宮原知子「一歩ずつ」進む頂点への道 メダルならずも、誓った4年後の目標
「メダルが欲しかった」と口にできたのは
惜しくもメダルに届かなかった宮原だったが、「今度こそ取りたい」と4年後に向けての成長を誓った 【写真は共同】
平昌五輪のフィギュアスケート女子シングルで、宮原は4位に入った。ショートプログラム(75.94点)、フリースケーティング(146.44点)、合計得点(222.38点)といずれも自己ベストを更新。ノーミスの完璧な演技を披露しながらあと一歩、メダルには手が届かなかった。
「ここまで来たらメダルが欲しいと思っていました」
宮原にしては珍しく結果を悔しがった。平昌入りしてからは目標を聞かれるたびに「ノーミスすること」「できることをしっかりやること」と答え、順位よりもむしろ演技内容や自身の出来にフォーカスしているようだった。もちろんそれができなければ、必然的にメダルは遠のく。あくまで自分のパフォーマンスを発揮することが第一の目標だったのだ。
裏を返せば、「メダルが欲しかった」と口にできたのも、それだけ自身の演技に満足いったからなのだろう。課題とされていたジャンプの回転不足は取られず、スピンやステップでもレベル4を獲得した。シャイな宮原が思い切り両手を突き上げ、あそこまでガッツポーズする姿は初めて見た。
内側からあふれ出る思い
感情があふれ出たフリーの演技、シャイな宮原が大きなガッツポーズを見せた 【写真は共同】
10カ月以上も離脱することになった昨年1月の疲労骨折も、練習をし過ぎる彼女だからこそ起きた不運と言えなくもない。もっとも宮原は氷上に立てない時間を利用して、映画を見たり、音楽を聴いたりするなど、これまであまりできなかったことを意識的に行い、自身の感情の幅を広げようとした。もともと感情の起伏があまりなく、それがミスの少なさに寄与する一方、表現力という意味では、やや物足りなさを指摘されていた。
ケガをしてよかったと思うことは絶対にない。それでもフィギュアスケートは演技に生き様が表れるスポーツでもある。ケガからの復帰後は、彼女の心の内からにじみ出てくる表現に深みが増したように感じられた。
「辛い時期もありましたが、試合に戻ってきて、自己ベストが出たら楽しいなと思っていました。五輪でも試合前から楽しみが大きくて、ずっと平昌にいるような気がしています」
試合に出られる楽しさ、スケートを滑れる幸せ。平昌五輪での宮原の演技にはそうした思いがあふれ出ていた。