時って、負けてても『勝てる』というワクワク感があるんです。西さんが土壇場で同点ホームランを打って、神がかった展開で勝ってしまう。『京大でも勝てるんだ』と自信になりました」

 そして、脇は力を込めてこう続けた。

「『リーグ優勝』という目標をはっきりとイメージして言える、大きなきっかけになりました」

 指導者としてキャリアの浅い近田にとっても、得がたい経験になった。

「4~5番手のピッチャーが上がってこないと勝てない。この考えは間違っていないと思えました。オープン戦でいろんなピッチャーを使って、経験値を上げないといけない。たとえスピードがなくても、自信を持ってマウンドに上がれるピッチャーを増やしていけば勝てる。最後に4連勝したことで、そのことに確信を持てました」

 その自信は、スタンドで見ていた多くの1回生へと伝播していく。

 2019年秋に残した5勝7敗、リーグ4位という結果は、「弱小」のレッテルを貼られた京大野球部の歴史に大きな楔を打ち込んだ。

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

最下位が定位置の京大野球部に2人の革命児が現れた。
1人は元ソフトバンクホークス投手の鉄道マン・近田怜王。
もう1人は灘高校生物研究部出身の野球ヲタ・三原大知。
さらには、医学部からプロ入りする規格外の男、
公認会計士の資格を持つクセスゴバットマン、
捕手とアンダースロー投手の二刀流など……
超個性的メンバーが「京大旋風」を巻き起こす!
甲子園スターも野球推薦もゼロの難関大野球部が贈る青春奮闘記。
『下剋上球児』『野球部あるある』シリーズ著者の痛快ノンフィクション。

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著者プロフィール

1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌『野球太郎』編集部員を経て、フリーの編集兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ『野球部あるある』(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。

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