2030年を見据えたJリーグのビジョン シャレン、アジア重視…5領域の未来像

元川悦子

新規顧客獲得を進める3つのポイント

Jリーグ収入トップの神戸。しかし世界の有力クラブとは大きな差がある 【写真:つのだよしお/アフロ】

 一方、Jリーグ自体の魅力を高め、観客動員を増やし、経営規模を拡大していくことも10年後を見据えた重要テーマだ。toC戦略担当の木村正明理事は「19年のJ1平均観客動員数が20,751人と2万人超えを達成した。この数字は世界でも8つの国しかない。(2部リーグでは)J2の7,176人もイタリアを抜いて世界5位。3位のフランスには肉薄していて、いずれは1万人台のドイツ、スペインを超えたい」と強い意欲を示していた。

 加えて言うと、19年の年間総入場者数は1,100万人台に上り、55クラブのうち18クラブが10%アップを実現。観客の女性比率37%という世界トップの数字を記録している。これらは特筆すべき点だが、同理事は「Jに関連するニュースはネガティブなものが多い。『Jリーグは怖いし、チームカラーのユニホームを着ていかないといけないから面倒だ』といったイメージが根強く、そこが一つの壁になっている」と懸念を示す。

 最初の関門を突破してスタジアムに訪れ、「楽しかった」と感じても、年2回来る人は10人中2人、3回来る人は0.8人に低下してしまう。いかにして『8%の壁』を超え、観戦者を常態化させるかは、真っ先に取り組むべき課題。19年のスタジアム観戦者調査で平均年齢42.8歳という数字が出されたように、観客の高齢化も顕著になりつつあるだけに、若い新規顧客獲得は今後のJリーグを左右する重大テーマと言っていい。

 そのために彼らが必要だと考えるのは、エンタメの最大化、不満の最小化、次回への後押しの3つ。非日常的な空間が楽しめればお客さんは足を運ぼうと思うし、行列や人込みが少なければストレスも減る。割引やグッズプレゼントなどの勧誘も次へのモチベーションにつながる。こういった工夫を凝らすことで観客数が増え、収入増にもつながるという好循環が見えてくる。

「世界の収入トップ30を見ると、1,033億円を稼ぎ出すバルセロナを筆頭に全て欧州クラブ。5大リーグ以外で名を連ねているのは、アヤックス(245億円)、ベンフィカ(243億円)、ゼニト(222億円)、FCポルト(216億円)の4チームだけ。約97億円の神戸がトップのJリーグとはまだまだ大きな差がある。それでも、J1全試合満員になれば、平均観客が24,000〜25,000人に到達し、入場者では5大リーグに肩を並べられるし、収入規模もかなり上がる」と木村理事は前向きにコメントした。

 機運を盛り上げるべく、20年からは観客数やDAZN加入数に応じた『ファン指標配分金』を導入。クラブの経営努力に応じた収入拡大をJリーグ側も後押ししていく考えだ。入場者と経営の両面で5大リーグに肩を並べるのは容易ではないが、関係者が一体となって歩み続けることでしか、壮大な目標の達成はありえない。

アジア重視で事業強化を目指す

イニエスタ(左)と競り合うティーラトン。彼の活躍もありタイでのJリーグ関心度が上昇しているという 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 4の事業強化も経営規模を拡大するための不可欠なテーマ。同領域担当の株式会社Jリーグの大矢丈之氏は「Jリーグの場合、弱かった、歴史が浅い、アジアにいる……という3つのポイントが逆に強みになる。アジア各国から『25年間で急成長したJリーグを学びたい』という要望が来ている。それを意識しつつ、アジアとともに成長していくことが大切」とアジア重視の考えを改めて口にした。

 実際、チャナティップ(札幌)やティーラトン(横浜FM)らの活躍もあって、タイでのJリーグ関心度は、17年7月時点の30%から19年12月時点で49%へと大幅に上昇。イタリア・セリエAやフランス・リーグアンを上回った。今後は50%台後半のドイツ・ブンデスリーガやスペイン・ラ・リーガ超えを目指すと同時に、東南アジア全域での認知度アップを図っていくという。その布石となる活動は徐々に進められている。

 一例と言えるのが、セレッソ大阪が18年から手掛けている「ASEAN DREAM PROJECT」。マレーシア、タイ、ミャンマーの3カ国でU-15世代の少年たちのセレクションを実施。各国5選手・合計15人の「ASEAN DREAM TEAM」を結成し、セレッソアカデミーのチームと親善試合をするというもので、彼らのドキュメンタリー番組が日本国内のみならず、現地でも放送されたという。

 ファジアーノ岡山も19年12月、ヤクルト・マレーシアと連携してマレーシア4カ所で少年サッカー教室を実施。海外展開に打って出ている。レノファ山口も20年1月にタイでキャンプを実施するなど、J2クラブがアジアとの関係強化に乗り出す例は着実に増えており、リーグ全体としてアジア重視の姿勢がより鮮明になりつつある。

「こうした流れの成果もあって、20〜22年の3年間の海外放映権料は20億円を超えた。この金額は17〜19年の3年間の2倍以上。国内放映権料に比べるとまだ小さい金額ではあるが、さらに価値を高められる可能性はある。5大リーグと比較すると、プレミアリーグの海外放映権料比率は約40%、セリエAは約15%だが、Jリーグはまだ5%以下しかない。その現状を踏まえて、比率をアップさせる努力をしていくことが大事」と大矢氏は語気を強めていた。

 Jリーグとしても海外顧客の実情を可視化するため、タイ語のフェイスブックや英語版のツイッター、インスタグラム、ユーチューブを開設するなどSNS発信を強化。外国語のチケット販売にも力を入れ始めている。こうしたツールを活用しながら現状をしっかりと把握し、効果的な展開を考えていければ、海外のファン増加、放映権料アップも実現するだろう。

 ここまでで5領域のうち3領域の取り組みを簡単に紹介した。こういったアプローチを経て、Jリーグ全体の総収入を19年の1,430億円から22年の1,600億円、30年の2,000億円超へと伸ばしていくことが最終的な目標だ。経営・サッカーレベルの両方で5大リーグに肩を並べるのは非常に難易度の高い話だが、次の10年間で成長曲線をどこまで引き上げていけるのか。4期目を迎えた村井チェアマンの手腕、そしてJリーグ全体のさらなる飛躍に期待したい。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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