東京2020での取り組みをレガシーに 街づくり・持続可能性委員会 崎田裕子さんに聞く(後編)

高樹ミナ

「食」でも持続可能性を目指す

「食品ロスの問題は感情を揺さぶられる」とモーリーさん。改善のアイディアを示した 【写真:築田純】

モーリー 街づくり・持続可能性委員会のミッションは本当に幅が広いんですね。驚きました。他にも目標としているテーマはありますか?

崎田 ぜひ「食」のお話もさせてください。2020年東京大会では食材に関しても持続可能性の観点で調達しましょうということで、農、畜産物など食料調達ルールを作っていて、生産現場の自然環境や資源管理だけでなく労働環境などにも目を向けています。もっと強化をという声はまだまだありますが、「持続可能性に配慮した運営計画」の5つの主要テーマの中でも人権・労働、公正な事業慣行等をうたうなど、大きな一歩を踏み出しています。

モーリー それはぜひ成功させてください。海外には過酷な児童労働の問題などがありますからね。これはアパレルの話ですけれども、オーガニックコットンを人道的なものにしようと声をあげている、半ば活動家であり起業家のような人がいて、そのための取り組みも実際にしています。ところが消費者に広く訴求するキャピタル(資本)がないため、もともと労働問題に意識の高い人にしか伝わらないのです。点と点がつながらないというのかな。やはり、もっと大きな「面」で認知してもらえる宣伝効果が必要です。

崎田 日本人も環境分野への関心がかなり高まって、オーガニック素材を使いたいという人が増えているけれども、では、それを作る過程で労働環境はどうなのかというところまで目を向けている人はまだ少ないと思います。2020年東京大会の「持続可能性に配慮した運営計画」にこのテーマが入っているのは大きいと思います。

モーリー あとは価格。良い労働環境で作られたオーガニック素材が他の食材や衣料品と同等の価格で買えるようになれば、一般にもっと浸透するんでしょうね。ただ一方では同じサステイナビリティ(持続可能性)でもリユース・リサイクルがあって、そこでは消費者の「あまりお金を使いたくない」というエンジンが働くわけで、そうなると結局は100円ショップに行っちゃうみたいな。工夫をすればいいものがあると分かっていながら、「100円だからいいや」という気持ちでプラスチック製品を使いまくる。諸刃ですよね。複雑な課題だと思います。

崎田 食の話でもうひとつ。今、食品ロス削減が世界的な話題になっていますよね。地球上で食糧生産量の約3分の1が捨てられているのをご存知でしたか? 日本でもそういう状態なんです。

モーリー うわぁ……衝撃的ですね。

崎田 日本は食料の自給率も低い国ですから、わざわざ輸入したものも捨てていることになります。いろいろ理由はあるにせよ、そこのところ、もうちょっと国民みんなで考えていこうよと。そこでオリンピック・パラリンピックでも約2、3カ月の短期間ですが、選手村では選手や関係者に毎日約6万食を提供する予定なので、食べ物を無駄にする食品ロスをできるだけ無くしていこうとしています。ただ過去大会における食品ロスに関するデータはあまり残っていないので、東京独自で膨大かつ細かい調査をする必要があります。また調理方法の工夫や配膳から、選手、関係者への啓発もしていかなくてはなりません。ただ選手は体調管理が一番なので、ちょっと難しいですね。

モーリー 食品ロスの問題は私も感情を揺さぶられる部分があります。実現できそうですか? あと食器も使い捨てプラスチック容器を使わずリユーザブルでどうでしょう?

崎田 一筋縄ではないと思います。食器に関しては私も2年ほど前から「選手村ではリユース食器を使いましょう」と提案していましたが、衛生管理や、施設の制約なども考慮することが必要なようなのです。

モーリー 確かに選手村は大会期間中、選手にとって日常空間になるわけですから、世界のスターアスリートたちが「日常で食べ物を大切にしています。リユーザブルを意識しています」と発信できれば良い効果が期待できますよね。でも私もアスリートへの尊敬の念が強すぎて、選手に関しては聖域で許しちゃう(笑)。だけど関係者はダメ。「ピー!」ってホイッスルです。

環境問題を地球規模の課題と捉える契機

2020年大会で社会の認識や仕組みを整え、以降の変化につなげる――「それこそオリンピック・パラリンピックの遺産、レガシー」であると崎田さんは語った 【写真:築田純】

モーリー ところで国際連合が「持続可能な開発目標(SDGs=Sustainable Development Goals)」を打ち出したのはいつでしたっけ?

崎田 話し合いは2012年からされていましたが、はっきりとSDGsの具体的な内容が示されたのは2015年です。「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を打ち出し、17項目にわたる目標を設定して、スポーツが重要な役割を担うとも明記しました。このSDGsが発表される前年、IOCは「オリンピック・アジェンダ2020」を打ち出し、その中でオリンピック競技大会のすべての側面とオリンピック・ムーブメントの日常的な業務に持続可能性を導入するとしていたんですね。そして2016年には「IOC持続可能性戦略」を発表し、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」、SDGsへの貢献を約束したという経緯です。

モーリー ごく最近なんですね。私、ちょっとジャーナリズムを扱う仕事をやっておりまして、報道番組のコメンテーターなどもやっているんですけれども。その中でSDGsが出てきた頃から、特に英語圏のメディアでは北極で氷が溶けて北極グマの居場所がなくなっちゃったとか、日本の村で山からサルやイノシシが降りてきて民家や農作物を荒らしているとか、発展途上国で地震が起きて耐震が不十分な建物が倒壊して多くの方が亡くなったとか、そういった自然災害や被害がインテグレーテッド(統合)されたものとして報じられているんです。それを私、ものすごくズシッと重く受け止めるようになって。ところが日本のメディアはそれぞれ別の事象として報道する傾向にあるので環境問題がつながってこない。そうすると地球規模で大変なことが起きているんだという危機感を覚えにくく、「自分たち一人ひとりが何かしないと」という気持ちになりにくいんですね。だから世界が注目する2020年東京オリンピック・パラリンピックをきっかけに日本の報道のあり方も変わって、大人はもちろん子どもに至るまで環境問題を共有できたら、一世代先には相当に影響があるのではないでしょうか。これもある意味、インフラ整備ですよね。

崎田 1964年の東京大会では建物や交通インフラが整って、2020年大会では社会の認識や仕組みが整えば、2020年以降に大きな変化や流れがやって来ると思います。それこそオリンピック・パラリンピックの遺産、レガシーです。2012年大会を開催したロンドンは持続可能性を計画当初から盛り込んだ初めての大会として評判が良かったので、私もNGOのメンバーたちと2014年に視察に訪れ、キーパーソン4団体にお話を伺いました。そうしたところ当時、大会組織員会はオリンピック・パラリンピックという一大イベントを社会システムを変化させる絶好のチャンスと捉え、中でも工業用水などで汚染されていた東地区の再開発には熱心に取り組み、食料の調達ルールを含め多くの取り組みをマネジメントするために、持続可能なイベントの認証システムISO20121を開発するなど、大会のレガシーを残そうと真剣だったと聞いて、ちょっとびっくりしたというか、感動しました。

モーリー 東京はまだそこまでじゃなかった?

崎田 2013年に東京大会の開催が決まったばかりで、「先進国の日本でなぜまたオリンピックやパラリンピックをやるんだ」とか「莫大なお金がかかる」などネガティブな報道が圧倒的に多かった時期ですから、余計に衝撃を受けましたね。ちなみにその頃はまだ東京大会の組織委員会には関わっておらず、環境NGOのメンバーたちとともに、組織委員会や東京都、国にさまざまな提案を熱く語っておりました。

モーリー その崎田さんがいまや街づくり・持続可能性委員会の基に設置された、持続能性ディスカッショングループの中心にいらっしゃるとは素晴らしい。2020年東京オリンピック・パラリンピックをきっかけとする取り組みが20年後、30年後の持続可能な社会につながるレガシーになることを願っています。

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著者プロフィール

スポーツライター。千葉県出身。 アナウンサーからライターに転身。競馬、F1、プロ野球を経て、00年シドニー、04年アテネ、08年北京、10年バンクーバー冬季、16年リオ大会を取材。「16年東京五輪・パラリンピック招致委員会」在籍の経験も生かし、五輪・パラリンピックの意義と魅力を伝える。五輪競技は主に卓球、パラ競技は車いすテニス、陸上(主に義足種目)、トライアスロン等をカバー。執筆活動のほかTV、ラジオ、講演、シンポジウム等にも出演する。最新刊『転んでも、大丈夫』(臼井二美男著/ポプラ社)監修他。

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