“圧倒的弱小”京大野球部の強化へ向けた土台作り 部員増加とアナリスト志望の新入生
謎のガリ勉アナリスト
池田は滋賀の公立進学校・膳所高校出身の大型投手だ。高校2年まで捕手だったが、身長190センチの巨体と強肩を生かして投手に転向。当初は「名古屋大に進学しようかな」と考えていたが、京大の青木から熱心な誘いを受けて一浪の末に工学部に入学した。
なお、学年の年次を意味する「〇回生」という呼称は、近畿圏の大学ではポピュラーになっている。そのルーツは京大が由来という説がある。京大より早く設立された東京大が学年ごとに進級試験を受ける仕組みだったのに対して、京大は一定の単位を取れば卒業できる仕組みだった。そのため学年で区切るのではなく、「〇回生」と呼ぶようになったという。
池田が投球練習を始めようとすると、見覚えのない学生が立っていた。
「なにもんや?」
明らかに異質なムードをまとっていた。やや丸みを帯びた体型。メガネをかけ、黒髪でいかにもおとなしそうな顔つき。手にはノートパソコンを携えている。
「いかにも『ガリ勉の京大生』って感じやな。キャンパスではよく見かけるけど、グラウンドではあまり見ないタイプやな」
聞けば、「アナリスト」志望の新入生だという。池田は「ああ、今年から募集をしたやつか」と納得した。
京大野球部はこの年から、簡易型弾道測定器のラプソードを導入することになった。ラプソードとは、投球・打撃のデータを測定・分析するトラッキングシステムのこと。投手なら自身の投げたボールの球速だけでなく、回転数や回転軸、回転効率などの数値が計測できる。MLBやNPBの球団でも導入され、技術向上につなげている。
投手のデータを計測するなら、ホームベースから5メートル弱、投手寄りの場所に三角柱の保護タンクに収納された機器をセットする。この状態で投手が投球すると、レーダーがボールを感知してデータを取得。Wi‒Fiを通してiPadに転送される。
慶應義塾大がラプソードを活用している記事を読んだ青木が「今までと違うアプローチができるかもしれない」と考え、京大でも購入することになったのだ。
だが、肝心のラプソードを扱える人材が野球部にはいなかった。そこで野球競技経験の有無を問わず、ラプソードを扱うための「アナリスト」を募集した。
応募してきた新入生は、「三原大知」と名乗った。日本屈指の進学校である灘高校出身。一浪を経て、経済学部に入学している。
池田は三原の風貌をしげしげと観察した。女子マネージャーですらグラウンドにはジャージ姿で来るというのに、三原はフリースにジーンズといかにも大学生の私服姿という出で立ち。さらに一目で運動用ではないとわかる、カラフルなスニーカーを履いていた。
「なんじゃ、その虹色みたいなクツは。面白そうなヤツやな」
三原に体育会の匂いがまったくしないことが、逆に池田の興味をかき立てた。なにしろ三原が中学・高校時代に所属した部活は生物研究部だったのだ。野球のプレー経験は皆無だという。その代わり高校時代からMLBのデータサイトに入り浸り、データ関連の知識が豊富だった。
「いろいろと教えてや!」
積極的に話しかける池田に対し、三原は警戒心が解けないのか腰が引けているようだった。
三原と部員が打ち解けるには少し時間がかかった。なにしろ、三原がグラウンドに顔を出すのは投手が投球練習をする日だけ。青木の方針で「好きな時に週1~2回、来てくれればいいよ」と伝えていたからだ。
神奈川の栄光学園から京大に進学した外野手の出口諒は、講義中に目の前の席に座っているのが三原だと気づいた。
「そうか、同じ経済学部だったもんな」
三原は講義を聞かずに、タブレット端末を熱心に操作していた。出口が興味本位で後ろから画面をのぞくと、そこには意外なものが映っていた。
「えっ、こいつ、ダルビッシュとDM(ダイレクトメッセージ)やってんの?」
三原はSNSのメッセージ機能を使って、メジャーリーガーのダルビッシュ有とやりとりを交わしているところだったのだ。
「こいつ、いったい何者なんだ……?」
謎の素人アナリスト・三原大知の大学野球は、ひっそりと始まっていた。
書籍紹介
【写真提供:KADOKAWA】
1人は元ソフトバンクホークス投手の鉄道マン・近田怜王。
もう1人は灘高校生物研究部出身の野球ヲタ・三原大知。
さらには、医学部からプロ入りする規格外の男、
公認会計士の資格を持つクセスゴバットマン、
捕手とアンダースロー投手の二刀流など……
超個性的メンバーが「京大旋風」を巻き起こす!
甲子園スターも野球推薦もゼロの難関大野球部が贈る青春奮闘記。
『下剋上球児』『野球部あるある』シリーズ著者の痛快ノンフィクション。