“ドイツサッカーのふるさと”を作る さらなる発展を目指す、W杯王者の試み

中野吉之伴

専門家同士のコミュニケーションが重要

アナリストのノップは、「さまざまな専門家が必要になってきている」とアカデミー設立の理念を説明する 【Getty Images】

 だが、これだけであれば同時に合宿をすればいいだけの話だ。DFBアカデミーでは選手と指導者の結びつきだけが求められているわけではない。最大の特徴は、さまざまな専門家が同じ建物で仕事をしながら、それぞれの分野を快適に結びつける場所・施設としての活用だ。

 以前、DFB専任アナリストのシュテファン・ノップに話をうかがったことがある。「われわれは常に前進しなければならない。このアカデミーはそのためのものだ。サッカーはどんどん専門性が高まり、さまざまな専門家が必要になってきている。昔は監督だけだった。GKコーチが加わり、アシスタントコーチが加わった。今ではアナリスト、フィジカルコーチ、心理療法士、栄養学士、教育学士と、さまざまなスペシャリストが必要になっている。これからも世界トップで戦い続けたいと思うならば、そうした分野をもっとプロフェッショナルにやっていかないといけないんだ」と設立の理念を説明してくれた。

 ビアホフは「DFBアカデミーはF1の研究ラボのような存在になる」と語っていた。各分野の専門知識を集結し、さらに深めていく。指導者が研究者とミーティングをする。フィジオが心理療法士とアプローチについて語り合う。仲間内だけではなく、他分野の専門家とも頻繁にコミニュケーションを取ることが狙いであり、それが重要になる。

アナリストコングレスの様子。新しい見地を、ドイツ中の指導者に向けて発信した 【Getty Images】

 そこで生まれた新しい見地を、ドイツ中の指導者に伝えていく。すでに活動は開始されており、17年には第1回インターナショナルアナリストコングレスが開催され、18年には各世代別代表コーチ陣と心理療法士による共同ワークショップ「Think Tank」も行われた。

「Think Tank」代表の心理療法士トーマス・ハウザーはDFBアカデミーのホームページでこう説明していた。

「今後に向けて、『認知』『負荷操作』『AIの活用』がテーマになってくる。心理学がサッカーで重要だというのは新しい話ではない。いまでは多くの心理療法士がブンデスリーガの育成アカデミーで働いていることからも、その浸透度が分かる。

 相手や時間、外からのプレッシャーがあるなかでどのように意識的に、そして無意識的に適切な決断をできるようになるのか。特に若いプロ選手が最初からブンデスリーガの環境でフレキシブルに適応していくためにどのようなアプローチが適切か。自分たち専門家が現場の指導者と一緒に作り上げていくことで、より実践的なものになるだろう」

 いままでは別々のところでそれぞれが自分の分野にだけ取り組むことが多く、互いの距離感が少なからずあったが、今後はそういった分野を超えた交流も頻繁に行われることになる。

ドイツは今もチャレンジし続けている

さらに上を、さらに先を目指して、ドイツは今もチャレンジし続けている 【Getty Images】

 こうした研究成果は指導者育成へと還元される。指導者講習会の内容が常にブラッシュアップされ、プロコーチライセンスへのプロセスが改善されていく。ブンデスリーガやDFB指導者のフォーラムを行い、より活発な意見交換ができる場を提供する。GKコーチやアスレティックコーチといったスペシャリストの育成、さらには審判、チームマネージャーといった分野にもより積極的に関与していく。

 目標はドイツサッカー全体のさらなる成長だ。だからこそ、ここでの研究が現場に降りてくるように、誰でも利用可能なものになるようにしていくことが大切なのだ。

 ノップは「W杯の分析をそのまま子どもに教えてもしょうがない。走力が必要だからと8歳の子にもっと走れと言っても意味がない。でも8歳の指導者は走ること、走り方の大切さを知るべきだし、それを子どもたちが意識しないでも習得できるような練習オーガナイズを考えるアプローチが大事なんだ」と指摘していた。

 さらに「われわれが現在A代表、あるいはブンデスリーガのクラブで用いているテクノロジーは、そのうち各世代別代表からタレント育成の現場へ、そして最終的にはグラスルーツの子どもたちにも届けられるものになると思うし、そうしていくべきなんだ。あるいは今は高額で、誰にでも買えないトレーニング設備があるが、これがもっと簡略化され、例えば普通の体育館などに簡単に設置できるようになって、どこにでもいる普通の子どもたちが楽しむことができたら素晴らしい。トップレベルだけのテクノロジーではないんだ。次の一歩は誰にでも使えるような広がりへと導くことだ」と今後の取り組みの指針について熱っぽく語ってくれたことがあった。

 それにしても、ここまでの熱量で取り組み続けようとする原動力は、どこにあるのだろうか。ビアホフはとてもシンプルな答えを口にした。

「それはサッカーを通して喜びを生み出したいから。そこが起点であり、そこが大切なんだ」

 純粋なまでにどん欲に。飽きることなく夢中に。彼らのゴールは今大会ではない。W杯で好成績を残そうとも、うまくいかずに失意の帰国となっても、さらに上を、さらに先を目指して、ドイツは今もチャレンジし続けているのだ。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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