阿部兄妹「快挙」の裏にあった努力と成長 一二三&詩の金メダルを杉本美香が解説

C-NAPS編集部

兄妹そろって金メダルを獲得した阿部一二三(左)と詩。きょうだいでの「同日金メダル」は夏季五輪で日本勢初の快挙だ 【写真は共同】

 柔道の阿部一二三(パーク24)と阿部詩(日体大)の兄妹が、五輪の歴史に新たなページを刻んだ。7月25日に行われた東京五輪の柔道・女子52キロ級で、妹の詩が同階級では日本柔道界初となる金メダルを獲得。その数十分後には、兄の一二三が男子66キロ級で頂点を極めた。同日にきょうだいがそろって金メダルを獲得したのは、夏季五輪における日本勢史上初の快挙だった。

 ともにそれぞれの階級で“本命”と目された晴れ舞台。全対戦相手に警戒される中で畳に上がった両選手だったが、優勝候補筆頭の、そして自国開催のプレッシャーを感じさせない堂々たる戦いぶりを見せ、兄妹ともに頂点まで駆け上がった。

 そんな2人の戦いぶりを、ロンドン五輪の柔道女子78キロ超級の銀メダリストで、現在はコマツの女子柔道部監督を務める杉本美香さんに解説してもらった。

「自分の柔道」を確立した阿部一二三

得意の豪快な担ぎ技だけでなく、足技も駆使して勝ち上がった阿部一二三 【写真は共同】

 一二三選手は、優勝候補として相手に研究をされ尽くされている中で大会に臨みました。金メダルという最高の結果を出せたのは、“対策されることへの対策”がしっかりできていたことがポイントだと思います。それがよく表れていたのが、得意の袖釣りをフェイントに変えての大外刈り。今回の決め技で、初戦、準々決勝とまったく同じ形、方向で決めていましたね。

 決勝戦も素晴らしかったです。対戦相手のバジャ・マルグベラシビリ選手(ジョージア)は、とてもパワーがある豪快なタイプでしたが、一二三選手は決してブレませんでした。柔道スタイルをまったく変えず、ワンチャンスをモノにしてしっかり投げることができました。ポイントを取った後も、「技あり、一本を取って試合を決める」という姿勢にも、成長を感じましたね。決して守りに入らず、攻め続ける日本の柔道を体現しました。相手が荒っぽく攻めてきても逃げることなく冷静に対応できていましたし、あの上手な試合運びこそ、柔道家としての成熟を物語っていましたね。

 試合後、本人は「ワンチャンスをモノにするしかないと思いながら戦ってきた」とコメントしていましたが、柔道はワンチャンスを狙おうと思っても、簡単にモノにできる競技ではありません。普段の練習があってこそチャンスを察知できるものだし、試合でそれが出せるのも練習の積み重ねの成果です。だからやっぱり、金メダルは一二三選手の努力の賜物だったのだと思います。

 彼は東京五輪の代表決定戦となった丸山城志郎(ミキハウス)選手とのワンマッチ(編注:2020年12月、延長戦の末に阿部一二三選手が優勢勝ち)以降、すごく精神的に落ち着いて、強さも安定感も増した印象があります。今回の戦いぶりも非常に安定していて、安心して試合を見ていられました。

 今回の戦いを見ていて、今までの一二三選手の柔道とはイメージが変わりましたね。(丸山選手との)ワンマッチの際だけの対策なのかなと思いましたが、そうではなく自分の新しい柔道スタイルを根付かせた点に、大きな成長を感じられます。いよいよ自分の柔道を確立し、彼が目指す“理想の柔道家のスタイル”に近づいてきた印象を受けました。

“軸”を持ち“枝”を生やしてきた阿部詩

阿部詩は、過去に何度も国際舞台で対戦してきたライバルのブシャールを決勝で撃破 【写真は共同】

 詩選手は、自分の柔道スタイルを一切変えずに勝ち進みながらも、相手の出てくるタイミングをうまく引き出していた点に成長を感じましたね。技をかけてきた相手をうまくめくってポイントにする。一二三選手と同様、相手に研究された中でも、本当に「強くなったなあ」と感じました。

 アマンディーヌ・ブシャール(フランス)選手との決勝戦、最後は寝技で決めました。彼女は元々、寝技が得意ではありませんでした。過去には日本の大会でも関節を取られて負けていたし、そういう経験を経て、「やっぱり寝技も必要なんだ」と学び練習に励んできました。また、袖釣りが研究されてきたら小外刈り、足技を磨いてきたし、そうやって自分の柔道の“軸”は持ちながら“枝”を生やしていくような成長の仕方をできているのが、今回の試合でよくわかりました。でも、まだまだもっと“大きな花”を咲かすくらいまで成長してくれると思うので、今後がさらに楽しみです。

 決勝では、ブシャール選手が最初から勢いよく出てきました。奥襟をバンバンたたいて指導を狙うという作戦だったと思います。実際、詩選手に一度指導が入りましたよね。ただ、そこからの詩選手の対応が良かったです。「奥襟をたたかれると自分のやりたいことができない、じゃあどうする?」となったとき、相手の奥襟をしっかり落としてから自分の柔道に持っていきたいところですが、そこをグッと我慢したんですよね。

 4分間で終わらないことを見越して、ゴールデンスコア(延長戦)で勝負を懸ける。序盤は我慢して無理をせず、指導を取られないように注意しつつ、徐々に流れが自分に来るように仕向ける。そこから自分のやりたい柔道を展開し、最後は一二三選手と同様にワンチャンスを逃さずに決めました。そういった流れを読んだ試合の作り方が、詩選手は非常に巧みでした。現に準決勝までのトータルの試合時間(編注:3試合で合計2分19秒)が短かったブシャール選手の方が、終盤はバテていましたよね。

 詩選手とブシャール選手は、何度も対戦してきて互いの手の内を知り尽くしていて、本当のライバルなんだと思います。互いに研究し合って強くなれる好敵手の存在は本当に大きいですし、きっと今後もハイレベルな対戦が見られるはずです。フランスは研究が素晴らしい国なので、今回の敗戦を受けて、ブシャール選手もさまざまな対策を練ってくるでしょう。詩選手もまた、それを上回る対策をして、新たなことにチャレンジするはずです。まだまだこの先も、2人の対戦を見続けていきたいなと感じた決勝戦でした。

杉本美香(すぎもと・みか)

【写真提供:株式会社RIGHTS.】

1984年8月27日生まれ、兵庫県出身。柔道女子重量級で一時代を築いた柔道家。2010年、東京で行われた世界選手権で78キロ超級と無差別級で金メダルを獲得し、日本女子選手初となる二階級制覇を達成。12年にはロンドン五輪に出場し、78キロ超級で銀メダルを獲得した。現役引退後は、テレビ、イベントへの出演や、全国各地で柔道教室を行い、普及活動にも取り組んでいる。現在はコマツ女子柔道部の監督を務め、東京五輪には同チームの教え子である芳田司(女子57キロ級)、田代未来(女子63キロ級)の両選手が出場する。
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著者プロフィール

ビジネスとユーザーを有意的な形で結びつける、“コンテキスト思考”のコンテンツマーケティングを提供するプロフェッショナル集団。“コンテンツ傾倒”によって情報が氾濫し、差別化不全が顕在化している昨今において、コンテンツの背景にあるストーリーやメッセージ、コンセプトを重視。前後関係や文脈を意味するコンテキストを意識したコンテンツの提供に本質的な価値を見いだしている。

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