岩政監督、鈴木優磨も「代表入り」を示唆する新戦力 “無名”の佐野海舟が鹿島の救世主になった理由

大島和人

盛り上がる周囲に本人は?

佐野本人に浮かれた様子はない 【(C)J.LEAGUE】

 佐野は自らの攻撃参加について、こう振り返る。

「指示は特になかったですけど、自分が前向きでボールを奪って、2列目から飛び出したら誰もついてこれないと気づいていました。ああいうシーンをどんどん増やして、あとは自分が決めるか、決めてもらうかという判断をやっていきたい」

 自分の知る限り佐野は人前ではしゃぐようなキャラクターではないし、言葉数も多くない。ミックスゾーンに登場した彼を見て小声で「スターの登場だ」と呟くメディアもいたが、控えめで地に足の付いたコメントを続けていた。

 69分に樋口雄大との連携からシュートに持ち込んだ場面について尋ねられると、おそらく記者の意に反している“反省”を語り始めた。

「横に(藤井)智也くんがいたと思うので、シンプルに出さなければいけなかったと思う。得点を取りたい気持ちが、上回りすぎてシュートの判断になった。そこはもっと冷静に判断しないといけなかった」

J2時代に見せていた片鱗

米子北高の卒業後はJ2町田に4シーズン在籍していた。 【(C)J.LEAGUE】

 筆者は町田を取材する機会が多く、新人時代から佐野のプレーを観察していた。ただ、この活躍を予想していたといえば嘘になる。J2で圧倒的な能力を示していた選手でも、J1で同じようにやれることは稀だからだ。

 とはいえ佐野の吸収力、成長スピードは確かに加入直後から圧倒的だった。高卒1シーズン目の宮崎キャンプで、J2徳島ヴォルティスとのトレーニングマッチが組まれた。試合途中からセンターバックとして起用された彼は、河田篤秀(現大宮アルディージャ)に文字通り翻弄され、ゴールも許した。しかし続く試合は相手FWと普通に対峙していて、「高卒新人は1試合でこれだけ変わるのか」と驚いたことを覚えている。

 1年目は6月に初出場を果たすと、相馬直樹監督の配慮でまず左サイドバックとして起用され、後半戦はポジションを確保した。2年目のキャンプで彼を見たとき「1年目の佐野」とは明らかに違うレベルを見て、練習を一緒に見ていたメディアに「来年は多分町田にいませんね」と語ったことをよく覚えている。当時の彼は身体もプレーも2カ月、3カ月という単位で、明らかに分かる変化を感じさせていた。

 不動の正ボランチをクラブも手放すまいと努力し、佐野は町田に計4シーズン在籍していた。中盤の対人守備ならJ2最高と言い得るレベルに達した3年目の彼は、攻撃にも余力を割けるようになり、6得点を決めている。4年目の2022年は腰痛と「オーバートレーニング症候群」に見舞われ、後半戦を欠場した。しかしそんな挫折も乗り越えて、成長基調を取り戻しつつある。

佐野と鹿島の幸せな出会い

 今このタイミングで鹿島に加わったことは、佐野とクラブの双方にとって大きな幸運だろう。鹿島は岩政監督のもとでチームを立て直している途上で、三竿健斗がCDサンタクララに移籍したチーム事情もある。鹿島は佐野のようなプレーヤーを必要として、佐野もビッグクラブに打って出るべきタイミングだった。何より、フロントやコーチ陣の新加入選手の強みを引き出すマネジメントもここまでは奏功している。

 佐野は4つ下の弟・航大(岡山)と違ってこれまで年代別も含めて代表と無縁だった。どちらかというと晩熟な成長曲線を描いていた事情もあるが、生年月日の不運が作用している。2000年12月30日生まれの彼が、あと数日遅く生まれて「2001年1月生まれ」だったら、パリ五輪世代の目玉だったかもしれない。そうなれば実力の割に無名という状況にもなっていなかったはずだ。

 当然ながらまだ完成された選手ではない。得点に直結する判断や“質”は彼自身も口にするように課題を残しているし、そもそもJ1をまだ3試合しか経験をしていないのだから。とは言えこのキャリアの若者が「鹿島で普通にやれている」「代表入りを周囲が口にする」ことは異例で、彼の可能性を証明する状況だ。佐野が起こしている現在進行系のサプライズを、皆さんもぜひ現場で見て欲しい。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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