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西岡良仁、全仏OPで流した悔し涙の対価
元世界7位との激闘で得た価値ある大歓声

クレー巧者のベルダスコを追い詰めるが……

元世界7位のベルダスコを追い詰めるが、試合終盤で足を痙攣(けいれん)。最後は満身創痍の戦いとなった
元世界7位のベルダスコを追い詰めるが、試合終盤で足を痙攣(けいれん)。最後は満身創痍の戦いとなった【Getty Images】

 華やかなステージでの上位選手との対戦は、“プロテクト・ランキング(公傷で戦線離脱した選手に与えられる、大会出場用のランキング)”を用いて出場した今回の全仏でかなう。初戦の相手は、現世界ランク35位にして元7位のフェルナンド・ベルダスコ(スペイン)。多くの浮き沈みをへてきた34歳のベテランは、左腕から繰り出す豪打を武器とするクレーコート巧者である。その人気選手との対戦の舞台には、今年から新設された18番コートが用意された。


 両者赤土を跳ね上げて駆け回り、2セットずつを分け合う激闘が第5セットに突入した時、試合開始からすでに3時間半が経過していた。


 客席から人があふれ、フェンスを幾重にも囲むファンの多くの当初のお目当ては、元世界7位のベルダスコだったろう。だが、170センチの小柄な体で激しく走り、繊細にラケットを操る西岡のテニスが、確実にベルダスコから声援を奪っていく。それらの声にも後押しされるように、ファイナルセットは西岡が4−1と大きくリード。勝利まで、あと8ポイントと迫った。


 だが……この時西岡の右太ももを、激しい痛みが駆け上がる。そこをかばいながら動くと、今度は反対の足へと痙攣(けいれん)は広がった。ボールを打ち着地するたびに、もんどり打つように体勢を崩ししゃがみ込む。それでも彼は、術後に手を柵に打ち付けていた時のように、言うことを聞かぬ足をラケットでたたきながら、足を引きずりボールを追った。左右に走ることはできないため、一発のリターンと前に出てのネットプレーに活路を求める。


 追いつかれながらもブレークし、勝利まであと2ポイントまで迫りもした。だが後に本人が「最後のチャンスだった」と振り返る局面で得意のバックをネットに掛けた時、勝機は手の届かぬところへと遠ざかる……。

激闘にベルダスコ「どちらの選手も勝利に値する」

試合後はベルダスコ(左)が歩み寄り、西岡の健闘を称えるように肩を抱いた
試合後はベルダスコ(左)が歩み寄り、西岡の健闘を称えるように肩を抱いた【Getty Images】

 見る者が幾度も諦めるなか、タオルで顔を拭い勝利を追い求め続けた西岡の戦いは、最後はベルダスコのエースにより7−6、4−6、3−6、7−6、5−7のスコアで、西日の差す中、終幕した。試合直後、ネットに歩み寄ることすらできぬ西岡のもとに、ネットを越えベルダスコが歩み寄り、頭をクシャクシャっとなでながら肩を抱く。


「僕もキャリアのなかで、多くのファイナルセットを戦い勝者にも敗者にもなってきた。長い5セットマッチで死力を尽くして戦った時、結果にかかわらずどちらの選手も勝利に値するんだ」


 ベルダスコは西岡に払った最大の敬意のわけを、そう語った。


 試合後、ロッカールームで悔し涙に暮れる西岡に、コーチでもある兄・靖雄は「勝利よりも大きなものを、この試合でつかんだよ」と声を掛けたという。


「試合終盤は、僕への声援の方が大きかったと思います。いろいろな国の方々……日本の方はもちろんですが、スペインやフランスや…‥そういう方々の気持ちを、自分の応援に向けられたことがうれしくて」


 試合から約1時間後の会見では、西岡本人も時折笑みをこぼしながら、振り返った。


 戦前に「一番欲しい」と言っていたランキングポイントは、望んだ数を得ることはできなかった。だが、コートを埋め尽くしたスタンディングオベーションと「ヨシ」コールは、彼が得たものが……そして見る者に与えたものが、数字では測れない価値を帯びていたことを物語っていた。

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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