フロントの強化策がもたらす効果は!? Jリーグ新時代 令和の社長像 栃木SC編

宇都宮徹壱

「外側の血」の流入がもたらしたもの

えとみほと同じタイミングで昨年に営業部長に就任した綾井隆介。前職はCM制作会社のプロデューサーだった 【宇都宮徹壱】

 そんな橋本に直撃する前に、まずは昨年のフロント強化によって、クラブに何がもたらされたのかを確認しておく必要がある。私が注目したのが「クラブの働き方改革」。Jクラブで長時間労働が常態化していることは、この業界では周知の事実である。Jクラブの常識が、一般企業の常識からかけ離れている話はどこでも耳にする話だ。まずは綾井の証言。

「入社して気づいたのが、社内フローの効率が明らかに悪いことです。営業会議がスタートするのは16時から。これだと15時までしか営業できないわけですよ。何となく続けてきたと思うんですが、僕が来てからは会議を朝9時半からに変えました。営業のメンバーは6人で、ほとんどが30代半ば。今後は、若い世代を増やすのが課題ですね」

 そして江藤は「ITの導入が遅いこと」が、効率性の悪さの温床になっていることに課題を感じていた。ITに強いスタッフが不在であることに加え、週末の試合に向けたルーティーンワークが多いため、どうしても新システムの導入に二の足を踏んでしまう。これは栃木に限った話ではなく、J2やJ3の地方クラブ「あるある」。IT業界出身の江藤がまず行ったのが、業務連絡の簡素化であった。

「それまでの業務連絡は、メールでのやりとりか対面の報告くらいでした。でもメールは面倒だし、文字に残さないと言った言わないの話になってしまう。それで『Slack(スラック)』というチャットツールを導入しました(編注:その後、別のツールに移行)。効果はすぐに表れて、リアクションが簡単だから生産性も上がるし、それまで分かりにくかった強化や育成の情報も共有されるようになりました。特にけが人の情報は、マーケにとっても必要ですから」

「ミーティングの時間を変える」とか「チャットツールを導入する」とか、一般企業のビジネスマンからすれば、いささかレベルの低い話と思われるかもしれない。だが栃木の場合、まずはそのレベルから改革する必要があり、そのためにはサッカー界の常識に染まっていない「外側の血」が必要であった。そして改革のターゲットは、社内の働き方だけにとどまらない。今年2月、クラブとサポーターとの間で、クラブ名称変更の是非に関する話し合いが行われている。これはマーケサイド、営業サイドからの提案だったようだ。再び、綾井。

「(浦和)レッズとかセレッソ(大阪)とかと違って、クラブ名が『栃木サッカークラブ』だとブランド力が限定されてしまって、県外のスポンサーを集めにくいんですね。歴史のあるクラブですから、長年応援している人ほど愛着があることは理解しています。ですが、クラブのブランド力を上げていくためにも、早ければ数カ月後には近いうちに結論を出したいですね」

SNSのいいところは「100%でなくていい」こと

ホームゲームの試合中もスマホで発信するえとみほ。SNSのメリットは「100%でなくていいこと」と語る 【宇都宮徹壱】

 綾井と江藤の仕事の領域は「対企業」「対個人」で分けると理解しやすい。綾井は企業スポンサー獲得のための営業、そして江藤はファン(予備軍含む)を巻き込むマーケティング。前者について言えば、栃木には本社が東京にある企業の工場が多い。いわゆるBtoB企業に対して、綾井はCMプロデューサー時代のナレッジが、営業にも流用できたことに手応えを感じていると語る。

「CMのプロデュースって、『相手の課題をどうソリューションするか』が肝なんですね。スポンサー営業にも同じことが言えて、新規で飛び込んで『看板を出してください』とお願いしても、すぐには売れないですよ。僕は必ず『御社の課題は何でしょうか?』と聞くようにしています。たとえば採用でお困りだったら『栃木SCをハブに使ってください』と提案します。ウチは地元の大学ともつながりがありますから、就職説明会をコーディネートするのは難しい話ではない。栃木SCと組んだら、どんなメリットがあるのか。それを提案して喜んでいただくことは、営業ですけれどプロデューサー冥利に尽きますね」

 一方の江藤は、SNSを駆使したマーケティングをクラブに導入。ハッシュタグを使った「ソーシャルリスニング」という手法で、サポーターからの意見を吸い上げては、全社員に共有してサービスの改善に努めている。また、個人アカウントでの積極的なツイートを続けながら、公式アカウントでの発信も担当。しかし昨年6月、公式アカウントでSNS担当者が「#全員戦力」とすべきところを「#全員戦力外」とツイートしてしまい、ちょっとした騒ぎになった。重大なミスに繋がるような案件だったが、その後すぐに江藤がリカバリーし、「騒ぎ」が「話題」となった。

「SNSのいいところは『100%でなくていい』ということ。うまくいかなければ『ごめんなさい』でやり直す。完ぺきさでなく、リアルタイムであることに価値があるんですよね。それを意識しているのがBリーグ。若年層と女性のお客さんが多いのは、明らかにSNSの影響ですよね。リーグ主導でも発信しているし、千葉ジェッツの島田慎二さんのように、SNSを使いこなしている社長さんも普通にいますから」

 江藤の口から「Bリーグ」が出てきたのは、B1所属の人気チーム、栃木ブレックス(現宇都宮ブレックス)を意識してのことだろう。集客の苦戦の何割かはブレックスに起因している。そこで江藤もSNSによる集客アップを目指しているのだが、「ツイッターで新規を呼び込むのは難しい。むしろポスターやチラシなどの『地上戦』の方が効果はある」とも語る。「ようやくクラブの仕事に慣れてきました」と口をそろえる綾井と江藤。社長の橋本による、オフ・ザ・ピッチでの「戦力補強」は少しずつ、しかし確実にクラブの変革を促している。

【付記】その後、綾井と江藤の両部長は4月25日の株主総会で取締役就任が決まった。

<次回につづく。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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