WBC優勝メンバーの里崎智也と谷繁元信が振り返る 「訳が分からぬまま始まって終わった」第1回大会
谷繁さん、里崎さんが出場した第1回大会は、まだまだ運営側も参加選手も手探りの大会だった。対談の後編は、アメリカでの生活や疑惑の誤審判定についてなど、当時のエピソードについて振り返ってもらった。
当時の里崎さんが配球をイメージできなかった投手とは?
WBC第1回大会では里崎智也さんがメインでマスクを被った 【写真:ロイター/アフロ】
第1回WBCで日本代表メンバーに選ばれた捕手は谷繁さん、里崎さんと相川亮二(横浜)さんの3人だった。しかし代表戦の場合、オールスター戦のよう3人が均等に出場機会を与えられるわけではなく、それぞれに役割があった。第1回WBCにおいては、メインでマスクをかぶったのが里崎さん。最年長の谷繁さんはベンチに控え、客観的な目線で里崎さんにアドバイスを送った。いわば、スコアラー的な役目である。一方相川さんはブルペンに待機し、ピッチャーの球を実際に受けながら、彼らの状態を把握した。そこには前述のように、ブルペンキャッチャー自体が少ないという現実的な事情もあった。
里崎さんが正捕手を務めた背景には、当時のロッテ、里崎さん自身の力や勢いもさることながら、先発陣にパ・リーグの投手が多かったこともあっただろう。松坂大輔(西武)さん、渡辺俊介(ロッテ)さん、清水直行(ロッテ)さん、和田毅(ソフトバンク)さん、杉内俊哉(ソフトバンク)さん......。セ・リーグの投手で唯一先発陣に入っていたのが、上原浩治(巨人)さんだった。
「パ・リーグのピッチャーはふだん対戦しているので、どういう配球がベストか、イメージも作りやすかった。でも上原さんだけはよく分からなかった」という里崎さん。その上原さんが先発した第2ラウンド初戦のアメリカ戦では、谷繁さんが先発マスクを被った。
里崎さんは、「アメリカ戦でのシゲさんのリードを見て、上原さんへの配球を勉強しました」とのこと。谷繁捕手の上原投手リード術は、本編にて。