長所を生かし、弱点を補うイングランド 彼らはこうしてPK戦の呪縛を解いた

田嶋コウスケ

弱点をカバーするソリッドで隙のない戦術

入念にセットプレーを準備して今大会に臨んだイングランド 【Getty Images】

 こうして考えると、サウスゲイト監督は実にうまくチームをデザインしている。

 イングランドの長所は「球際や空中戦での無類の強さ」「圧倒的なプレースピード」「前方へ圧力をかけるプレッシング」にある。これらは「5バック時の堅守」や「ロング&ショートのカウンター」「セットプレー」時に存分に生かされている。

 対照的に、「中盤での構成力不足」や「攻撃の連動不足」は継続的な弱点だ。現状、中盤での攻撃構成は極めて簡略化され、シンプルに縦につないだり、クロスを上げたりする場面が圧倒的に多い。しかし、鋭い速攻とセットプレーを上手に合わせることで、このウイークポイントをうまく補っている。

 加えて、伝統的に脆さが目立つ守備陣についても、5バックで人数をかけることで強度をアップ。セットプレーから先制点を奪った後は、相手にボールを持たせて、堅守速攻をより効率的に狙っている。

 つまり、長所を生かし、弱点を補うスタイルでプレーできているのだ。もちろん、この形が指揮官の目指す最終型ではないだろう。ただ、このソリッドで隙のない戦術こそが、4強進出に大きな役割を果たしているのは間違いない。

鬼門だったPK戦、勝利の舞台裏

ラウンド16のコロンビア戦でW杯におけるPK戦初勝利を飾った 【写真:ロイター/アフロ】

 サウスゲイト監督の綿密なプランは、コロンビアとのPK戦でも見て取れた。

 イングランドは、W杯で過去3度のPK戦を戦い、いずれも敗戦。ユーロを含めた主要国際大会に枠を広げても、PK戦の通算成績は1勝6敗で、大きな苦手意識を抱いていた。

 この壁を打ち破ろうと、サウスゲイト監督は準備を進めてきた。トレーニング後の疲れ切った体でPK戦の練習を行っていたことや、本番同様にセンターサークルからキッカーが1人ずつ歩いてPKの練習に励んでいたことは、日本のメディアでも報じられた。

 そんな中、PK戦の勝利に大きな役割を果たしたのが、昨年11月からチームに帯同している女性の心理学者だ。コロンビアとのPK戦では、GKのジョーダン・ピックフォードがイングランドのキッカーに毎回ボールを手渡していたが、これも心理学者の指示。「戦っているのは1人ではない」という連帯意識を持たせる狙いがあったという。加えて、4番手のキッカーを務めたキーラン・トリッピアーが成功した後に、3番手として失敗したジョーダン・ヘンダーソンの下に歩み寄り、話しかけるシーンがあった。この行動も、ナーバスな雰囲気がイレブンに蔓延(まんえん)することを避ける意図があった。

 加えて、イングランドの分析チームは、PK戦で敗れた過去3大会において、主審の笛から1秒以内にPKを蹴った選手の失敗確率が高かったことに注目。そのため、選手は「自分のタイミングで蹴るように」「焦るな」と指示されていたという。実際、コロンビア戦では1人平均2・36秒の時間を使い、余裕を持ってPKに臨んでいた。その結果が、4−3でのPK戦の勝利だった。

 同時に、うれしい誤算もあった。筆頭は、W杯開幕前に「最大のウイークポイント」(英紙『サンデー・タイムズ』のジョナサン・ノースクロフト記者)とされた24歳のGKピックフォードが覚醒したことだろう。コロンビア戦ではPKをセーブし、スウェーデン戦でも3度あったピンチをファインセーブでしのいだ。

「前守護神のジョー・ハートが今シーズンは絶不調で、選外にするしかなかった。とはいえ、ピックフォードも今シーズンのプレーは低調。消去法でピックフォードを選ぶしかなかった」(前出のノースクロフト記者)と、W杯前には厳しい意見が聞かれたが、ビッグトーナメントで経験値を積んだことで、今ピックフォードは波に乗っている。

 さらに、センターバックのマグワイア(代表10キャップ)、MFのジェシー・リンガード(同16キャップ)といった代表歴の浅い選手たちも十分な存在感を示し始めた。若い選手の活躍も、チームのストロングポイントである。

 そのイングランドは、いかにクロアチアとの準決勝に臨むのだろうか。

 元イングランド代表DFで現在は解説者を務めるガリー・ネビルは「クロアチアにはルカ・モドリッチ、イバン・ラキティッチ、マリオ・マンジュキッチと優れたタレントがそろう。これまでイングランドが対戦してきたどのチームよりもレベルがひとつ上だ」と警戒。「どちらに勝負が転ぶか分からない。互角の戦いになる」と大接戦を予想した。

 果たして、イングランドは準決勝の壁を打ち破れるか。イングランドの国民は、固唾(かたず)をのんで見守っている。

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著者プロフィール

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。2001年より英国ロンドン在住。サッカー誌を中心に執筆と翻訳に精を出す。遅ればせながら、インスタグラムを開始

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